値上げの秋?
街を歩いていると道端に石碑が建っている。どこの街でもあることなんだが、京都は殊更多い気がする。野原にぽつんと立っているのと違って、建物の敷地にあたかも建物の一部のようになって建っているので気付かず通り過ぎていることが多い。ふと気が付いて写真を撮ったりするが、撮ったことも忘れていたりする。これもそんな石碑の一つ。撮影したのは4年前だったりする。(^^ゞ
室町幕府の花の御所があった場所の碑。今出川通、上立売通、烏丸通、室町通、に囲まれた区域にあったらしい。その南西角に当たる場所に建っている。室町通にあったから室町幕府。...というのは嘘、と言うか逆で室町幕府が置かれた場所を通っていた通りだから室町通と呼ぶらしい。
洛中の南北の大通りの一つ、堀川通。おそらく南北の通りでは洛中最大だろう。その堀川通は八条通と交わる手前で東隣の油小路と合流する。碁盤目が基本の洛中では珍しい道行きだ。名称上は堀川通が油小路に吸収されることになっているが、実態はどうみても堀川通が生き残って、油小路は消えてしまう。合流するといっても、自動車は油小路から堀川通に抜けられず、JR東海道本線のガード下あたりから歩行者専用道になり、気が付くと堀川通(油小路?)の歩道になっている。
その油小路のガードが桁下1.8mと低い。私の身長が1.78mなのでぎりぎり。こわごわ首をすくめながら入ったのだが、余裕だった。自転車走行禁止にもかかわらず乗ったまま突っ込んでくるヒトも多い。それでも頭を打つヒトもいないので、実際にはもっと高いのかも。それでも低い天井は威圧感。複々線+駅構内のガードで長いこともあって不気味。あまり通りたくはないな。
東海道本線のガードをくぐると、更にその先で東海道新幹線と近鉄のガードもくぐる。GoogleMapの航空写真で見ると、継ぎ目なのか新幹線車両が途中でちょん切れているのが笑える。
先日のポルタの展示。
冷泉家に伝わる七夕祭りの展示らしい。乞巧奠は8/21に行われたというニュースが出ていた。
行事の内容はご本人に語って頂きましょう。(展示の説明書きから。)
冷泉家では、旧暦七月七日に「乞巧奠(きっこうてん)」という星祭を伝えています。
天の川に隔てられた彦星と織姫は、この夜、一年(ひととせ)に一度(ひとたび)の逢う瀬を楽しみます。その星に技芸が巧みになるように乞う儀式が「乞巧奠」です。庭には「星の座」という、二星(たなばた)への祭壇を設けます。
まず大きな台盤(机)を四つ並べ、その上に二星に供える二組の海山の幸を、大きなかわらけ土器に盛ります。前に置く雅楽の楽器は、逢う瀬の夜を色どるために貸すものです。
五色の布や五色の糸も供えます。布や糸の間に見える葉は梶(かじ)です。
梶は楮(こうぞ)によく似た和紙の材料で、大きな葉がその特徴です。
里芋の葉に置いた露を硯に移し、墨を磨って、梶の葉に和歌を書く行事も七夕の行事として伝えられています。昔は、七夕といえば梶で、笹というのはありませんでした。
星の座の前には小机を三つ並べます。一つには秋の七草を活けて供えます。
旧暦の七月七日は初秋です。野原には薄(すすき)・萩(はぎ)・葛(くず)・女郎花(おみなえし)・藤袴(ふじばかま)・川原撫子(かわらなでしこ)・朝顔などの七草が咲き乱れているでしょう。
真中の小机に置いてある短冊は、この夜の重要な供え物の和紙です。その脇の角盥(つのだらい)には水を張り、梶の葉が一枚浮かべてあります。ここに二つの星を写してみることになっています。梶は楫(かじ)に兼けて、天の川を行く彦星の艪を象徴しています。
(冷泉家時雨亭文庫)
冷泉家というのは藤原氏の家系で藤原俊成・定家の血をひくそうだ。何故「藤原」姓じゃないのかというと、一族みんな「藤原」なので区別の為に「冷泉」を 名乗っているそうだ。屋号かいな。「冷泉」は冷泉小路が由来だとか。実家でも親戚に電話する時「西宮です」と姓ではなく住所を言って名乗っていたのと同じだ な。
