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2010年10月31日 (日)

きょうのきょう(ハロウイーンだったのか)

Cimh9504b_tna  昨日かと思ってた。(^^ゞ
 颱風の時より激しく雨が降る。体調は好転せず相変わらずボーっとした一日。

2010年10月30日 (土)

きょうのきょう(出る葉っぱは食べられる?)

Cimh9967b_tna  午前中に降ったり止んだりしていた程度で颱風は空振りっぽい。その分、颱風一過の爽やかさもなく、明日の夕方には雨になるらしい。メリハリ無し。
 微熱が下がらずらりってボーっとした一日。

 画像は大根の葉。本体を使い切ってから皮と一緒に料理しようとギロチンにして水に浸して置いたら育ってきちゃった。

2010年10月29日 (金)

きょうの夕焼け(上の方だけ)

Cimh9965b_tna  昨日冷たい雨が降る中ふらふら歩き回ったのがいけなかったのか、風邪気味。いつもより強い鼻炎薬を飲んで朦朧気味。ふと見上げる窓の外に橙の雲。夕焼けか。颱風が近づいてきていて明日は雨だというのに。

Cimh9966b_tna  例によって夕焼けモードで撮ると、ドーピングしたように鮮やかになる。上がノーマルモード、下が夕焼けモード。地平線近くは黄金に輝いているようだが、建物が邪魔で見えず。洛中は空が狭い。うちが低いだけか?

2010年10月28日 (木)

きょうのきょう(雨の日セール)

Cimh9964b_tna  朝から雨が降ったり止んだり。冷たい雨。夏の雨は少々なら濡れても平気、というか涼しくてよかったりするんだが、寒くなってくるとそうも言ってられない。畳んだ時に長いともてあますので夏場はちっこめの傘を愛用していたのだが、濡れると冷えるようになったのででかい傘に持ち替えてお出かけ。傘も衣替え。

 コトチカのドーナツ屋、開業当初は3~4時間待ちだったのが最近は10分待ちとか20分待ちとかになっている。それでも通路を挟んで行列が出来ていて警備員が誘導している有様。とても買う気にはなれない。行列が出来なくなって警備員が不要になったらコストが下がるのだろうか? コストが下がっても売り上げも下がって利益も減るから値下げには結びつかない?
 成城石井は中に入ってみると、普通のスーパーと言うより明治屋かソニプラ、ジュピターのノリ。普通の店で売ってない変なものやレアなものも売っている。日常品はいまいちだけど、そっち系の店としては最寄りになるので、そういうものに限って買えば利用価値はあるのかも。

 画像は近所のスーパーの雨の日セールの看板。単なる看板じゃなくてこの傘が出ている間だけセールを実施しているという。レジの人はどうやってこの傘の有無を確認するのだろう? デパートでは雨が降ると館内放送で告知して、雨の間は紙袋にビニル袋の覆いをかけるようにしていると聞いたことがある。ここでも放送が入るのかなぁ?レジで値引きするんじゃなくて、POSのDB書き換えるだけなのか?

2010年10月27日 (水)

きょうの開店(二階建てコンビニ)

Cimh9932b_tna  開店したのは10/19らしい。「四条高倉店」といいつつ、場所は「四条東洞院東入」にある。角から3軒目なので、「四条高倉西入」と言うのはつらい。どうやら、東洞院通を上がったところに「四条東洞院店」がすでにあるので、遠慮して一筋東の通りの名前を冠したようだ。

Cimh9935b_tna  そんなことはどうでもよくて、このコンビニ2階建てになってる。ビルに入居しているコンビニは数々あるけれど、売り場が複数階に分かれているコンビニは少ないらしい。噂によるとファミマでは2軒目だとか。ほかのコンビニなら何軒かあるようだけど。

Cimh9937b_tna  外観は寿老人のような風貌。ビルは3階建てらしい。中は間口が狭くて奥行きが長い京町家を途中でちょん切った感じ。奥行きも狭い。とてもワンフロアでは商売になりそうにない。なのでダブルデッカーというわけか。1階に集中レジと弁当や飲料などなまものを置いて、2階にカップ麺や袋菓子や雑貨とコピーATMなどを置いていた。事務所も2階。2階売り場には店員不在。昼前に入ってみると、1階は昼飯を調達する人がそこそこいたけれど、2階は無人。監視カメラで見ているんだろうけど、いいのか?って感じ。

 このあたり、コンビニが1ブロックおきにある感じなんだが、そんなにニーズがあるのかな? 昼の弁当は確かに売れそうだけど、飯屋や弁当屋はもっと密にあったりするし。

きょうの清水寺(木枯らし二号?)

Cimh9952c_tna Cimh9952b_tna  ここ何日か雨がちで空気が澄んでいる。東山がわりかし澄んで見える。五条新町の歩道橋から見る清水寺もいつもにも増してくっきり度が高い。
 左から、仁王門、西門、三重の塔、田村堂、朝倉堂(?)、本堂(舞台)、奥の院、だろうか?

