2005年11月 1日 (火)

7100km

 今日はほぼ快晴の一日でした。でも寒かった。もう冬晴れ?
 街では官製年賀はがきを売り出してるし、デパートではクリスマスケーキだのおせち料理だのの予約受付してるし。いつのまに。
 
7100km  で、10月の移動距離を計算してみました。

  総移動距離:7,162km
  主たる移動:6,724km
  うちJR   :6,076km

 総移動距離は、鉄道、船、バスの総合計。船やバスは営業キロなんて公開してないから地図で適当に拾いました。観光の為に同じ所を往復したり、路面電車に乗ったのも含んでます。遊覧船は航路が不明なので入れてないや。友人の車で北海道走り回ったのとか、ちまちま郊外電車に乗ったのも計算外だな。ま、結構ざっぱな数字です。
 主たる移動は、おっきな荷物を持ってえっちらおっちら(網棚に置いてたんだけど)移動した距離です。これも船とバスは概数ですわ。
 うちJRは総移動距離の中のJR分ね。
 画像は移動経路。水色、緑色、紫色がおのおの第一部(京都→釧路)、第二部(釧路→長崎)、第三部(長崎→京都)の経路です。(白地図は株式会社地理情報開発のWebから頂きました。)
 30泊31日の旅でしたが、なるべく一カ所に2〜3泊するようにしたので、移動自体はわりと少な目でした。
 
F1002137aF1002136a  そのおっきな荷物が右の画像。
 黒いのがカート付きの鞄。出発時点で20kg超ありました。途中でお土産を含んで斬増傾向にあった模様です。コインロッカーの600円コースでないと入らない。
 この鞄がネックでした。網棚とか荷台のない乗り物では、実質的に二人分の座席を占拠することになるので、よほどすいてないと乗ってられない。網棚に上げ下ろしするにも腰に来るし、まわりに人がいるとじゃま(お互いに)。せめてこの2/3、コインロッカーの300円コースに収まるくらいにしないとねぇ。移動ライブカメラキットとか入れてるのがいけないのかしら? プリンタは置いていったんですけど...。
 
F1002138aF1002139a  時刻表持参は当然ですね。鞄おっきいし、大型時刻表を持っていこうかと思ったんだけど、思い直して小型版にしました。それでよかった。乗った列車が載っているページにタグを付けてたらこの有様。
 
 鞄と並んでネックだったのが洗濯。コインランドリーがあるところまで洗濯物を溜めて一気に洗う予定だったけど、案外コインランドリーがある宿ってないもの。近所を探してまわるのも、長期滞在ならまだしも、2〜3泊しかしない日程ではもったいない。仕方ないので、途中から毎日手洗いするようにしたんだけど、つらかったな〜。寝間着に着替え終わってから洗濯するものだからどうしても夜中になるので眠いし。ついつい夜出歩くのも控えめになっちゃう。翌朝までに乾かない事もあると厄介。
 固く絞りすぎて、ハンカチをねじりきってしまったこともありました。(@_@;) ドライヤーとズボンプレッサーも試したんだけど、いまいち。唯一、ドライヤーに靴下を履かせると一気に乾いたっけ。結局、洗濯後バスタオルでくるんで足踏みして脱水するクロマトグラフ方式が一番効果的でした。脱水機にかけた状態くらいまでは乾くのであとは部屋干し。それでも天候によっては乾ききらなかった事もありましたけど。最後は着て乾かす、というのもありますね。きもちわりぃですけど。
 洗濯物の絞りすぎで親指の付け根の皮がむけちゃった。洗剤で手荒れはするし。
 長旅の最大の敵は洗濯物だな。誰か、超小型の洗濯乾燥機開発してください。一時、一人用の小型ランドリーが売り出されてたと思ったけど。そういうのがユニットバスに仕込まれてホテルの標準装備にならないものかな。
 

2005年10月31日 (月)

大鳴門橋、明石海峡大橋

PICT7404a 旅の第三部は今日で終わりです。
 3時間ほどのバスの旅を終えて京都に帰り着きました。
 最後に通ったのが本四架橋の神戸淡路鳴門ルート。これを渡れば、別府からフェリーで松山入りした分も含めて、瀬戸内海蛇行一筆書きができあがります。もちろん本四架橋三ルート制覇もね。
 大鳴門橋は5年ほど前に渡ったんだけど、うちから一番近い明石海峡大橋はまだ渡ったことがなかったの。父の実家が橋のたもと近くだし、何度も姿は見ているんfだけどねぇ。
 
PICT7373a  徳島発京都行きの高速バス。やっぱりすぐには高速道路には入らないで下道をひたすら走ってました。途中、バス停があったせいもあるんでしょうけど、すいていたのでそういう判断もあるのかなぁ。
 最初に渡るのが大鳴門橋。橋自体は昨日下見(?)してきたとおり。やはり横からのショットは望めず、橋を真正面に見るだけでした。今回の座席は1番A席でポールポジション。前の視界が開けていたのでラッキーでした。

 数分もかからず橋を渡った後は、淡路島。しばらく陸路が続きます。
 しまなみ海道に似てるけど、スケールが違う。日本一のでかい島ですから。棚田や段々畑、こんもり山岳もあれば渓谷もあります。30分は走ってたかなぁ。島の北側に近づくにつれ、島が細くなり左右交互に海が見えるようになる。そして、対岸に明石から神戸にかけての町が見えてくる。むふふ、いよいよだよん。
 
PICT7392aPICT7389a  そうして辿り着いたのが明石海峡大橋
 こちらは渡る前に横顔を見せてくれました。でも、走ってると大きさをあまり実感できないや。画像も大鳴門橋と似てるでしょ。(^_^;) ともかく、これで三ルートとも制覇しましたわ。大都市圏や既存の路線からこんなに近くにある神戸淡路鳴門ルートに鉄道引かないでどうするんでしょうねぇ?
 
FL000020b  今回は通過だけで終わりましたけど、明石海峡大橋にも「舞子海上プロムナード」といって渦の道みたいな施設が下にへばりついてます。3年ほど前に行った時の画像ですけど、ここも遠近法の世界でしょ。
 ま、渦が見えるわけでもなく、明石・神戸の街並みと海が見えるだけです。夜は綺麗なんだろうなぁ。
 
PICT7369aPICT7364a  で、発つ間際に見た徳島の風景。
 郵便ポストの上で踊る人々(左)。富山では薬売りの行商さんがいたし、ポストの上ってエンタな場所なの? いってらっしゃいバス(右)。前はどうなっているんでしょうね?
 