昨日見かけた地蔵盆は1箇所だけだったけど、今日お出かけついでに近所を歩き回っていると、やってるやってる。ぶらぶら歩いた道筋だけで10箇所。ホントに町内ごとにやってる感じ。地蔵盆の式次第を告知する貼り紙ならもっと先日来あちこちで見かけたし、洛中の「町」って細かくて通りの1ブロックごとにあるから、全部だと膨大な数になりそう。
個人の家の通りに面した部屋(店舗だったりガレージだったり)でやっている所が多く、他には道端にテント張ったりしている。お寺さんでやっていたのは1箇所だけ。余りにも個人的な集会で通りすがりに近寄ってカメラを向けるのも憚られる。
会場の奥にはちゃんと祭壇があって像が安置されている所が多いようだ。
一部ではお坊さんが巡回してきて法要を行うところもあるっぽい。後かたづけをしている場面に出くわした時は、観音開きの箱を大事そうに抱えて搬出していたから、普段はどこかに保管されているのかも。ご近所の会場に吊されているちょうちんには一様に「延命地蔵菩薩」と書いてある。
はたで見ている限りは人が集まっているだけのようでもあるが、半分くらいの会場では、式次第の中に「数珠廻し」がある。TVで見たことはあるのだが、直に見たことはない。興味津々だったので時間に会わせて再び出かけてみた。
会場に子供達二十人程と大人数名が輪になって座っている。
輪の中には大人二人が向かい合って座り、前に木魚と鉦が置いてある。子供達は大人の人差し指ほどの太さの長大な数珠を横に送りながら廻す。山手線のようだ。真ん中の大人二人は「なむあみだぶつ、なみあみだぶつ」と繰り返しながら鉦と木魚を叩く。時間的には数分だろうか?着いた時には始まっていたので、最初に何かしたのかどうかは不明。
この数珠も町内ごとに保管されているのかな。
西宮の地蔵盆とは趣が違うようだ。といっても子供の頃の記憶は断片的にしか残ってないけど。残念なことに今住んでいるマンションの町内ではやっていない。
こんなにあちこちでやっているのに今まで気付かなかったのは何故だろう?と思ったら、土日は観光客が多くてどこもかしこも混むから出歩かないようにしていたせいかも。
<追記>
福引き(くじ引き?)の景品授与の方法として畚下ろし(ふごおろし)と言うのもあるらしい。会場と向かいの家の2階にロープを渡し、竹籠(畚)を下げる。福引きの結果を上階に伝えると、景品を畚に入れて下に下ろす。福引きをひいた子供は下で待っていて景品を受け取る。
今ではやっているところも少なくなったそうだ。あちこち見た限りでは近所では見かけなかった。タイミングを外しただけかもしれないが。Webを見ていると今年も上京や新京極でやったという記事が載っているし、何年か前には近所でやった実績もあるらしい。
私が子供の頃の西宮では、盆踊りが終わると一週間後に地蔵盆、そして溜まった夏休みの宿題の追い込み、だったような気がする。札場筋交差点のお地蔵さんでジャムパンをもらったっけ。京都では盆踊りではなく送り火の翌週に地蔵盆という流れになるようだ。
烏丸通の歩道脇、社屋前の駐車スペースに天幕が張られている。垂れ幕には卍のマーク。中ではテーブルが集められ、周りに子供達(?)が座っている。地蔵盆だな。こんなところにお地蔵さんいたっけ? 京都の地蔵盆はお地蔵さんの前ではなく町ごとに民家や集会所でやるらしい。祇園祭や送り火と違って地蔵盆は地域密着型のクローズなイベント。にわか京都人にはうかがい知れぬ世界。というか、子供中心の行事のようだ。巨大な数珠を子供達が輪になって廻すと言う話も。一度見てみたいものだ。
本来は8/24(旧暦7/24?)らしいが、土日に寄せて行うところが多いようで、他の町内では明日のところもある。明日の会場となるおうちでは何やら準備に忙しそう。
送り火が終わった頃からツクツクボウシが鳴き始めた。いよいよ京の夏も終わり? 暑さは終わらないようだけど。
一昨日頂いてきた五山送り火の法の消し炭、せっかくなのでしきたり(?)どおりにしてみることに。しかし、ホントに法でもいいんだろうか?