2010年10月26日 (火)

きょうのきょう(木枯らし1号)

 朝から晴れたり曇ったり、概ね晴れみたいなはっきりしない天気。昨日までの雨で空気が澄んで、五条通からは東山と清水寺がくっきり見える。と、時折霧雨が降ってくる。めまぐるしいはっきりしないお天気。
 小田原町通では北風が、五条通では西風が強かった。北西の季節風が碁盤目の町並みで方角を二値化(?)されているようだ。木枯らし1号だそうで。やけに早いような気もするが、昨年より7日早いだけ。来週はもう11月なんだな。

Cimh9914b_tna Cimh9919c_tna  先日買った作務衣が具合良いので出町柳商店街あげいん。ついでに満寿形屋で「松茸と鯖寿司うどんセット」を賞味。鯖街道終点の鯖寿司は格別ですな。名前からして松茸は別途出てくるのかと思ったら、松茸地鶏うどんでした。Cimh9922b_tna Cimh9921b_tna ややとろみがかったおついが木枯らしで冷えた体を暖めてくれた。今期唯一の松茸になりそうな予感。
 商店街の時計屋さんの時計は吹き出しでしゃべっている。KERO CLOCKなんてのはちょっと魅力。商店街そばの交差点には三角錐のコーンが。これがホントの三角コーン。

Cimh9925b_tna Cimh9923b_tna  帰りには大丸京都店の北海道市で三方六とジャガイモを調達。ジャガイモ売り場のおじさんと暫し歓談。最近のジャガイモはγ線を当ててないので芽が出る。保管中に芽が出てきたら、芽だけもげばよい。食べる時に深くえぐり取ればok。インカ系のジャガイモは生命力が強くて芽が良く出て育つ。ジャガイモは越冬すると甘さが増す。芽を時々もいでやると尚更甘くなる。切ってみて星形に茶色くなっていたら、害はないが食感(?)が悪いのでそこだけ削るとよい。林檎みたいに蜜が入ってるわけじゃない。新種には「マチルダ」とか「シンシア」とか女性名を付けたがる。などなど。シンシアだからといって南沙織が関係していたわけじゃない。マチルダはフィリピン元大統領婦人かと思ったら、それはイメルダ。マチルダはアレックスヘイリーの先祖、クンタキンテの孫のチキンジョージの嫁だった。
 おせち料理の予約も順調に受け付けているようで、今年のチャンピオンは美濃吉か?

Cimh9926b_tna コトチカの成城石井に恐る恐る入ってみると、中はスーパーと言うより明治屋やソニプラ、ジュピターのノリ。エスニックを仕入れて帰還。ブランドドーナツ屋の待ち時間は15分と短縮されていた。それでも待ち行列は数十㍍の永きに亘る。

2010年10月25日 (月)

春夏冬中

Cimh9490b_tna Cimh9488b_tna  一瞬、冬虫夏草に見えた。
 店の中には「春夏冬二升五合」とか置いてあったりして?

2010年10月24日 (日)

きょうの落葉(烏丸高辻)

Cimh9720c_tna  落ちていたのは一昨日ですけど。なんとなくグラデーション。

 今日は昼過ぎから雨。しばらくは天気悪いらしい。久しぶり、かな。

2010年10月23日 (土)

きょうのハロ(月暈)

Cimh9885b_tna  幽かだな~。部分的だし。雲の流れで出たり消えたり。

 

<追記>
Cimh9889c_tna  しばらくしたらもっとすごいのが出てきた。時々刻々変わっていって見てるときりがなさそう。

きょうの三方六(大丸京都店)

Cimh9507b_tna  大丸京都店で北海道市を開催中。前回は来ていなかった三方六、というか柳月が来ていた。高島屋の北海道展ではプレーンとショコラだけだったのだけれど、今回はメープルもやって来て三色揃い踏み。

Cimh9512b_tna Cimh9510b_tna  メープルは香ばしい。プレーンを焙じたような感じ。メープルシロップってこんなに香ばしかったっけ? プレーンとメープル、甲乙つけがたい。沢山食べるならプレーン、ちょこっと食べるならメープルってところだろうか。
 いつからかプレーンは切れ目が入るようになって、ノコギリナイフが同梱されなくなった。メープルには切れ目が無く、ノコギリナイフが添付されている。なんででしょ?

2010年10月22日 (金)

時代祭行列

Cimh9823b_tna  お買物に出かけようと思って日付を確認すると今日は時代祭。最近見てないし、ついでに見てくるか、と烏丸御池
 ここが我が家との衝にあたる。ぶらぶら歩いて到着。ギッシリ人がいるのかと思ったら、押し合いへし合いするほどでもない。行列の途中で半分くらいは人が入れ替わる。

Cimh9797b_tna Cimh9795b_tna Cimh9759b_tna  着いてすぐに行列の先頭がさしかかる。絶妙のタイミング。最初はさわりだけ見て帰るつもりが、せっかくだからとついつい最後まで見入ってしまった。なかなかRTを抜けらてないのと似ているか? 2時間弱立ちづめで膝と腰の関節が固まってしまった。

Cimh9860b_tna Cimh9857b_tna  単なる仮装行列かと思ったら、平安神宮のWebサイトによると、『平安神宮のご祭神、桓武天皇と孝明天皇のご神霊に京都の市中を巡行していただき、市民の暮らしぶりを親しくご覧いただくことと、京都全市民が心を一つにゆくさきの平安を祈る祭礼、それが時代祭なの』だそうで、そして、各時代の衣装をまとった行列は『神幸列にお供する祭列』だって。確かに、最後の延暦時代のあとから御神輿が続いていた。...というのを、御池通にある観覧席に向かってアナウンスしている説明が風に乗って聞こえてきて初めて気付いた。ちゃんと下調べするべき? 観覧席も存在意義がないわけじゃないんだな。

 で、今夜は鞍馬の火祭。一度見てみたいのだが、こちらはやや遠くて用事のついでに行ける距離ではない。というか、行ったら帰ってこられなくなりそうで、怖くて行けず。

2010年10月21日 (木)

きょうの椿(修徳公園)

 撮影したのは昨日ですけど。

Cimh9497b_tna Cimh9500b_tna Cimh9493b_tna  皮が弾けてめくれ上がるようだ。にしても分厚い皮。中の種はこのまま落ちるのか? 鳥についばまれるような可食部分があるのか? 皮の部分が可食だったり? だと意味無いか。

2010年10月20日 (水)

恵美須神社ゑびす講大祭(生間流式包丁奉納)