 久しぶりに帰ってきた京都は寒いや。半袖の綿シャツ来てるせいもあるんでしょうけど。明日一番で長袖を出さなきゃねぇ。(^^ゞ
 第四部はいつ始めましょうかねぇ。(^_^;)
 

2005年10月30日 (日)

鳴門

PICT7267a 今日はのんびり徳島見物でもしようかと思っていたんだけど...。
 ふと、前回来た時は鳴門の渦潮がよく分からなかったのを思い出し、行ってみることにしました。幸いにも、大した距離ではなく、朝飯をゆっくり喰って出かけても十分遊ぶ時間が取れそう。帰りも足がなくなって途方に暮れる心配もなさそうだし。
 
PICT7255a  で、電車とバスを乗り継いでやってきた鳴門公園。
 まずは観潮船に乗って橋の下へ。ん〜、よくわかんない。(^_^;) 船が頻繁に方向転換するのでその航跡で渦が出来ているような気もするし。渦ではなく単に潮がぶつかっているだけのような気もするし。う〜。
 でも、潮の速さは実感できます。それと、波が複雑に立って船がゆらゆらではなく、ガツンガツン揺れるの。まるで何かにぶつかってるみたい。こっちも迫力だ。うかうかしてると海に落っこちそうよ。
 
PICT7256aPICT7270a  乗ったのは水中観潮船アクアエディ号。水中、というのが味噌で船底に窓が並んだ観測室(?)が突き出てます。ずらりベンチシートの指定席。アイデアはいいんですが、もやもやしていてよくわかんない。見事な渦が船体のすぐそばで発生した時には見物なんでしょうが。航行に伴う泡ばかりが見えてました。
 そのアクアエディ号は高速艇とやらでスピードを出すこと出すこと。上部露天甲板に上がったらもう潮かぶりまくりで、眼鏡は斑点。舌なめずりすると顔はしょっぱい。(>_<)
 
PICT7278aPICT7276a  なんかいまいちすっきりしない気分で船を下りたのがお昼頃。まだ時間があるし、一度来てはいるものの大鳴門橋も上から見ておこうかと展望所へ。潮の流れの迫力は観潮船の方がありますな。岩場の間を流れているのは川ではないです、潮の流れです。
 
PICT7291aPICT7283a  ま、流れで渦の道へ。ここももう来ました、なんだけど。下から渦が良く見えなかったので今度は上から。と、吸い込まれそうな遠近法の世界を進むと...。ちっこい渦ですけど、次々現れては流れて消え、現れては流れて消えしているのがよく分かる。
 水が澄んでいるので、渦の中心部で泡が水中深くまで引き込まれている様までよく分かります。迫力には欠けるものの、渦を見るなら上からの方がいいですな。

 あ、400万人記念の福引き、大谷焼きの湯飲みが当たりました。ありがとうございました。「渦の道!」とかかいてあるのかと思ったら、渋い色合いのまじめな湯飲みでした。どっかに書いておかないと忘れそうだな。(^_^;)
 
PICT7295a  で、上から見た渦の動画。
 くるくるくる〜。
 洗濯機を縦回転型に替えてからは家でも渦をあまり見かけなくなっちゃったんだけど、ここにあったか。
 
PICT7310aPICT7302aPICT7300a  渦の道の展望所では阿波踊りをやってました。毎日やっているのかな? あ、今日は日曜か、だからかな? 踊り手が男と女でお囃子が違うの。耳がサチりそうな音の圧力、頭を空っぽに出来ていいですね〜、引き込まれる。
 あと、謎の階段は健在でした(中)。「どこいくのや〜?」「ちょっと底まで」???
 鳴門駅−鳴門公園間のバス路線にあった停留所(右)。「の」。表示が一部しか写ってないわけではないですよ。停留所は乗降客がいなくて猛スピードで通過したので写せませんでしたわ。みなさんは三重県の県庁所在地「つ」と、この「の」、どっちが好きですか?
 

2005年10月29日 (土)

しまなみ海道、瀬戸大橋

PICT7147a 松山に寄ったのは道後温泉本館が最大のお目当てでしたが、もう一つの楽しみにしてたのがしまなみ海道。車じゃないと通れない。普通なら諦めるんだけど、今回の旅は長崎までの一筆書きが終わって鉄道のくびきが解けたので、高速バスで渡ろうとしたわけ。
 松山市駅から高速バスに乗って一路今治へ…、向かうはずがずっと下の道を走ってました。節約かなぁ? でもおかげで海岸線とか漁港のそばを走ったので海を間近に見ることが出来ました。水が澄んでいて綺麗ですね。
PICT7147b 待ちかねたしまなみ海道は、名前の通り大半が島でした。あん。長い橋は最初の2つか3つくらいで、あとは島と島を結ぶ短い橋があるだけ。半分以上は島の中をぐるぐる走り回ってました。高速バスとはいえ、路線バスでもあるらしく、島に上陸するたびに一般道へ下りて停留所を廻っていたのでそのせいなのかな。
 なんかあんまり海を渡ったという気がしなかったです。途中の橋には自転車や原付用の脇道がある所もあったので、そこをのんびり渡った方が気持ちよさそう。
 とにかくでかい島の多いこと。ホントはこのルートだけで良かったんじゃないの? 鉄道は通しにくかったかも知れないですけど。
 
 しまなみ海道のバスは福山に着くのでそこから山陽本線を上って岡山へ。京都はもう一息なんですけどね。あと30分ほど普通列車に揺られると京都行き特急に乗れるんですが、乗りません。もうちょっと蛇行します。
  
PICT7206aPICT7194aPICT7200a  なので、岡山で右折して瀬戸大橋線へ。ここはもう何度も来ました。今更、の感もありますがね。以前は先頭車両に乗って遠近法の世界を堪能したんですが、今回は後部車両でおとなしくしてました。

 快速マリンライナー号の車両が更新されてるんですね。なんか丸顔というか表情がきつくなってる。この5年間の間につらいことでもあったんでしょうか?世間にもまれたのかな? おまけに先頭車両の中央部分は二階建てになってるし。「香川=岡山 桃太郎ネットワーク」だそうです。
 