奉書紙(半紙?)で巻いて水引をかける。奉書紙(半紙?)なんて気の利いたものはないのでキッチンペーパー。巻くったって、良く炭化していてぼろぼろ砕けてくるので、幾重にも包み込んでしまう。取り敢えず輪ゴムで仮止め。
水引なんてないので文具店へ。最初は、既成の慶弔袋から水引だけ抜き出して使おうと思って店を覗いたら、ちゃん結んでない水引を売っている。あるのか。買って帰って同封されている説明書を見ながら結ぶ。何通りもあるようで迷う。Webで見ると結び切りしている人もいれば、花結びの人もいる。何度あっても良いので花結びにしよう。結ぶこと自体はできるんだが、何本もある紐が平らには揃わない。何と腰のある紐なんだろう。格好良く結ぶ為には結び目から水平に出てくる紐を斜め上下に向かさないといけない。無理に紐の方向付けをすると結び目が緩んでくる。結び目を締め上げると紐は水平に出てきて形が崩れる。ウッキー!(`´)
精神衛生上良くないので、適当なところで妥協しました。けど、かっこわるいな。花結びの慶弔袋買ってきてつけ直すべき?
ま、とにかく祇園祭の厄除け粽と一緒に玄関に並べておこう。
五山の送り火の松明や護摩木の燃え残りだか炭化した部分だかを消し炭と呼んで、厄除けにするのだそうだ。懐紙(和紙?)にくるんで水引をかけ、玄関に吊す。祇園祭の厄除けちまきと一緒に吊すとよいらしい。
元々は大文字の消し炭、ということだったようだが、他の送り火の消し炭も御利益があるらしい。大文字山は体力的に登れそうにない。一昨日見た妙くらいなら行けるかも。と、調べてみると、大文字以外は入山不可と言うことになっているようだ。といいつつ、法は入山できると言う話も。aさんからも以前、「法は簡単に登れるから一度行くと良い」と言われていたのを思い出して、法。本来なら送り火の翌日登るべきなのだが、一日遅れ。
○法
地下鉄松ヶ崎駅から北山通を東へ進む。電気屋とタイヤ屋が集まる交差点で「法」が真正面に見えてくる。その押しボタン信号交差点を北へ渡り並行する府道103号線に入る。更に東進すると左手に松ヶ崎大黒天(妙円寺)の鳥居が見える。そこを左折すると自然と松ヶ崎大黒天の境内にたどり着く。二の鳥居あたりまでは平地。その先は登り坂というか階段になる。
本堂の右手に回り込んで裏側にあるのが火床への階段。うねうねと曲がりながら登っていく。途中、「法の山点火奉仕者ご苦労様です」の看板も掲げられている。崩れかけたような危なっかしい階段もあるが、見え上げる斜面にコンクリートの大きな箱(貯水槽らしい)が見えたら火床はすぐそこだ。
階段を登りきると、ずらっと並んだ火床が突然現れる。何故か迷彩模様。「法」の字の一番底辺。斜面を見上げても、迷彩模様が効いているのか生い茂る草に紛れて火床が見分けられない。
階段を見つけて見上げるとうねうねこれまた危なっかしそうな登り道が続いている。

階段は丸太やコンクリート板、単なる岩と趣向を変えながら続いていく。37℃と予報の出ている炎天下気絶しそうになりながら漸く頂点まで到着。途中何回休んだだろう。理学部卒業生でありながら、法の頂点を極めることができたのは大黒天のおかげかも。
法の火床は金属製。底には穴があいている。空気穴か?金属棒が突き出ているのは薪(護摩木?)を井桁に組む為の目印だろうか? 先っぽが尖っているのと尖っていないものがある。規則性はないようで、4本とも尖っていたり一部だけ尖っていたり火床によってまちまち。
上から見ると針山のようでちと怖い。概ね消し炭は沢山残っている。そんな中で、一番上の火床には小さなかけらしか残っていないのはやはり頂点が一番人気なんだろうか? 一応、私も消し炭を頂いてきました。護摩木ではなく薪っぽい奴を。