Cimh9547b_tna  大和大路通松原上ルにある恵美須神社。正月の十日ゑびすだけではなく十月の二十日ゑびすもある。四条通から大和大路通に入ると屋台がずらっと並ぶ、...かと思ったら何もない。十日ゑびすとは全然様子が違う。境内にも4軒ほど屋台というか露天が出ているだけで人影もまばら。
 二十日ゑびす(ゑびす講)の謂われは神社のWebによると次の通り。

神社では、この祭の2日間 商売繁盛福徳のお笹、御礼、御守、交通安全御守等を授与致します。この祭より、来年度の暦と、宮司の原画による来年度の干支絵馬の授与を始めます。
 
京の年中行事20日ゑびす(ゑびす講)は、ゑびす神社独特の祭でほかでは、おこなわれなく。祭の起因は、江戸開幕の当時、京の商人が江戸へ渡り商いをし て、10月20日に京に帰り、ゑびすの神を祀り、その御神徳に感謝したのが始まりで、当神社では、ゑびす講大祭を執行致します。又当日(20日)古い商家 では、(はんべい)《小判を形どった》と(ねぎ)《笹をを形どった》を煮て、商売繁盛、家運隆昌を祈りながら食べる風習が今も残っているのです。

Cimh9553b_tna  二十日ゑびす大祭(ゑびす講大祭)が14時からということで、着いたのが14時15分頃だったからメインイベントはもう終わっていたのか? 14時30分から「生間(いかま)流式包丁奉納」ということなのでそちらを見学。「生間流式・包丁・奉納」ではなく、「生間流・式包丁・奉納」らしい。『烏帽子、袴、狩衣姿で、まな板の上の魚や鳥に直接手を触れずに包丁を使って料理し、めでたい形に盛りつける技で、その流儀のひとつが生間(いかま)流式包丁』だそうだ。神社のWebには「生間流包丁式」とも書いてある。どっちでもいいのか?

Cimh9564c_tna Cimh9559b_tna  14時半になる前から境内には雅楽の調べが流れていた。本殿で演奏しているようだ。半になると、太鼓の音が聞こえ、本殿で何やら始まった様子。しばらくすると烏帽子を被った一行がバラバラと出てくる。最後に皿に載せられた魚が続く。

Cimh9570b_tna Cimh9569b_tna Cimh9568b_tna  一行は社務所に入り、続きの舞殿(?)にその中の一人が現れる。でかいまな板の上で何やら振り回して清めているらしい。清め終わるとまな板の覆いを取り去って退場。

Cimh9582b_tna Cimh9573b_tna  次に現れた人は魚と稲穂に花と包丁と箸を三方に載せて恭しく捧げ持つ。まな板前に座るとそれらをまな板の上に置いてゆく。概ねそっと置くのだが、魚だけは上からべちゃっと落とす。丁寧に扱わなくていいのか? まな板に置き終わると、三方を持って退場。またかい。

Cimh9601b_tna Cimh9592b_tna Cimh9584b_tna  三番目に現れた人はまな板の前で平伏した後で包丁と箸を取って調理にかかる。真打ち登場らしい。魚を切る前に包丁と箸を捧げ持ったり、振り回したり、時にはまな板に叩きつけたり、調理というより舞っているようだ。
Cimh9617b_tna Cimh9616b_tna Cimh9610b_tna  一連の所作が終わると、漸く魚を箸で抑えて包丁を入れる。六等分にして、二切れずつ皮だけでつながった状態にしている。三片をそれぞれに配置して、つながった皮を押さえると身が立
つ。 Cimh9621b_tna Cimh9619b_tna おぉ、と観衆からどよめき。
 仕上げに稲穂と花を飾って終了。
 調理人(?)はまな板(料理?)に向かって平伏した後、手ぶらで立ち去る。 

Cimh9631b_tna Cimh9630b_tna Cimh9626b_tna  最後にもう一人が入ってきて、完成した料理(?)を再び三方に載せる。ここでも直接手を触れずに箸と包丁で手際よく載せていく。

Cimh9634c_tna Cimh9672b_tna Cimh9632b_tna  載せ終わった三方は外で待機していた神職に手渡されて本殿に搬入。おそらく中で神様に供えるのだろう。

Cimh9666b_tna Cimh9657b_tna  今日はもう一組奉納された。一回目が鯉(たぶん)のぶつ切り(?)だったが、二回目は鯛(たぶん)の三枚おろし。一回目同様、入れ替わり立ち替わり段取りした後、ひとさし舞って包丁を入れる。頭部に切れ目を入れて、背中から前後に4回切って、頭を引っ張ると中骨がごそっと抜け出た時には観衆からどよめきあげいん。
 こちらも三方に載せられて本殿へ。でも、しばらくしたら本殿から社務所に持ち帰られたのを私は知っている。

Cimh9588b_tna Cimh9587b_tna Cimh9586b_tna  狩衣の袂の始末。料理人が包丁を手に取る前に、袂が邪魔にならないように始末をしていた。普通の和服だと襷を掛けるところなんだろうけど、狩衣には便利な仕組みが隠されている。袖口に紐が仕込んである。普段は飾りとしか見えないが、紐を引っ張ると袖口がきゅっと締まる。左右の紐の端を結わえてぱっと頭をくぐらせると袂が上に上がって邪魔にならない。この紐、「袖括り」と呼ぶらしい。

Cimh9692b_tna Cimh9690b_tna Cimh9693b_tna  恵美須神社の二の鳥居の額束にはえびすさまの顔と熊手が取り付けてある。この熊手に向けてお賽銭を投げ上げて入れることが出来れば縁起がよいらしい。
 上手な人は一発で入れるけれど、入らない人は何度やっても入らない感じ。どんどん入れていくといつか満杯になりそう。というか、重さで落ちないのかな、とか、お賽銭を回収する時ははしごをかけて登るんだろうか、とかはてなが飛び交う。