PICT7212a  高松から渦潮号に乗り継いで徳島着。その高松駅は1番線と3番線が同じホームにあります。ありがちな構成ですな。いや、そんだけですけど...。駅構内で喰ったぶっかけうどんは腰が最強でした。いい麺だ。でも、ぶっかけの味は、JR松山駅前の食堂で喰ったのが最高でしたよ。
 

2005年10月28日 (金)

道後温泉本館

PICT7029aPICT7106a 今日は道後温泉から外へは出ないで近所をぶらぶら。
 まずは、昼のすいた頃を狙って道後温泉本館へ。昭和の終わり頃、友人の車に乗せられて松山に来たことがあります。松山城には登って、上の茶店でところてんを食った記憶はあるんだけど、道後温泉本館は友人の「ここはいいよな」の一言で前を通過するだけで終わった、ような気がする。それ以来、一体どんなところなのだろう、と気になって仕方のなかったところなのです。
 松山に寄ったのはそんな忘れ物を取りに来たようなものでもあります。

 そういえば、友人と松山に来たのは瀬戸大橋が開通した夏で、私が前の会社(前の前の会社?)を退職した時、次の就職まで一ヶ月間をあけて、旅に出た折でした。鎌倉を出発して、青森へ行き、海底駅の見学をしながら青函トンネルをくぐり抜け、函館で青函博を見て、連絡船で青森に戻り、鎌倉まで帰る、続いて東海道を各駅停車で下り、途中金谷からまだ古い路線だった井川鉄道を登って金谷ダムから静岡に出て、再び各駅停車で西宮に至る。更に友人の車で瀬戸大橋を渡って四国を巡る。今となってはディテールがあやふやなんだけど、そんな旅をしてました。規模も期間も違うけど、今回と似たようなことしてたんだなぁ。今思い出しました。

 ところで、ところてんは黒蜜ですか?酢醤油ですか?私は黒蜜だと信じていたんですが、酢醤油で喰う地方もあるようですね。お菓子かおかずかの違いでもあるようです。
 
PICT7108aF1002093aPICT7115a  道後温泉のシンボルが「湯玉」とかで、温泉本館の屋根のてっぺんや暖簾、欄間に描かれています。中で貸してくれた浴衣にも描いてあったっけ。最初見た時は栗の絵かとおもったよ、あたしゃ。
 ところで「湯玉」ってなに?
 で、道後温泉は白鷺が発見したんだそうで、(発見したことをどうやってヒトに知らせたんだろう?)塀には白鷺のオブジェがいっぱいついてる、湯玉と一緒に。
 
F1002087aF1002089a  入浴は4コースに分かれているんだけど、私が入ったのは霊の湯2階席ってやつ。3つある浴室全部に入れて、広間で休憩できるってやつ。湯船はどれも銭湯にしては小振りだったけど、すいていたせいかゆったり入ることが出来ました。湯船も壁も石造りでどっしり。湯船が深くて、底に座ろうとすると、溺れます。ご注意。(^_^;)  ちょっとだけ熱めで長湯は無理っぽい温度設定でした。時間制限を設ける銭湯だからそういうものかな。上がってから歩き回って汗かいたんだけど、さらっとした湯上がりの爽快感が続いてます。温泉のおかげだろうか。
 湯上がりにはお茶とおせんべいを食べながら座敷で涼める。お店の(?)人が常に控えているのと整然と座布団が敷いてあるので、寝転がるのは無理がありましたが、縁側から外を眺めながらぼーっとしてると至福の時ですな。
 涼んだ後は玉座のある又新殿坊ちゃんの間を見学して退場。又新殿は傾斜地に建っている本館の山側にあるので2階とは家いえ実質的に半地下になるので薄暗かったです。今は各旅館に温泉が引かれているので、行幸があっても宿で入浴されて本館へのご来臨はないそうな。もったいないですねぇ。でも、こういう間が残っているところが歴史なんでしょう。坊ちゃんの間は3階。個室の中の一室でした。3階個室の方が風が通って涼しかったな〜。今度は個室にしようっと。
 
PICT7127a  私が泊まっている宿のドアマンはシルクハット(山高帽?)を被って正装してます。きまってる、ような、妙なような…。部屋も英国調(らしい)で、英国好きな私としてはなんか落ち着く感じ。でも、畳の部屋が一番好きよ。
 

2005年10月27日 (木)

松山

PICT7034aPICT7035a 松山の路面電車を乗りまわってました。一応、全線区完乗。
 一回乗車で150円。長崎に負けてます。でも、一日乗車券が300円。二回乗車分の値段で一日乗り放題とは何とも意欲的。フリー切符は松山の勝ち。(^_^;)
 車両の種類としては二種類で、旧型の車両と、超低床式の新型車。数は半々に近いんじゃないかなぁ。旧型車の方が多いですが、新型車もかなりな頻度で走ってます。
 11月からは非接触式のICカード定期券が導入されるそうで、車内の料金箱にはセンサーが装備されていました。
 
PICT7074aPICT7071a  他には観光用の坊ちゃん列車も走ってます。
 創世記の頃の伊予鉄の列車の復刻版ね。エンジンは蒸気機関ではなくディーゼルになっているそうですが、車両などは出来るだけ当時のものにあわせたそうです。行き先案内を肉声でするのと同時に、簡単な坊ちゃん列車の紹介も車掌さんがしてくれました。
 車内は木造で確かにレトロ。「マッチ箱のような」という表現がぴったり来ます。サスが堅いのか、座席が木製だからか路面のごつごつがお尻にもろ響いてくる。これも当時のままなんだろうか?
 