登るより降りる方が怖いのは山の常。思ったより急な斜面をこわごわ降りてきた。下から見て文字を見やすくする為には急斜面にならざるを得ないのだろう。文字の部分の階段を数えながら降りてきたら150段ほどだった。途中意識が遠のいた部分のあるので誤差はありそう。
<追記>
当日は時折雲が通るだけでカンカン照りだった。今となっては法の字を一通りなぞってみれば良かったかな、と思うが脱水症状起こしかけて頂点まで登って降りてくるだけで精一杯。頂点付近は平らな部分がなく、腰掛けるものもない。日を遮るものもないので季候のいい時でないと長居は出来そうにない。頂点の更に上には茂みが広がっていて、登山道もあるそうだからそちらに抜けるのも一手。だが、頂点から上は階段ではなく単なる斜面をよじ登る事になる。山頂も間近なので滑る心配のない靴ならば法の山の頂点制覇もいいかも。
偏と旁の間には小さな谷間が出来ていた。雨の日は川になるのかも。旁の部分は一つながりになっている。さんずい偏は相互に直接つながっているわけではなく、旁の三本ある水平線部分から渡るようになっているようだ。
達筆な「大」や「妙」と違って「法」は偏が直線(というかおのおの点三つだけ)に旁が土と△でできていて文字と言うより記号っぽい。安易にデザインしたのかと思っていたのだが、『下鴨大妙寺の日良が東山に「法」の字を書いた』そうで。失礼いたしました。
消し炭は沢山あった。あの分なら年中残っていそう。Webの記事によると過去には「8/31に法に登ってもらってきた」人もいるようだ。火床だけでなく通路脇にも落ちているし、火床の中にトングが残されているものもあった。消し炭の宝庫ですな。
○妙
法の頂点を極めたのに気をよくして、次は妙。こちらは事前情報で立入禁止だと言うことだったのでその確認。送り火は手前の自動車学校から見ていた。もっと近くから見えないのかとも思ったのだが、今日確認してみると、あれ以上近づくと樹木が邪魔をして見えなくなる。スポーツセンタの建物があるのでその上なら眺めは良さそうだが、関係者以外立入禁止だった。
そのスポーツセンタの横を走る宝ヶ池通の北側の遊歩道脇に入山口。情報どおり、関係者以外入山禁止。ただ、金網があるのは入山口の部分だけのようで、そこから離れた遊歩道沿いの茂みを掻き分ければ侵入は可能っぽい。
そこまではしてないけど。
金網越しに見る火床は金属製。法と同じもののようだ。文字面の高さを揃える為か、ずいぶん高いところに火床がある。どうやって薪を積み上げるのだろう?
○左大文字(余談)
今日は行ってないけど、以前遠望した左大文字の火床は石か何かのようで白っぽい剛体みたい。山によって火床の造りは違うようだ。
○調査結果(メモ)
入山できるかどうかを調べた結果はこんな感じだった。あちこちのWebの情報を寄せ集めただけなので、信憑性や情報の鮮度(今では状況が変わっているかも)は不明。
入山を許可されているという意味の「入山可」と、許可・不許可とは別に入ることが出来なくはないと言う意味の「入山可能」は区別する必要がありそうだ。
基本的に、左右の大文字以外はダメらしい。といっても、入山口に監視所があるわけでもなく、獣道もあちこちあるようで、入山レポートがWebにいくつも載っている。その気になれば行けるようだ、自己責任だけど。
五山送り火の「法」の入山口になっているお寺。...と言う言い方は罰当たりか。
松ヶ崎駅から十数分くらいだろうか。階段を登りきったところにある静かなお寺。

山の出入りの際には安全を願って行き帰りにお詣りしましょう。
開店したというか、移転しただけですけど。しかも移転は6/4。昨日初めて訪問。