Cimh9714b_tna Cimh9697b_tna Cimh9696b_tna  以前、木屋町の豆腐屋で見かけたえべっさんのモビール風お札(御守り?)。境内で売られて(授与されて?)ました。でかいのは直径数十センチはありそう。中に蛍光灯を仕込みたくなるような大きさ。目の前で買い求めていく人も。私は最小のものをわけて頂きました。

八坂神社冠者殿社例祭

Cimh9526b_tna Cimh9519b_tna  新京極通を下がって四条に出ると何やら太鼓の音がする。正面の御旅所で何かやっているようだ。よく見ると「八坂神社冠者殿社例祭」と垂れ幕が。御旅所の横にある冠者殿社(かじゃでんしゃ)のお祭り。

Cimh9527b_tna  その昔、源頼朝の命を受け京にいる義経の討っ手となった土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)が上洛する際、「熊野詣でのついでに立ち寄った」と誓紙7枚を起請して義経を油断させたうえで、堀川邸を夜襲(堀川夜討ち)も失敗。首をはねられる前に、土佐坊は「この後、忠義立てのために偽りの誓いをする者の罪を救わん」と(冠者殿社に?)願をかけたとか。
Cimh9707b_tna Cimh9523b_tna  この事から冠者殿社には「起請返し」、「誓文払い(せいもんばらい)」の信仰が生まれたといわれている。そこから転じて商売上の嘘偽りを祓い清めてもらう為のお詣りとなり、罪滅ぼしの利益還元セールを行うようになった。
Cimh9525b_tna Cimh9524b_tna  祇園や先斗町の遊女達は客へ出した恋文や証文の嘘を清める為に参詣した。この参詣を一切無言で行ったことから「無言詣」と呼ばれるようになり、今でも神幸祭から還幸祭までの7日間の無言詣が残っている。
 ...ということらしい。

 確かに、通行人に御神酒をふるまい、福引きもやっている。車と自転車の人には酒をふるまわないというのはご時世か。

2010年10月19日 (火)

元祇園梛神社(隼神社)

F1004288a_tna F1004287a_tna F1004285a_tna  四条坊城角にある神社。壬生狂言の壬生寺に行く途中、と言う認識は罰当たりだろうか。
 京都市が立てた駒形札には「梛神社(元祇園社)」とあり、鳥居の横の石碑には「元祇園梛神社」と彫られている。どうやら石碑の方が正しいっぽい。F1004286a_tna 八坂神社と同じく素戔嗚尊を祭神としている。境内には隼神社も並び建つ。あの探査機の関係者はお詣りしたのだろうか?
 画像は4年前に通った時のもの。
 鳥居が歩道脇に建っていて、歩道が狭いので正面からが撮りにくい。

F1004292a_tna F1004291a_tna F1004289a_tna  元祇園梛神社から西に行くと千本通。平安京の朱雀大路にあたる通り。三条通~今出川通付近は商店街もあってそれなりの規模を保っているが、三条から下ルとすっかり路地になる。賑やかさが、三条千本から洛中では例外的に斜めに走る後院通を抜けて大宮通に移る感じ。代わりに大宮通は後院通が分岐する四条以北が路地になる。

2010年10月18日 (月)

鳥瞰六角堂

 六角堂こと頂法寺。京の都より古く、聖徳太子が創建したという。京都のへそともいわれる中心にある。...というのは何度か紹介しているので省略。

Cimh9470b_tna  その名の通り本堂が六角形。だけど、横に立って見上げているだけでは、建物の角が鈍角になっていることと4つ以上角があることが分かるだけで、ぐるっと周りを回らないと形状が確認できない。なんとか一目で六角形を見てみたい。隣にビルがあって、そこに登れば見下ろすアングルで確認できそう。なんだが、オフィ スビルのようで登るのも憚られる。と、「勝手に登って見て良いよ。見る場所はないけど。」みたいな看板を発見。

Cimh9486b_tna Cimh9487b_tna  勇んでビルに入るも、三基並んだエレベーターのうちシースルーになっていて展望出来るのは端っこの一基のみ。呼び出し釦を押して待っていると、隣の展望できないエレベーターがピンポ~ンと爽やかな音と共にやって来る。インテリジェントなエレベーターは一基来ていると他の籠はやってこない。人の出入りが少ないようでなかなかお隣さんは立ち去らない。漸くどこかから呼ばれたらしく、上がっていったと思ったら、次は反対の端っこのやっぱり展望できない籠が来る。(-_-;)

Cimh9479b_tna  やっと来たシースルー号に乗るも、目的地はないので取り敢えず最上階の釦でgo!す~っと音もなく上がって最上階でドアが開く。幸いにもエレベータホールに人はいないので、そのまま降りずに撮影。何枚かアングルを替えて撮っていると扉が閉まってエレベータは自動的に下がり始める。誰かに呼ばれたのかと思ったら一階まで直行してドアが開いても誰も乗ってこない。なんで? 癪なので再び最上階釦を押してgo!二回目の独占撮影会を開催していると、また自動的に下がり始める。このまま何度か往復するか?とも思ったけれど、途中で人が乗ってきたので一階で降りて退散。小心者。

Cimh9482_stitchc2_tna 展望と言っても、骨組みが邪魔をしてすっきりは見えない。それでも六角形は確認できる。微妙な距離に鉄骨が写り込むので無理があるのだけれど、パノラマ化してみたらこんな感じ。六角形の前に十文字が付いている。十文字の部分が入り口に当たる。

Cimh9474b_tna  上がったり下がったりしながらの移動式展望室。ビル的には別にokしてくれているようだけど、電気がもったいないような。エレベータの呼び出し釦が六角形なのはなりきっちゃってる感じ?