PICT7049aPICT7052aPICT7051a 機関車も当時のままっぽいんだけど、運転席にはモニタ装置が装備されてます。液晶モニタってのがまたにくい。お札は三連発だし。お伊勢さんにも行ったのかな。
 
PICT7083aPICT7080a  もう一つの名物が、機関車の方向転換を手動でやること、だそうで...。終着の道後温泉駅で見てると、機関車にジャッキのようなものが付いていて、車体を持ち上げた途端、運転士+車掌でくる〜り、と廻してる。そういう仕組みが予め仕込んであるのね。御神輿みたいにえいっと持ち上げて廻すわけではない。そりゃそうだよな。
 客車は2両あるから面倒、かと思ったら、対称に作ってあるから廻す必要はないわけで...。こりゃ一本とられましたな、ははは。でも、機関車と連結する時は車掌が手で押したり引いたりして運んでました。軽いのね。
 
PICT7062aPICT7059a  そうそう、ダイヤモンドクロスがあったとさ。
 路面電車が普通の(?)電車の踏切を渡る箇所があって、そこがダイヤモンドクロスになってるの。西宮北口で廃止されて以来かも。ここにもあったのねぇ。
 ダイヤモンドクロスを渡る時のダダッゴットンダダッという音も懐かしく聞きました。
 
PICT7100a  帰りに大街道とかいうアーケード街を歩いていたら、その終着あたりで巨大唐辛子が踊っているのに出くわしました。松山名物かぁ?と思ったんだけど、無料求人誌(?)の宣伝だったみたいです。
 

2005年10月26日 (水)

ブルーダイヤモンド号

F1002069a 別府から松山へは船で移動。
 下関経由でもよかったんだけど、新幹線を使いたくなかったのとこの後の経路の都合で海路四国入り。船にも乗ってみたかったしね。
 出航前出港直後航海半ばそろそろ港か?を測位してみたんだけど、どうでしょ。
 フェリー自体は大分を16時過ぎに出向して松山、今治、神戸と明朝5時半まで走り続ける夜行便。私は20時前に松山で下りましたけど。
 サンフラワーかと思ったら、ブルーダイヤモンドでした。船体に描かれているのも旭日ではなくいるか君。サンフラワー号って私が子供の頃就航したんだよな確か。連日のようにTVで宣伝してたのを覚えてます。
 
PICT7007aPICT7004aPICT6995a  二等船室は大部屋に絨毯張りかと思ったら、小部屋に分かれてる。行き先ごとに何部屋かずつ割り当ててました。寄港地で入れ替えて部屋単位で掃除すればいいから楽なのね。一部屋定員24人。でも、私がいた部屋には6人しかいませんでしたけど。
 展望大浴場ってのもあるのね。入ってみたかったけど、荷物が盗難されやすいとひっきりなしに放送してるので怖くて入れませんでした。フリースペースは鉄道の比ではないし、船旅もいいかも。鍵のかかる個室をとってね。
 甲板に出てみると何故か煙突が一部シースルーでした。雨交じりのお天気だったので、海の景色は楽しむというほどではなかったです。
 熊野灘ほどに揺れることもなくなめらかな航海でした。
 

別府2

F1002054aF1002053aF1002053a 昨日はあれから晩飯を喰いに出かけまして...。
 別府は湯の町、町全体が温泉街なんで、飲み屋は多いんだけど、飯屋が少ない。そんな中、商店街に置いてあったお店ガイドで調べてようやく見つけたまえだとかいう定食屋さんを訪ねました。一昨日行っただんご汁屋でもいいんだけど、海鮮系をまだ食べてないので、今回のテーマは生魚。
 お店では、飲み屋ばっかでね〜、ご飯食べさせてくれるところがなかかかなくて、私酒飲まないから...、と愚痴ると、お店の人も、自分も飲まないので..、.と分かってくれた。知らずに行ったんだけど、魚屋さんが経営しているお店だそうで、丁度良かった。関さば+刺身定食で約3k\也。このくらいなら懐も痛くない。(^_^;) 関さばは歯ごたえがしこしこ強く、味も濃いめでした。なる。そもそも、さばのお造りってなかなか口にできないのよね。
 今回の旅で海鮮系をこれだけの満足度で喰ったのは初めてかもしれない。海鮮好きよ。
 

2005年10月25日 (火)

別府

F1002040a 別府ではとり天とだんご汁が名物だそうで。とり天はかしわの天ぷら、別にどうって事はないです。でも、だんご汁は旨かった。豚汁風のみそ汁に極太のきしめんが入っている、って感じ。味噌が薄めでダシが利いているので、旨みが濃いです。だんごは小麦粉を練って寝かして切った後びよ〜んと伸ばすんだそうで、うどんみたいなもん。腰があって汁が浸みててこれもいける。
 多分、家庭ごとに具や味付けが違うんだろうなぁ。お袋の味?
 
PICT6940aPICT6912a  別府ではあまり観光は予定してなかったんだけど、別府タワーだけでは如何にも食い足りないので、地獄巡りに出かけてみました。
 海地獄、鬼石坊主地獄、山地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、血の池地獄、龍巻地獄の八湯だそうで、各地獄ごとに違った温泉が見られます。大元は同じなはずなのに、噴出する場所によってこうも違うものなのか、不思議な感じ。
 噴出場所の局所的な条件で決まる要素は別にして、色などは湯に含まれる成分で決まるようなので、温泉の成分って噴出寸前の地層から溶け込むって事なんだろうか?
 海地獄は青かったし、かまど地獄の三丁目は青かったけど時々緑に変わるという、血の池地獄は赤かった。かまど地獄に及んでは、一丁目から六丁目までちょっとしたな所の違いで様態が異なってました。
 
PICT6946aPICT6886aPICT6888a  それに比べて坊主地獄と龍巻地獄は局所的な条件なのは明らか。
 沼だか粘土だかに噴出すると、噴気がねっとりして坊主頭に見える。んで坊主地獄。
 空洞がバッファになって、間欠泉になったのが龍巻地獄。
 いくつかの地獄では、温水を利用して南方の動物を飼育してました。フラミンゴ、コンドル、象、カバ、ワニ、ヤク、ピラニア、…。いいのか?
 

2005年10月24日 (月)

かもめ号、ソニック号

PICT6818aPICT6812a 今日は大分への移動日。
 まっすぐいってもいいけれど、博多経由の方が早いと乗換案内が言うのでふらふらっと北回りを選んでしまいました。南回りでえびの高原経由というのもいいなぁ、と思ったのは長崎を離れてから。あらおそかった〜。
 長崎から博多までは白くないつばめ号。同じつばめ号でも「白いつばめ号」というのがあって車両がホントに白いようです。白くないつばめ号の内装はヒョウ柄で統一されてる。座席も床もカーテンも。私が乗った車両の座席は橙色のヒョウ柄でしたが隣の車両は紫のヒョウ柄でした。どんなセンスなんでしょ?
 そうそう、根本的な構造も不思議で、乗車の為のドアが車両の端ではなく真ん中にあるの。で、「A室」と「B室」に分かれてる。北海道の車両でも似たようなのがあったな〜。禁煙席とかグリーン車を設ける時に短い編成だと1両まるまるという設定は難しいので、1両の半分が単位になるようにしているみたい。北越号でもグリーン車を半両にする為に無理矢理隔壁設けていたから、これを組織的にやってるわけね。
 でも、お婆さんが自分の指定された席がないと途方に暮れてたりしました。わかりにくいね。
 