以前は駅のすぐ前、烏丸八条のアバンティにあった。更にその前は駅のこっち側、烏丸塩小路上ルの近鉄プラッツに入っていた。どんどん遠ざかっていく感じ。床面積はあまり変わらないかな。ビルが大きくなったので以前よりこぢんまりした印象。品揃えは相変わらず。結構沢山あるけど、一番欲しいものがなかったりする。寺町通の京都電気街が寂れきった今となっては、期待するところ大なのだが、規模的に中途半端だな。駅脇のビックカメラの方が近いし、近鉄プラッツの跡地にヨドバシが来たら、よほどのことがない限り行かなくなりそう。
イオンモール全体はファッション系の店が多くて私にとってはほぼ用無し。無印良品とソフマップが入っていて本屋と食料品店も業者は代わったけどあることはあるので、プラッツが遠くへ移転した感じか。愛用の床屋のチェーン店が入ったのは評価できる。
それにしても徒歩だとたっぷり30分はかかるのが難点。駅を挟むので地下鉄もバスも微妙に不便だし。なんとも中途半端なところに中途半端な商店街(?)を作ったもんだな。
外観が地味なんだか派手なんだかよくわからない。手前にある予備校の方がスカッといい感じに出来上がっているぞ。
腹ごしらえにとフードコートの店で注文したら、ポケベルみたいなのを渡された。「料理が出来たらピーピー鳴りますから」って。受け取りに行くまで鳴り続けたらやだな、と思っていたら数回で鳴り止んだ。よかった。
お精霊さんを迎えた後は五山送り火でお送りする。今年はぐっと近くで見られる送り火にしようと言うことで、妙法。近くまで寄れる上に、地下鉄の松ヶ崎駅から徒歩圏内なので、帰りも楽珍だし。
○妙

妙の字とは宝が池運動場を挟んで向かいにある自動車教習所の敷地が開放されている。敷地に入ると点火前の薄明かりの中に「妙」の字がうっすら見える。火床の間をちらちら光が動くのは点火担当者の懐中電灯だろう。
時間が来て一斉に火が灯ると歓声が上がる。炎から立ち昇る煙で妙の字全体が燃え上がっているようだ。実際燃え上がっているんだけど。目を凝らすと一つ一つの火床のそばに白いものが一つ二つずつ立っている。どうやら人らしい。点火担当者まで見えている。
点火されるまではみんな三々五々集まってきて思い思いの場所に座って待つ。
所々電柱や標識があり、隣の運動場の建物が邪魔をするので場所取りが難しい。点火した途端に皆立ち上がるのかと思いきや、みんな座ったまま静かに眺めている。時々立ち上がって動き回る人がいると「みえないよ~」と声がかかる。スタンディングオベーションはしないのね。送り火だから静かに見守るのか。納得。
○法
妙のすぐ東隣の山では「法」の字。「妙」を見た後、東に移動すれば見られる。と思って移動を始めたが、10分ほど歩いても正面には出られず。消えかけのところを斜め前から拝んだだけだった。思ったより移動距離が長かったのは、二文字が予想以上に離れていたということだろうか。それとも字の向きが東に振れているのだろうか。ほぼみっしり建物が建っていたのも意外。もっと田畑や空き地が多いのかと思っていた。鎮火は自然鎮火ではなく、合図と共に一斉に消火しているような感じ。
○お供物入れ
送り火からの帰り道の道端にはお供物入れがずらりと並ぶ。これもお盆の風景。昔はホントに川に流していたんだろうか?
毎日のようにスーパーに通っていると、時々「なんだこりゃ?!」という商品にでくわす。単に新製品なら、変な企画しやがって、というだけなのだが、魚や野菜だと新種発見!に近い驚きがある。
新種でも「空芯菜」なんてのなら、見た目と名前からどういう特徴のものか分かる。でも、今日出会ったものは、全く不明。というか、「ちっこいタマネギ」としか見えない。どこが普通のタマネギと違うのだろう? ちっこいことで何かメリットがあるのだろうか?
検索してみても、普通のタマネギを密植して(お互いに邪魔しあって大きく育たないようにして?)
作る場合と専用品種がある、としか書いてない。ちっこい分、味が濃かったりするのだろうか?
このままスープで煮て、タマネギの丸かじりとかできそうだが...。これって一般的な食材なの?