2010年10月17日 (日)

京福電鉄北野白梅町駅

Cimh9442b_tna Cimh9444_stitchb_tna  京福電鉄に三つあるターミナル駅の一つ。観光用に綺麗に整備された嵐山駅や駅ビルになっている大宮駅と違って北野白梅町駅はレトロ感満点。

Cimh9441b_tna  煉瓦とガラスで出来た側壁も時代感。窓が割れたままっぽいのは、そうなのか? 表は小綺麗な大宮駅も構内は似たような古めかし感が漂ってる。沿線各駅、電停タイプの駅も専用軌道の駅も古めかしく、タイムスリップできる鉄道ではある。

2010年10月16日 (土)

京都市営地下鉄西大路御池駅

Cimh9450b_tna  東西線の西大路通直下にある駅。東西線は御池通の下を通っているので、「西大路駅」で良いはずなんだが、JRの同名の駅が遠く離れた西大路通九条上ルにあって紛らわしいのでこの名前になったらしい。

Cimh9452b_tna  地上部分がシースルー。ガラス張りって奴? 他の駅の地上部分は階段の上に屋根があるだけだったり、コンクリ製の建屋だったりするのだが、ここだけ特異。エレベータ部分もシースルー。だけど、地下に降りるから景色が良いわけじゃない。下が見える~、と覗き込んでいたら、ゴン!と頭を打ってしまった。お約束?

2010年10月15日 (金)

晴明神社

Cimh9382b_tna Cimh9377b_tna Cimh9375b_tna  安倍晴明を祀った神社。晴明の屋敷跡に建つ。晴明が天文陰陽博士として執務していた場所でもある。晴明が亡くなった寛弘2年(1005年)の2年後には一条天皇によって創建されたそうな。

Cimh9388b_tna Cimh9386b_tna Cimh9394b_tna  本殿の向かって左に晴明さんが座っている。あぐらをかいた足は裸足。右には厄除桃。桃は古来魔除けの果物で、古事記や日本書紀にも登場するそうな。桃源郷と関係あるんだろうか? 桃を撫でて厄をなすりつけるとよいとかで、表面つるつる。

Cimh9403b_tna Cimh9401b_tna  手水舎の脇にあるのが晴明井。この地に沸く湧き水で病気平癒の水だとか。常に水が流れ出しているのは自噴しているんだろうか? 井戸の上部からしたたる方向はその年の恵方をさす。毎年立春に神職が井戸の上部を回転させて調整する。簡単に回せるのか、「勝手に回すな」という立て札も立っている。
 千利休の屋敷もここにあって、利休がこの水で茶を点てていたとか。

Cimh9425b_tna Cimh9400b_tna Cimh9399b_tna  境内は星形があふれている。五芒星とも晴明桔梗印ともいわれ、晴明が創ったとのこと。陰陽五行説から来ているというのは有名? もっと昔からあったように思っていた。というか、千年以上前だから充分大昔か。

Cimh9426b_tna Cimh9379b_tna  境内には一條戻橋の古い欄干親柱も保存されている。大正11年から平成7年まで使われていたそうだから、戻橋でこちらを見た人も多いのでは? 二の鳥居の建立は嘉永6年。遠山の金さんが亡くなった翌年。

一條戻橋

Cimh9372b_tna Cimh9367b_tna  晴明神社のそば、堀川を一条通が渡るところに架かる橋が一條戻橋
 葬列が橋を渡る時に死者が蘇生したとか、鬼が出たとかいろんな噂のある橋。その昔、陰陽師の安倍晴明が式神を隠していたと言う話もある。

Cimh9366b_tna Cimh9365b_tna Cimh9370b_tna  橋が架かる堀川は以前、側溝程度の流れしかなくて何だか情けない有様だった。戻橋も川に架かるというより谷越えの様相でさまになってない。F1000608b_tnaF1000606b_tnaF1000610b_tna最近になって、堀川親水公園が整備され、堀川に水が流れるようになってちょっと小綺麗な感じに変身。
 上が昨日の様子。下が6年前の様子。6年前は河床まで降りることが出来なかったので上から。

Cimh9361b_tna  戻橋から下流はコンクリで固められて公園としては綺麗なものの、川としての風情が希薄。それに比べて上流は草木が茂って落ち着く感じ。蛍を呼び戻すというプロジェクトもあるらしい。

 ところで、橋の下で寝ている人がいたんですが、現代の式神さんですか? 画像にも写っているのが分かるかな?

2010年10月14日 (木)

人形供養(宝鏡寺)

Cimh9267b_tna  役目を終えた人形を供養してくれるお寺があるという。我が家に人形は殆どいないけれど、ぬいぐるみが大勢いる。彼らの寿命の方が私のより長そうではあるが、いつかは別れなければならない時も来るだろう。その時にどうやってお別れするか、と考えて人形供養なるものにお出かけ。

Cimh9271b_tna Cimh9269b_tna  堀川寺之内にある宝鏡寺。寛永21年(1644年)に後水尾天皇の皇女理昌尼王が入寺してから尼門跡寺院として栄えている。宝鏡寺に限らず、尼門跡寺院には代々内親王が入寺している。内親王の寂しさを紛らわせる為に父である天皇からことあるごとに人形が贈られて、Cimh9284c_tnaCimh9288b_tna人形を沢山所蔵しているという。そんなこんなで、京人形商工業協同組合が主催して宝鏡寺で人形の供養を行うようになったという。

Cimh9285b_tna  供養の第一部は境内の人形塚の前で供養を行う。居並ぶお坊様が尼さん(たぶん)なのは尼寺だからか。供養の間、一般の参拝者も焼香を行う事が出来る。塚の脇には納められた人形が並ぶ。いわゆる日本人形だけではなく、ぬいぐるみもいる。供養の日だけではなく、通年で受け付けていると言うことだから、集まった人形は彼らだけではないだろう。