PICT6837aPICT6830a  次に乗ったのがソニック号。こだま号のことですか?
 ヘッドレストがミッキーマウス型をしていて左右真ん中の部分が色分けされてる。後ろから見ると分子模型みたい
 デッキ部分には巨大窓が。他にも寝転がれるようにベンチシートも設けてあったりするし。諸々何から何まで個性的な九州の車両です。ワンダーランド。
 
F1002037aPICT6843a  で、実乗4時間ほどで別府着。
 斜めながら部屋から海が見えます。今回の旅で唯一の和室。やっぱ畳だよね。でも、布団敷いたり上げたり干渉が多いのが難点。
 駅前が猥雑に開けていて便利と言えば便利。すぐ横に山田電気があったし。「成人映画」とか「ストリップ」とか、あまりにもストレートなネオンサインの店もあります。最近見かけなくない?
 興和の初代店頭カエル君発見! 片腕がなくなってるの。(T_T) でもけなげに笑顔。ラメが入っていたのは何故? 佐貫にももう一匹いたのよね。
 
 実は、別府はノンリサーチ。どこを観光すればいいのかな?(^_^;) のんびり海を眺めてるだけでも十分幸せな気分ですけど。

2005年10月23日 (日)

路面電車(長崎)

PICT6760a 長崎以降の予定を立てるのに時間がかかってしまって、あまり町を見て回れませんでした。
 なので、路面電車の全線制覇をやってました。全線と言っても5系統しかなく、重複して走っているので、何度も同じ所を往復することになります。
 一日フリー切符を買って、一筆書きの要領でひとまわり。途中休憩も含めて2時間あまりだったかなぁ。
 
F1002028a  一回100円。どこまで乗っても100円。下りるまで100円。今日はフリー切符を買ったので縁がありませんでしたが、目的の駅まで直通の電車がない場合は、100円払って乗り継ぐことが出来ます。そのときにくれるのが「電車のりつぎ券」。特定の停留所で乗り継ぐことが条件です。乗り継ぐ時に「用事(買物・観光・食事等)を済ませた後」乗り継いだらダメと書いてあります。結構細かい。
 おつりは出ないので小銭がないと当然両替が必要になります。でも車内に両替機はなく、運転士さんに両替してもらうのですが、500円分が袋詰めになって用意されているの。病院で自家製の粉薬をもらうと、ハトロン紙みたいな紙を圧着して袋を作って封入してあったりする、そういう袋に入ってる。(わかる?) 両替お願いします、と料金箱の横のトレイに500円玉を乗せると、運転士さんが巨大ながま口から袋を取り出してポンと渡してくれる。合理的だ。
 
PICT6768bPICT6767aPICT6765a  車内で見かけたもの。
 昭和25年製造らしいです。
 灰緑色とベージュのツートン、京都の市電の車両に似てるんですけど...。
 お守りは「危難守護」。
 架線電圧は600V。

PICT6777aPICT6776aPICT6763aPICT6763a  車内外で見かけたもの。
 シートで蛇踊り(左)。
 街灯もドラゴン(中左)。
 車庫にひしめくカラフルな電車たち(中右)。チキンラーメン電車もいてました。
 最新の超低床車両(右)。残念ながら乗り合わせませんでした。
 
 

2005年10月22日 (土)

長崎

PICT6636a 昨日から長崎にいます。
 昨日は朝9時前に着いて宿にも入れず観光したのでいささかグロッキー。
 長崎にも路面電車が走っているんですね。富山よりは路線も多いし距離も長そう。全制覇するのはしんどいかなっと。
 駅の観光案内所でもらった案内冊子がわかりやすい。路面電車で移動する分には。でも、バスは路線が多すぎるのか説明が無くて、五里霧中。空は晴れてましたけどね。
 
PICT6658aPICT6654aPICT6645a  まずは平和公園付近へ。爆心地は公園になっていて、ベンチで一休みする人の姿がちらほら。私も、移動疲れの体を休ませてもらいました。例によって鳩が集まってくるのね。生姜板を取り出して食べているとみんなこっちを見てる。中にはベンチに上がって鞄の中を窺う奴も。砂糖の塊なんか喰うのか?
 修学旅行の時期なんですね。いろんな制服のグループがやってきては去り、やってきては去り、してました。資料館でも何組かみかけたなぁ。

 一休みして資料館を見学した後は平和公園へ。
 資料館では生々しい被爆直後の映像が放映されていて、悲惨さが良く伝わってきます。モノの展示も多くを語りかけてくるけれど、映像で人が黒こげになっている姿を見せられるとその威力がわかろうというもの。熱や爆風、放射線などの物理的な作用に分けて被害を解説していたのはわかりやすかったな。修学旅行の生徒や、(中には核保有国や米国の人もいただろう)外国人と思しき人たちにいくらかでも伝わっているといいんですけど。

PICT6661aPICT6659a 平和公園と言えば平和祈念像見慣れた姿だし、高校の修学旅行でも来て見てる筈なんだけど、違和感がある。...色がヘンなのね。水色してるんですけど、こんな色なんでしたっけ?
 
PICT6686aPICT6684aPICT6663a  その後は、浦上天主堂、眼鏡橋とまわってきました。
 浦上天主堂と平和公園の間が窪地になっていて、平和公園のそばには、「浦上天主堂が見える丘」なんてのがあるんですね。どっかで聞いたような名前だ。丘というより、窪地に面した崖の上って感じでしたが。「…見える丘」は公園にはなっておらず、家と階段の間の狭い土地にベンチが置いてあるだけでした。
 天主堂の前で見るのと違って、ホントに真正面から眺められるんですね。

 眼鏡橋はねぇ、手前の川が改修工事中で、水面が一部無くなってて眼鏡が欠けてました。残念〜。でも、反対側から見るとややいびつながららしい姿にはなってました。
 眼鏡橋の前後にも古い石の橋が架かっていて現役で使われてます。こういう現役の史料って生き証人だなぁ。