颱風一過で蒸し涼しい。スカッと晴れもしないし、気温は低めでも湿気が多くて爽やかでもない。颱風本人は未明に通過したようで、朝起きた時には小雨が降ったり止んだり。でも、未明には雷が鳴って激しい雨音が聞こえていた...、ような気がする夢うつつ。『京都市では12日午前5時20分までの1時間に観測史上1位となる74.5ミリの雨が降った。』らしい。起きて見ておくべきだったか? 京都カメラのログは単に暗いだけでよく分からず。通過して秋が深まるわけでもなく、単に夏の水入りで終わったっぽい。
画像は清水道の風景。おたべが饅頭になってる。見た感じでは、おたべとは共通点はなさげ。あえて言えばつぶあんが入っている事くらいか。 饅頭に目鼻が付いているということでもなさそう。どっちが1号でどっちが2号なんでしょ? あんこ入り萩の月か? ちゃんと顔が描かれていれば買ったかもね、惜しい。
かえるさん、かわいいけど自立しないらしい。うちには池はないので捕獲せず。
この世とあの世の境目と言われる六道の辻。その付近で見かけたもの。
電柱に貼り付いていた謎の標語。飛び出すと危ない、と言う意味なんだろうけど、場所が場所だけに何か恐ろしいものが取り憑く...、いや、飛びつくのかと、びびった。
付近の町名は「轆轤町(ろくろちょう)」。清水焼の窯元が多かったので、作る時に使う轆轤(ろくろ)が由来と言うことなんだが、元々は「髑髏町(どくろちょう)」だったらしい。送葬の地、死骸ゴロゴロの鳥野辺(鳥辺野?)の入り口。

薬局のコーワのケロちゃんは第一世代。ややけばい感じなのはお色直しをしたから? 大分のケロちゃんもこういう色になっていたっけ。ケロ界の流行色かな。エスエス製薬のうさぎさんはピョンちゃんと言う名前だそうな。知ってた?
サトちゃんはダンスしている。二足歩行の象もすごいが、一本足は驚異的。よく見ると、やけに眉毛が濃い。宇治のサトちゃんは鼻孔があったけど、ここのサトちゃんも眉毛を増強されたのか? ...と思ったら、どうやら先代のサトちゃんは眉毛が濃かったらしい。
比較の為に確かめてみると、六道の辻からは遠く離れた高倉通綾小路下ルのサトちゃん一家は眉毛が細く曲がってる。場所の問題ではなく、時代の差ね。今風ってこと?
台風の影響か朝から雲がちで、薄日時々曇、みたいな感じ。陽に当たった、という感じではないのに腕も顔も真っ赤に焼けてほてっている。紫外線に雲は関係ないというのを実感。甲子園はずっと降らなかったのだが、京都は荒れ模様だったらしい。間一髪?
毎度毎度の甲子園。改修工事も一段落して新発見も無くなってきた。夏の甲子園は、スタンドで陽にジリジリ焼かれながら、カチワリチューチューすすって、カレーを喰う。ホントはアルプスで応援団と声をからすのが一番なんだが、外野の最上段で高見の見物。最上段は浜風が風が吹き抜けるので涼しい。看板や照明をうまく使えば日陰も確保できるし。
カチワリは売り子がスタンドを右往左往して売りに来るのが定番。...だったのが今年からは売店でも売るようになっていた。売り子が席まで来るのは便利なんだが、たまに見あたらない時があるからいいかも。
外壁の蔦も生長してきた。昔のようにびっしり覆うようになるのはいつ頃だろう? 実家が無くなった今となっては里帰りみたいなもの。昔と変わらぬようでどんどん変わっていく姿はちょっと寂しい。ま、ここに集う人達の思いは昔も今も同じ、かな。
五山送り火は有名だが、六道まいりを知る人は少ないだろう。先祖の霊を送るのが送り火で、送るべき霊を迎えるのが六道まいり。お精霊さん(おしょうらいさん)とも。
○六道珍皇寺
六道珍皇寺、西福寺、六波羅蜜寺、いずれの寺でもおまいりできるけど、一番規模が大きく分かりやすいのが六道珍皇寺。詳細は過去の記事を参照。(てぬき。)
○西福寺


松原通大和大路の六道の辻に建つのが西福寺。一番こぢんまりしているけれど、一番濃い。お詣りもそこそこに座敷に上げて頂いて檀林皇后九相図絵を拝見する。何度見ても命の行く末を端的に顕していて、ある意味ほっとするような。土は土に塵は塵に灰は灰に。ここの鐘は地上にあって普通に撞く。
○六波羅蜜寺
空也の寺。宝物殿では、教科書で見て以来の「空也上人立像」にも会うことが出来る。口から出る六体の阿弥陀像は「南無阿弥陀仏」の各音を現しているそうで、漫画の吹き出しの元祖なのかも。
昨日の夕方、歩道に乗り上げた車が100mほど暴走して歩行者をはね、1名死亡1名怪我という事故が起きた現場。私がいつも買い物に行く経路のすぐ脇。最寄りの地下鉄駅入り口前という場所で起きた事故(事件?)。なのでお買物のついでに現場検証。烏丸綾小路でも歩道暴走事件があったし、結構危ない場所なのかも。
事故から16時間ほど経っていたせいか、現場は綺麗に片づいていた。
Webニュースでしか見ていないので、暴走経路が不明なのだが、おそらく画像の手前から奥に向かって歩道を走ったものと思われる。歩道は下手な路地の車道くらいの広さがあって、
乗用車なら楽々走り抜けることが出来る。Webニュースには、車は歩道に乗り上げた、とあるのだが、歩道と車道の間には頑丈な煉瓦製の花壇があって、花ではなく木が植わっている。乗用車で乗り越えられるとは思えない。おそらく、車進入用の切れ目を狙って入ってきたのだろう。確信犯か?