Cimh9296b_tna Cimh9295b_tna  第一部が終わると本堂に移る。内部は寺と言うより御所の風情に近い。さすがに尼門跡寺院。瓦も菊の御紋。
 本堂での第二部は供養と言うより奉納。一弦琴と太夫の舞い。板戸や障子を取り払った本堂は広々。Cimh9343b_tnaCimh9305b_tnaCimh9313b_tnaビロードのような苔生す庭が心地よい。
 授与品の中には人形の御守りなんてのも。

2010年10月13日 (水)

石山寺港(石山寺)

F1003597a_tna F1003588a_tna Setagawaa_tna  4年半ほど前に訪れた石山寺港。石山寺ではなく港。お寺に行きたかったんじゃなくて、京津線と石山線を完乗したかったわけで。というか、着いた時間が遅くて閉門寸前で自重。

 石山寺の前を瀬田川がゆったり流れる。琵琶湖から流れ出て瀬田川、宇治川、淀川となる源流。すぐそばに瀬田の唐橋が架かっておる。水運もあるようでちゃんと石山寺港の看板が...。

F1003610a_tna F1003603a_tna F1003600a_tna  石山寺は門だけ拝観。石山と言うだけあって背後が岩山な感じ。道の途中には岩を穿って造ったような祠もあったろ。

 石山寺駅からは瀬田川沿いの道をちょっと歩く。途中宿屋や飯屋があって、しじみ飯を喰わせてくれる。有料ですけど。F1003575a_tnaF1003574a_tna 行ったのが梅雨時の平日夕方だったせいか、ひっそり静まるかえった感じ。やや寂れた感が京都の街中のお寺の周りと違って落ち着いていて好感がもてマスタ。

2010年10月12日 (火)

京都府庁旧本館

Pict9107a_tna Pict9102a_tna Pict9131a_tna  新町通を上がった先、下立売通を過ぎたあたりに広がる一角にある。京都府警本部がすぐ脇にあって、TVドラマで写ったりする。新町通の一本西に旧本館の正面に参道のようにあるのが釜座通。途中途切れているが、若宮通の北の延長線上にあたる。

Pict9152a_tna Pict9149a_tna Pict9108a_tna  明治37年(1904年)の竣工。昭和46年(1971年)まで京都府庁の本館として使われていて、今でも関連の用途に使われている。創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものだそうだ。内部はやや薄暗く、如何にも広い壁で支えて頑丈にしてますという感じ。階段の手すりなどの装飾が凝っていて、公務員が公僕ではなくお役人で威厳があった時代の建物っぽい。

Pict9136a_tna Pict9121a_tna Pict9118a_tna  内部の調度品も古めかしい。竣工当初から全て揃っていたのか疑問だが、暖炉あたりは如何にもありげ。登退庁表示灯は似たようなものをお役所で Pict9143a_tnaPict9120a_tna Pict9160a_tna 見かけたりする。ヒーターはさすがに後年付けたものだと思うが、子供の頃病院で見かけたものに似ていてなつかし。
Pict9139a_tna Pict9154a_tnaPict9164a_tna 避雷針にも飾りが付いているのはどうなんだろう? 漢字タイプライターは学生時代に使った記憶がある。IT化も進んではいるようだけど、LANケーブルの敷設方法が如何にも取って付けたよう。

 一部の部屋は貸し出しもしているようで、結婚式やコンサートに使われているらしい。定期的に一般公開されていて画像は4年前の4月に撮影したもの。

2010年10月11日 (月)

神事(五条天神宮)

Cimh9218b_tna  あ、いや。行ってません。
 先日前を通りかかった時に予告の札が下がっていたので、なんだろう、と思いつつも、今日は冬支度に忙しく走り回っていたので、行けず。どんな神事だったのだろう?

2010年10月10日 (日)

京都迎賓館の塀

Pict9067a_tna Pict9065a_tna Pict9060_stitchb_tna  京都御苑の一角に作られた迎賓館。開館したのは2005年4月。画像はその1年後の姿。というか、塀だけですけど。

Pict9063a_tna Pict9064a_tna  賓ではない身は迎えてもらえない。年に一度一般参観があるけれど、抽選とかで手続きが面倒。なので外観のみ。
 塀の瓦の紋は五七桐。日本政府の紋章。菊花紋ではないのは天皇家ではなく政府の施設だと言うことか。Pict9066a_tna Pict9069a_tna Pict9068a_tnaかと思うと無紋の瓦もあったりする。
 何故か門の釘隠は桜花の模様。紋じゃなくて模様だろうな、きっと。
 塀際にはセンサーが張り巡らされている。御所と同じく近寄ると「壁から離れろ」旨の警告音声が自動で流れる、筈。

Pict9058a_tna  そばの広場には「バッタガ原」の名が。バッタガ大勢いるんだろうか?

2010年10月 9日 (土)

菊姫稲荷大神(不明門通)

 不明門通六条下ルにある小さな祠。撮影したのは4年半あまり前。

F1002491a_tna F1002489a_tna  不明門通は「あけずどおり」。因幡薬師の正面通りにあたる。因幡薬師の正面の門が常に閉ざされていたので不明(あけず)の門の通り、で「あけずどおり(不明門通)」になったとか。「あけずもんどおり」でないのは謎。今では因幡薬師の門が普段は開いているので、「あけず」ではないんだけど。
 烏丸通の東隣の通り。京都駅ビルの前の塩小路通から細々と北に延びるが、F1002490a_tna 東本願寺前で一時的に湾曲して接近してくる烏丸通と一体化してしまう。というか、烏丸通の歩道になる感じ。油小路と堀川通の合流に似ているかも。烏丸通と一体化する前後で一方通行の向きが反転するのももの悲しい。
 松原通の北で因幡薬師にたどり着くと、境内を迂回して更に北に延びて綾小路通まで続く。因幡薬師の北の高辻通から先は細い路地になってカクカクとクランクしながら息も絶え絶えという感じ。

2010年10月 8日 (金)

おせち料理の準備はもう終わりましたか?