PICT6722aPICT6707a  で、今日は稲佐山に登って長崎を一望してきました。
 登ったといっても、ロープウエイですけど。もう歩いたりはしませんよ。今回の旅の上り坂は熊野神社で納めですから。
 小さな町だ。川の両岸と斜面に集まっていて、河口部でありながら峡谷のような急峻さもあって、とても港町の雰囲気ではないです。港が細長くて川のように見えるせいもあるんでしょうけど。斜面に貼り付いた家々に灯が灯る夜景は綺麗だそうで、一千万ドルだって。六甲山の十倍やんけ。河口から先、海には島々が点在して瀬戸内海のような雰囲気。
 
PICT6705a  山を下りてからはは、腹ごしらえに中華街へ。
 ちっこいですね。一ブロックに十文字の路地が走ってるだけ。道も狭い。立派な門があるんですけど、道幅がその門の半分くらいしかなかったりします。それでも賑やかさは横浜に負けてないかも。土曜日だったせいもあるのかな。蘇州林で(また)皿うどん喰って、角煮割包と肉まん買って帰ってきました。角煮割包は旨いですねぇ。わざわざ中華街行かなくても駅前でも売ってましたけどね。
 そうそう今日はあちこちでお祭りやってました。駅前では福州デイとかいって蛇踊りを、中華街横の公園では子供達の芸能大会(?)やってて、中華街の通りを御神輿が子供達に担がれて練り歩いてました。秋祭りなのかな?

 さて、明後日からの予定立てなきゃ。
  

2005年10月21日 (金)

一筆書き

PICT6703aPICT6702a 釧路から長崎までは1枚の乗車券で旅してました。一筆書き。途中下車のはんこ、押してくれた駅の方が少なかった。もっとも、新幹線を全く使わなかった代わりに夜行列車に何度も乗ったので距離の割に下車先が少ないんだよな。
 何キロになるのかなぁ。途中、私鉄だか三セクだかの区間もあるのでややこしそうです。多分、有効期間が19日だから、3400km〜3600kmの間ですね。
 行きの京都から釧路までは約1800kmなので、計5200km〜5400km旅したわけだ。盲腸線区間とかもあるから+αかな。

 長崎に骨を埋める気はないので、京都まで戻らなきゃね。
 ここから先は経路を決めてないので、これから考えなきゃ。
 九州新幹線に乗ってみるか、沖縄か離島まで足を伸ばすか、四島制覇で四国を通って帰るか...。ご要望はありますか? (^_^;)
 まっすぐ帰ると815kmなので、少なくとも6000kmの旅にはなるわけだ。毎日往復120km通勤してた時期もあったから、その伝で行くと50日分の移動ですな。
 

熊野灘、オーシャンアロー号、あかつき号

PICT6538aPICT6533aPICT6528a 昨日、紀伊勝浦最終日は列車の時間に余裕があったので、勝浦湾遊覧船に乗ってました。
 ホントは太地くじら博物館にも寄るはずだったんですが、波が荒く危険だとかで縮退航行となってしまい、単に遊覧で終わってしまいました。あたりは紀の松島といわれるだけあって、奇礁奇岩が散在してます。湾から出ると、昨日洞窟温泉から見た荒波が船を揺さぶり、揺れる〜。これぞ船。(^o^)
 断崖絶壁の下の狭い波打ち際に露天風呂があったんだけど、みんねどうやって行ったんでしょ?
 
PICT6568aPICT6566aPICT6564a  揺れを堪能したあとは、オーシャンアロー号で南紀を後に。ワイドビュー系の観光用の車両で、自由席車両の端にはラウンジコーナーが設けられていて、足下まで窓。波打ち際を走るこの列車にはいいかも。
 窓が開かないので、バスほどの迫力と爽快さはなかったですけど、広い窓いっぱいに広がる海を眺めながらまどろむのはいいもんだ。(こんなんばっか。)
 
PICT6584aPICT6621aPICT6582a  あかつき号は京都発長崎行き。京都まで戻ると一筆書きが難しくなるので大阪から乗ることにしました。一応、北斗星の時と同じA寝台個室を取ったんだけど、えらいちがい。一通りの設備は整ってるんだけど、バストイレは共同だし、床面積は半分ほどだし。観光用の比較的新しい列車と、移動用に昔からある列車の違いなのね。ま、こっちの方が列車の旅としては正しい姿なのかも。
 ちょっと驚いたのはベッドが電動で上半身が持ち上がって車窓を車窓を眺められるようになってる。実用一点張りでもないようで。
 大阪で見た機関車と長崎で見た機関車が変わってました。ままあることね。で、ヘッドマークも変わってるみたい。大阪では通勤電車の合間を縫って発着したのでホームが混んでうまく撮影できませなんだ。
 今まで乗った夜行列車の中では一番短いのかも。大阪を出て12時間ほどで長崎に着いちゃいました。
 

2005年10月20日 (木)

寝台特急あかつき号走行中

PICT6590a 今日は紀伊勝浦を出発して、オーシャンアロー、あかつきと乗り継いで長崎に向かっています。寝台列車の中では比較的好条件な区間を走る列車ではありますが、それでも安定しない時もあるのと走行時間が短いので、ブログの更新は明日宿に着いてからにしますね。
 よく揺れるのでマウス操作もままならなかったりするし。

2005年10月19日 (水)

勝浦、潮岬、熊野路

PICT6375aPICT6377aPICT6373a○勝浦
 勝浦は漁業と温泉の町。駅のすぐそばに港があり、回りには海産物屋が軒を並べています。道路には鰹が描かれているし。
 もう一つ町に溢れているのが、那智黒。商店街の柱という柱に広告が取り付けてあるし、駅を出て最初に目に飛び込んでくるアーケードにもラメのピンクと空色の地に黒い文字で「那智黒」と書かれた巨大な看板が掲げてあります。ここは那智黒の町。
 あ、それとみかん。何故か、「みかん屋」というものが存在してます、何軒も。果物屋でも八百屋でもなく、店のある商品の九割がみかん。紀州はみかんが名産なのは分かるけど、そんなにみんな買っていくのだろうか?
 