100mという距離からするとずっと手前の交差点あたりから侵入したのかもしれない。

最後は電話ボックスにぶつかって止まったということなのだが、壊れている様子はない。車が最後に止まった姿勢がチョークで路面に記してあった。犠牲者の血の痕などは砂で掃き清められたようで残ってはいない。烏丸通綾小路の時のように被害者の位置の印
などは残っていなかった。
車が止まるだいぶ手前で犠牲者が出たようで、電話ボックスのあるブロックの隣のブロックの歩道脇に花が飾られていた。(合掌)
薄曇りのような薄晴れのような天気で33.7℃止まり。猛暑日は途切れたけれど真夏日は連続九日目。暑いことには変わりない。立秋で秋の気配、とはほど遠いな。風があって、汗ばんだ肌に心地よいのでクーラーを切って過ごしたら、意識朦朧気味。私的にはかえって暑い思いをした一日だった。まったく。
甲子園が始まったのでTV中継を見る。今年も後輩達がプラカードを持って行進してる。懐かしい制服だ。同級生はもう母親の世代なんだな。誰かの娘も行進していたのだろうか。開会式は行きそびれたが、試合は見に行きたい。けど、この猛暑が続くなら体力的に不安だなぁ。
京大の校舎の中に入っていたコンビニ。7月末に閉店したいたとのWebニュース。この春、折田先生像見物の際に見かけてジュースを買った店だ。その時の異臭騒ぎが原因、ではなく販売不振だったようだ。
国立大学の構内にあるコンビニは6年前にできたこの店が第一号らしい。今では他にもあるのだろうか? 構内に店はいっぱいあるだろうに、と思ったら大学生協が牛耳っているということらしい。結局跡地には大学生協の売店が入るそうな。
確かに、分かりにくい場所にあった。校舎の地下でろくな看板もなかったし。元々学校って土日や休日は人口ががくっと減るし、休みも多いから宿命かも。学校ではないが、オフィス街も似たような事情がある。浜松町にあったコンビニも周囲の夜間人口が減るので、この店と同様に営業時間が7-11ですらなく、夜は早々に店じまいしていたっけ。
昨日より上がって35.7℃。昨日がピークだそうだがそれより高いとは如何なものか。「ビーボより美味いのはビーボだけ」というキャッチフレーズで売っていた缶ジュースを思い出した。聞くたびに矛盾してないか?と思っていたっけ。「ビーボ以上に美味いのはビーボだけ」なら矛盾はないんだけど。
うちのマンションで送水管工事が始まったようだ。ガチャガチャ資材の扱いでうるさいのはまだしも、ドリルだのトンカチだの使い出すとコンクリを伝わって来る騒音は半端じゃなさそう。このビルもそろそろ配管が逝かれる時期なんだろうか。実家の団地も築後十数年だか経った頃に配管つけ直していたっけ。水もれ甲介が担当していたりして。(^_^;)
画像は先日買った塩飴。マシン室が空調入れないと39℃近く行くので熱中症対策。外でなら自販機で生食飲料買うけど、家には常備してない。ま、普通に飯を喰っていれば大丈夫なんでしょうけど。材料に醤油が含まれているとは知らなかった。ちょっとくどい感じの味なのはそのせいか?
祇園祭で屏風祭をやっていたところ。百貨店の松坂屋と関係あるのかないのか判然としないのだが。百貨店の仕入れ拠点だということか?