Cimh9253b_tna  デパ地下でおせち料理の受付が始まったというニュースが流れていた。と思ったら、スーパーでも受付開始してた。今年はどーする?

 鬼は笑わないのか? 年内に届けられるから大丈夫なのか。

2010年10月 7日 (木)

出町柳商店街(作務衣)

 朝起きて窓を開けるとひんやりした空気が流れ込んでくるようになった。昼間は晴れると夏日になる相変わらずの陽気だが、秋は朝からやって来るようだ。部屋着が夏のままではナンなので風邪をひかないうちに衣替え。しようとしたら、何故か手頃な秋物がない。去年の秋はどうしていたのだろう?
Cimh9240b_tna  寝間着のまま部屋着というのもナンなので、調達。いつもならイトーヨーカドーとか大型スーパーに出かけるところ、目先を変えて出町柳商店街。去年、褞袍を用達したところだ。安いかどうかは疑問だが、バス一本で行けるので地下鉄を乗り継がないといけない大型スーパーよりはお手軽。

○出町柳商店街
Cimh9243b_tna Cimh9242b_tna  商店街と言うにはこぢんまりとしていて市場の雰囲気に近い。懐かしい感じ。道幅が広くアーケードが高い分商店街なのかも。食料品中心の錦市場と違って雑多な店が揃っている。アーケード飾りや店の看板が凝っているのはみていて楽しい。寂れ行く商店街が多い中、今も活況を呈している秘訣はなんだろう?

○賀茂川
Cimh9233b_tna Cimh9231b_tna Cimh9228b_tna  商店街を出て少し歩くと賀茂川に出る。鴨川を遡って合流点を越えると西側が賀茂川、東側は高野川。鴨川同様鳥と魚がのんびり泳ぐ。

 部屋着はズボンだけ調達するつもりが、作務衣を売っていたので買ってしまった。作務衣は初めて。下は普通にズボンで、上は丈の短いガウンというかダブルの背広みたいな構造なのだな。上がちょっと巻きすぎな感じもするが、試しにしばらく着てみよう。何故かLサイズだけ袖にゴムが入っている。MやLLは普通に開いているのに。給食係のエプロンか化学実験の時に着ていた白衣みたい。長く着てると鬱血しないのか?

2010年10月 6日 (水)

京都国際会議場(国立京都国際会館)

 地下鉄烏丸線の終点、国際会館駅のそばにある。京都駅から地下鉄一本で行けて便利。なのかどうか、結構遠い。国際会議場を作るのにまとまった土地が北のはずれにしかなくて、そこへの足に地下鉄を掘ったんじゃないかと思えるくらい。

Pict3414a_tna Pict3413a_tna Pict3410a_tna  ありがちだけど、結構奇抜なデザイン。国際会議場なのかと思ったら、国際会館。国際会館の中に国際会議場がある、ということか?京都なのに国立、という突っ込みはベタすぎ?
 螺旋階段は目が回りそう。というか、軸が途中から遷移するのね。

 5年余り前に行った時の画像。用がないからそれ以来行ってない、かも。

2010年10月 5日 (火)

柵の跡

Cimh8568b_tna Cimh8567b_tna  京の街を歩いていて気になるのが、建物と道路の境目にある細長い石の仕切。地面に埋まっていて表面上は平らになっている。その仕切石には等間隔の穴が空いていて何かが刺さっていたような跡が残っている。
Cimh8614b_tna  中には穴から錆が流れ出ていて鉄の棒の根っこが残っているらしいものも。そういうのが1軒や2軒ではなく街中至る所にある感じ。昔ながらの京町家ではなく、近年(といってもここ半世紀くらい?)に立て替えられたような家に多いような。

Cimh8570b_tna Cimh8569b_tna  と思っていたら、柵がある家に出くわした。上の写真にある痕跡とは違うかもしれないが、この柵を撤去すると似たような跡が残りそう。ということは、概ねこんな感じで家の前に柵を立ててあったんだろうか?

2010年10月 4日 (月)

きょうの紫陽花(小田原町通)

Cimh9196b_tna  撮影したのは昨日ですけど。

 ばっさり剪定されちゃってます。わかるかな? それでもてっぺんに残った花には色味が残ってる。

2010年10月 3日 (日)

四之保社跡 威徳水

Cimh8986b_tna Cimh8987b_tna Cimh8983b_tna  一昨日、北野天満宮御旅所に行く途中に見かけた史跡。上ノ下立売通(妙心寺道)佐井東入にある。

Cimh8984c_tna この地は、『北野天満宮七保社(しちほのやしろ)のうち四番目に当る『四之保社(よんほのやしろ)があったところである。『七保社とは、菅原道真が、大宰府で亡くなった後、随徒の人々が右京の地に建てたと言われている七ヶ所の御供所(ごくうしょ=お供え物する小さな社)である。『保とは、神社の神人(じにん=神社に仕えた人)居住区域を意味し、商業などに従事する傍ら(かたわら)、神供調進にあたったといわれている。
 当初、神宮寺新長谷寺が管掌し、藤原道長自作と伝える観音像を祀り、多くの帰依者を集めたが、元文5年(1740)に廃となった。
 現在は、当時「威徳水」(いとくすい)と呼ばれ、病気平癒の御利益がある水として人々よりの信仰を集めた水が湧く井戸跡のみが残されている。
 …

Cimh8985c_tna

 四之保社は何も残っておらず、残っているのは威徳水の井戸だけ。空海が掘り、秀吉が北野大茶会で使ったという威徳水。病気平癒に御利益のある湧き水、と言うことだが今は枯れてしまって水は無し。

2010年10月 2日 (土)

きょうの開店(フレスコ四条店)