PICT6432aPICT6421a ○潮岬
 昼前にバスに乗って潮岬へ。ご存じ、本州の最南端まで約一時間の旅。
 行程の半分くらいは海岸線を走ります。窓を開けていると、エンジン音に負けないくらいの波の音と潮の香りが飛び込んでくる。バスは空いてるし、快晴の空からは暑いくらいの日射しが。誘い込まれるような眠気に身を任せながら眺める車窓は最高ですな。
 岬自体はなんてことはない、岩場の突端なんですが、手前に広がる芝生がやや幸せ。今日は熱射病になりそうなカンカン照りだったのでやめたけど、寝転がって日向ぼっこしたらいいだろうなぁ。
 突端のお店で、本州最南端到達証明書というのを発行してもらって、ちょっと岬よりひっこんだと頃にある連坊タワーに登ったら、入場券が件の証明書でしたわ。二枚あります、証明書。
 
PICT6461aPICT6493aPICT6484a ○熊野路
 午後は観光バスに乗って熊野那智大社へ。ホントは勝浦での観光は潮岬だけの予定でした。熊野路もおもしろそうだけど、車がないと行けないと思いこんでたんですね。でも、宿に観光バスの案内があるのを見て急遽参加。潮岬行きバスの時刻表のWebにも載ってたんだけど、頭に届いてなかったみたい。(^^ゞ
 で、バスは熊野古道へ。実際に歩くのではなく、石畳の山道をちょこっと見るだけですけどね。あ〜、階段だぁ。車でもつづら折りになって登る山道をほぼまっすぐ登ってる、こんなのを登ってお参りというか修行したのね。お天子様も数百回行幸されたそうだけど、京都からこんな所を歩いてきたんかいな。
 続いて那智の滝を経由して熊野那智大社へ。どっちも階段だらけ。
 滝へ行くのに階段を下り(帰りは上り)、滝壺見晴台へは階段を上り、ポテンシャルがもったいない。大社に至っては五百段弱の上り。観光バスだからもっと楽に行けるのかと思ってた。山寺や金比羅さんほどではないけど。足中乳酸だらけだよ。
PICT6508aPICT6506aPICT6504a でも、山上からの眺めはすごい。向かいに緑の森の壁がある感じ。見晴らしがいいというより、山が深くそこへ分け入ってきたんだなという気がします。こういうのがず〜っと続いてるのね。緑の海ってとこか。
 大社から遠目に見る那智の滝はかわいかったです。滝自体がご神体と言うとおり注連縄が張ってありました。
 隣の西国一番札所青岸渡寺の香炉(?)にしがみつく狛犬(?)(たぶん違うんでしょうけど)は落っこちそうで必死にしがみついてました。(これも違うと思うけど)

 ○竜宮城
 宿に戻ってから、お風呂へ。系列なホテル浦島のお風呂も入っていいというので、渡し船に乗って一風呂浴びに行きました。そう、このホテルは細長い岬の斜面に建っているんだけど、陸の孤島に建っていて、対岸から船で通うようになってます。最初はこちらの宿にしようかと思ったんだけど、大荷物持って船はつらそうなのでやめちゃったの。
 宿には6つ風呂があって全部温泉。そのうち二つが洞窟風呂。天然にあった洞窟に風呂場を作っちゃったの。ま、壁や天井が洞穴ってのもすごいけど、もっとすごかったのが洞穴の出口部分。風呂にはトンネルづたいに洞穴の奥から入っていって、風呂の一番奥が洞穴の出口、海がある。そこは外洋に面してるので、波が荒いんだ。特に今日は台風の余波が残っていて、大波ざぶんざぶん。湯船にまで波しぶきが入ってくる。五能線の波かぶり以上ですな。思わず、うお〜って叫んじゃう。丁度日暮れすぐだたので、月の出や星を見ながらのんびり暖まってました。
 風呂上がりにマッサージをしてもらったら、もうめろめろ。とろけそうでしたわ。では、おやすみなさい。ZZZzzz。

2005年10月18日 (火)

南紀号

PICT6352aPICT6345aPICT6330a  腹ごしらいも終わっていざ出発。
 伊勢市駅は盲腸線にあるので、大腸線まで出てから特急に乗り換え。大腸線、いや紀勢本線は最初は山の中を走ってますが、勝浦に近づくと海へ出る。車窓の変化の楽しい路線の一つですな。
 海はすごく荒れてました。颱風20号キロギーはさんざん逡巡したあげく関東へ向かうことにしたようですが、海は一つ一衣帯水(?)。荒れていながらも緑から青に変わる色は綺麗でした。晴れて穏やかだったらもっとはっきりしていたのかなぁ。荒れる海の上に浮かぶ人影多数発見! 海女さんか?と思ったら紡錘形の板を持ってる。サーファーやんけ。
 
PICT6362aPICT6357a  辿り着いた宿のすぐ前は港。
 でも、部屋からは少ししか見えない。しゅん。安い部屋だからか? でも、部屋自体は広いんだよな。う〜む。
 部屋からは聞こえませんが、飯を喰いに外に出た時、桟橋が泣いてました。夜泣きするんですねぇ。晩飯は鯨丼に鯨竜田揚げ。マグロが名物で、マグロは生、鯨は冷凍、と言われても鯨があったら喰わないわけにはいかんじゃろう。マグロは明日ね。
 リサーチ不足だったんだけど、見るべき所はたんとあるようで...。にっていがたりないよぉ。

おはらい町

F1001967aF1001963a 今日の移動は紀伊勝浦まで。実乗時間は3時間ほどかな。
 
 朝、時間をゆっくり取った、というか出発を昼過ぎにしたので、宿を追い出されてから時間が余っちゃった。昼飯も喰わんといかんし、昨日のリベンジでおはらい町へ再来。途中タクシーの運転手さん修学旅行の話とか、実家の漁師の話(私も父の実家が漁師)で盛り上がってました。
 まずはすし久で手こね寿司。旨い。昨日のとは全然違う。程良い酸味と甘み、それに旨みが効いてすてき。見直しましたわ。木村さんご指摘ありがとうございます。m(__)m 伊勢うどんはあんなもんだと言うことなので、パス。
 あとは、二軒茶屋の餅、おからドーナッツ、ひもの学校、虎屋の外郎。そして、運転手さんが盛んに買って帰れと勧める生姜糖の割れ。伊勢のお土産の中では小学校の修学旅行のお土産で学校が斡旋してたくらいの定番中の定番。今なら赤福なんでしょうけど、こっちは日持ちするからね。私らは生姜板と呼んでますが、地元では生姜糖と呼ぶそうです。
 荷物になるから、なるべくお土産は買わない方針だったんだけどなぁ。喰いもんだからいいか。間食って滅多にしないんですけど。

2005年10月17日 (月)