今日じゃないけど、今月末で閉店(閉鎖?)するらしい。屏風祭も今年の祇園祭が最後になったようだ。
ギリギリ35.0℃。TVの気象予報士が言うには今日がピークだと言うことだったが、案外気温上がらず。雲がちで晴れたり曇ったりだったせいかな。今日がピークと言うことは、あと4日猛暑日が続くと言うことか? 時間方向に対称とは限らないか。
画像は道端のポスター。
早々と新京極商店街のアーケード飾りになっていた京の七夕。鴨川や堀川の川縁にぼんぼりを並べるらしい。花灯路シリーズに似たりか。綺麗だろうな、と思ったのだが、メインは御池通~三条通付近で四条通からはちょっと遠目。ん~、と思っていたら、Webニュースには「祇園祭が終わって五山送り火までの間は観光客が減るので集客の為にイベントを考え出した」みたいなことが書いてある。
由緒もへったくれもあったもんじゃない。何だかな。
それと並んでお盆の後始末、五山送り火の日のお供えについての広報も張り出されていた。やっぱ、次はお精霊さんに送り火。あ、甲子園もあるな。
35.5℃と今日も控え目。36℃台37℃台が続いた先週と違って、極端に上がることはない。今週は雲が多いせいだろうか。最高気温の起時も先週は15時を過ぎてからが多かった(ような)のに今週は13時過ぎ~14時過ぎが多い(ような)。カンカン照りでぐんぐん地面から暖まったのが先週で、雲に遮られて昼過ぎ以降に伸び悩むのが今週? 全然伸びなくて良いからね。
来週はあちこち行くことになりそうだから今週は最低限に抑えて自重。
画像は先日の京都駅の喫茶店。貼ってあるのはペット持ち込み禁止、ではなく、餌やり禁止の標識。ガラス屋根の下で露天ではないが、東西がオープンなので鳩が飛んでくるようだ。京都駅は屋内でも頭上爆撃注意。
35.9℃でちょっと控え目。それでも十分暑かったですけど。
指先を切ってしまったのでバンドエイドキズパワーパッドを使ってみた。以前買って、その時は使えなかった代物だ。その後、一度機会があって使ってみたが、思ったほどの効果はなく一日で普通のバンドエイド(互換品)に貼り替えて終わってしまった。
製品が前提にしているのは擦過傷のように傷が開放的でじくじくいつまでも血液だか体液だかがにじみ出るタイプの傷らしい。前回はスパッと指先を切った傷で、傷口自体は圧迫すれば数分で塞がってしまい、血液も体液も出てこなくなる。止血した上で、貼ってみると肌になじんで具合がいい。しっかりくっついてくれるので傷のガードは普通のバンドエイドとは比べものにならない。いいかも。
と思っていたのだが、「経過を観察せよ」と取説に書いてあるので丸一日後に剥がしてみると...、剥がれない。皮膚と一体化しているかのように強力に貼り付いている。無理に引っ張ると、表皮がもって行かれそう。そろそろ剥がして傷口のところまで剥がしたとたんに、塞がっていた傷口が引っ張られてぱっくり開いてしまった。(@_@;) ダメジャン。開いたと言っても深い部分はくっついていたので再出血はしなかったけれど。傷口に当たる部分に当てガーゼがなく、粘着しているのが原因だな。2~3日は貼ったままにしろと言う話もあるらしい。でも、水仕事をすると周りから水が染み込んで、絆創膏がふやけてきちゃうんだけど?
今回も、水仕事していたら周りからふやけてきて半日で端からかがれそうになったので鬱陶しくて剥がしてしまった。指先に貼ったからうまくフィットさせられなかったのが敗因のようだ。
画期的な製品のようだが、傷の種類や部位を選ぶみたい。
朝から晴れたり曇ったり。とても良い天気とは言えないのだが、気温はぐんぐん上がって35.1℃。先週の暑さと比べれば大したことないか。
今日ではなく昨日だけど...。

新京極のアーケード飾りは一足先に七夕になっていた。先にというか、京の七夕は7月ではなく8月らしい。旧暦なのか? そういや、仙台の七夕も8月だっけ?
そのアーケードの下で、祇園祭の間中というかここんとこずっと白い背広で押し通していたカーネルサンダースが法被に着替えていた。どういう心境の変化なんでしょ?
鴨川では川の中に入って釣りをする人が。何が釣れるのだろう?
そのすぐ脇の岸ではカメラの放列。かなりでかい望遠レンズを装着していた。釣り人を向いているカメラと四条大橋を向いているカメラと。なんだったのだろう?