 開店したのは先月末ですけど。

Cimh8537_stitchc_tna Cimh7480b_tna  入居しているビルの建て替えの為に約1年前に閉店したスーパーが再開店。前のビルはレトロというかモダンな感じの外観だったのが、今度はなんだか畳表みたいな外装になった。左が旧ビル、右が新ビル。新ビルはまだ外装が終わっただけの時点の画像。

Cimh8976c_tna Cimh8975b_tna  チェーン店共通のチラシに載った開店の宣伝が余りにも目立たなかったので開店しているのに気付かなかった。広告が下手なのか、チェーン店でも他店はライバルなので宣伝に消極的なのか。
 昨日バスで前を通りかかった時に発見しただけなので中は見ず。前は狭苦しい店だったけど、こんどは広くなったのだろうか? 四条烏丸界隈に手頃なスーパーが無くなって足も遠のきがちだったんだけど、これでまた便利になるな。

2010年10月 1日 (金)

瑞饋祭(北野天満宮御旅所)

 京の秋祭りの先陣を切るずいき祭。漢字で書くと瑞饋祭。
 「瑞饋」とはめでたいしるしをおくること、だそうだ。元々は平安時代、西之京神人が五穀豊穣を感謝しそのお礼として、重陽の節句に自分たちが作った新穀・野菜・果実などに草花などを飾り付け、菅原道真公の神前にお供えしたのがこのお祭りの始まりと云われているらしい。
Cimh8978c_tna  その後紆余曲折があって豊臣秀吉が土一揆(1490年)で消失した北野天満宮を再興した年(1607年)に西之京付近の人達が神輿を作り、「ずいき」の音に因んで里芋の茎(ズイキ=芋茎)で屋根を葺いたのが瑞饋神輿の始まり。
 そして瑞饋神輿が瑞饋祭の名前の由来とも。話がループしているような? してない? 大丈夫? (^_^;)

○瑞饋神輿
Cimh9024b_tna Cimh8999_stitchb_tna  ズイキをはじめいろんな野菜で飾られた御神輿。10/1~10/4まで北野天満宮御旅所に安置される。御神輿と言えば10/1の神幸祭で天満宮から御旅所に神様がお出ましになるのに乗り、10/4の還幸祭で帰るのに再び乗る、ものなのだが、瑞饋神輿は最初から御旅所で作られて還幸祭で天満宮に赴く。
Cimh9011b_tna Cimh9015c_tna Cimh9006b_tna  屋根が芋茎なのは定義だけど上の赤いのが「唐の芋=頭芋=海老芋」で下の緑色が「真芋≒里芋」。獅子頭は頭芋を逆さにしてもじゃもじゃしたたてがみはその根っこ。目が栗で赤い舌は赤唐辛子。平瓔珞(ひらようらく)は「梅に鶯」と「松に鶴」で鶴と鶯はミョウガ、梅木は芋茎皮、梅花は赤唐辛子
 Cimh9033b_tnaCimh9007b_tnaCimh9013b_tna真紅は紅白の千日紅の花を一つ一つ糸に通して柱に巻き付けてある。四隅にぶら下がる瓔珞(ようらく)は赤なす・五色唐辛子・麦藁細工に水菜や九条葱の種や胡麻Cimh8994b_tna。お菓子の家ならぬ野菜の家、みたいだな。
 ミニチュアのような御神輿がもう一つあったのは子供神輿だろうか?  

○神幸祭
Cimh9117c_tna Cimh9116b_tna Cimh9090b_tna  お目当ての瑞饋神輿を堪能したのでそろそろ戻ろうかと西大路通を下がっていると天満宮を出発した神幸祭の行列に出くわした。せっかくなので見物。
Cimh9126b_tna Cimh9124b_tna Cimh9105b_tna  御神輿は三基。馬車も馬もやって来る。牛車もあるような話だったのだが現れず。還幸祭だけ登場するのかな?
Cimh9190b_tna Cimh9178b_tna Cimh9155b_tna  行列が御旅所に到着すると御神輿を安置して着御祭。宮司が祝詞をあげて酒や野菜などのお供え物をして氏子代表(?)と共に玉串を捧げる。最後に稚児舞が奉納されたようだが、時間切れで撤退。

Cimh9076c_tna Cimh9075b_tna ○楽譜?
 楽人が太鼓を叩きながら見ていたのは雅楽の楽譜かな? 途中の休憩所でパチリ。

「コトチカ」誕生!

Cimh8945b_tna  地下鉄四条駅の通路、改札機を移動させて確保したスペースに商店街がオープン。改札の外なので「駅ナカ」ではない。以前からパン屋の売店やワゴンショップが出たりしてはいたが、単なる通路で地下街ではなかった。

Cimh8965b_tna Cimh8959b_tna いつの間にか地下2階も掘って上下2フロアの商店街になっている。商店街と言っても地下1階部分は通路脇の壁面ショップに毛が生えた程度。ちょっと苦しいかも。
 地下2階には喫茶店もマッサージ屋もある。 

Cimh8955b_tna Cimh8962b_tna  烏丸線は烏丸通の下を走る。四条駅は南北に改札があって、北口と南口の間は線路に沿って地下自由通路が通っている。その間400m弱くらいだろうか。北口の北側にコトチカが開業。
 南口から通路に入ると地面にテープが貼ってある。Cimh8971b_tnaCimh8949b_tnaCimh8950b_tnaなんだろう、と思いつつ北口へ向かうと、 「最後尾」の札を掲げた警備員。ドーナツ屋の行列だ。途中、改札と券売機の前で途切れて店まで続く。昼前の時点で3時間待ち。朝は4時間待ちだったらしい。
Cimh8968b_tna Cimh8969b_tna  ドーナツ屋の向かいはロールケーキ屋。こちらも人気店らしく反対方向に向けて行列が出来ている。
 写真だけ撮って並ばずに撤退したのは言うまでもない。

 有名店が来るのはいいけれど、この行列が毎日ってことはないだろうな。改札と券売機のそばだし通路が狭くなるし。

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