伊勢神宮

 今日はお伊勢参り
 小学校の修学旅行以来だから33年ぶりかな。あまりよく覚えていないんだけど、どっかの橋の手前で写真を撮って撮影禁止だぞと同級生だったか、先生だったかに驚かされた事を覚えてる。外宮と内宮、立て続けにお参りしたような気がするんだけど、距離はだいぶ離れてますねぇ。元々はつながっていたのかな。あとから住宅が浸食してきたとか?
 バスで行き来するのがよいそうで、案内所で聞いてフリー切符買いました。
 
PICT6196aPICT6191a  まずは、外宮。標識の英語は「Gegu(OuterShrine)」だって。
 天照大神の食事係、豊受大神をまつった、豊受大神宮だそうです。
 JR伊勢市駅から商店街を行くと、数分でアプローチ(?)が見えてくる。橋を渡り、鳥居をくぐって両脇に杉(?)の林が鬱蒼と茂る参道を行くとすぐに神楽殿&売店、いやお札授与所が現れる。と、そのすぐ先にGegu。正確には正宮。お参りするのはその中に設けられた参拝所(?)ですけど。正宮は板塀で囲われていて、門代わりの鳥居の前数mの所についたてがある。中を真正面から見えなくしてるのね。風呂屋みたいだ? え〜っと、二拝二拍手一拝でいいんだっけ?

PICT6218a 参道の木には苔が生え、羊歯まで茂ってて建物以上に古さを感じる。神殿より木々の方が神聖なのかも。
 こちらは時々グループが訪れてにぎやかになるものの、ばらばら人が来るくらいで割と静かでした。行ったのが10時頃だったからかな?
 授与所では「洋間にも合うやしろ」と看板を出して簡易な神棚を販売(いや、授与)してました。合うのか?
 
PICT6272aPICT6265a  次はバスに乗って内宮へ。
 こちらは天照大神をおまつりしてます。皇大神宮。
 御正宮が長い石段の上にあり、石段から上が撮影禁止。ぢゃ、橋の手前で撮影を咎められた33年前の私ってなに?
 でも、撮影禁止の札の前でTVカメラが撮影してたんですけどね。報道の自由って奴かい?
 外宮も内宮も、屋根に苔生してました。見てたのは参拝所(?)だけなんでしょうけど。式年遷宮で20年ごとに御正宮ほか一式を造り直すんだけど、そんな短期間で次々造営していたら土地がいくらあっても足りないだろう、と思っていたら。遷宮先は隣接地で、交代で使っているそうな。な〜んだ。

PICT6253aPICT6248aPICT6245a  今日は丁度神嘗祭をやってまして、天皇の勅使やら貢ぎ物、神職が行進しておられました。先触れの太鼓に続いて、菊の御紋入りの籠、続いて勅使、神職。
 行進の出発点付近で知らずに写真を撮っていたら、「ここは立ち止まれないんです。」と追い立てられ、強面で人を捌く黒コートの警備員。こわいな〜、と 思っていたら、「太鼓の音がしてるからもうすぐ来ますよ。もう今にも出るところです。」とか「急ぐ人は先に行った方がいいですよ。始まったら追い越せない から。」とか妙に親切だったりする。
PICT6259a 正宮でも、あちこちに立って目を光らせてたけど、話してみると、いろいろ解説してくれる。ガイドさんみたい。皇宮警察かと思って聞いてみると、神宮独自の職員だって。神宮司庁だと言うので、「国の組織ですか?」と問うと、「戦後は分離しないといけないので独立しました。」って。そうだよね。でも、伊勢神宮だけは直系だし(怪しいらしいけど)天領かな〜って。ちょくちょくお参りに来てるみたいだし。難しいのね>政教分離。
 外宮と違って参拝客は多かった。行列でせき止められたせいかもしらないけど、一時は参拝客が一時は参道いっぱいになってました。その後は、すいてきたけどひっきりなしに人が来る状態が続いてたな。
 あ〜。何故かお坊さんも見物しておられました。 
 
F1001940aPICT6298aF1001938a  参拝の後は門前町のおはらい町で腹ごしらえ。
 まずは名物だという、伊勢うどん手こね寿司のセット。伊勢うどんって、ざるうどんの温かいのに付け汁をかけちゃった、みたいなの。油そばのうどん版? 麺に腰が無くていまいちだったなぁ。手こね寿司はまぁいけたけどちょっと酢が効き過ぎか。合計していまふたつ。入った店が悪かった?
 デザートは赤福。箱で買って帰っても困るので、店先で食べることに。いつ食べても変わらない味。だけど、思ったより甘かったな。血中あんこ濃度急上昇。塩分で中和せねば。すぐ横でサザエの壺焼きとか売ってるのは戦略なんだろうか?
 おはらい町だのおかげ横町だの観光客向けのお店がたんと集まっていたので、うろうろきょろきょろしてました。おはらい町でも神嘗祭の御神輿とか獅子舞(?)が出てたんだけど、天気がしとしと雨でやや残念。ちと盛り上がりに欠けたのはやや残念。
 帰りのバスに『東海地震に対する「警戒宣言」が発令された場合には、バスの運行は、全線その場で運行中止いたしますので、ご了承下さい。』と書いてあったのは驚き。そうなんだ〜。

2005年10月16日 (日)

ひだ号、みえ号

PICT6113a 今日は移動日。
 お伊勢参りをしに伊勢まで来ました。
 高山から名古屋まではワイドビューひだ号。運転席の窓が広く、先頭車両は展望車になります。ところが、喫煙車を一番端っこに持ってきてるせいか先頭車両は喫煙車。禁煙の指定席を押さえてあったので、私の席は二両目でした。うへっ。(T_T)
 
PICT6133aPICT6121aPICT6128a  高山本線の南半分もなかなか風光明媚な所を通ります。奇岩断崖。でも、川の中に転がる巨石を見ると、去年の颱風のせいかなぁと考えてしまう。大半はもっと以前からあったのでしょうけど。
 もっと南へ下るとあたりは田園地帯。田圃が黄金色に輝いていました。稲刈りが始まりかけってとこかな。
 岐阜の手前は以前出張で良く来ていたところ。おうおう、懐かしい風景じゃ。
 
PICT6145aPICT6152a  岐阜から東海道線に入り、名古屋で快速みえ号に乗り換え。乗り継ぎも良くスムーズ。何度も快速であることは確かめてたんだけど、頭の中では特急と同じように思ってたみたい。ひだ号と一緒に指定席を押さえてました。べつにいいのに。よく見るとひだ号は「特急券」でみえ号は「指定席券」。乗車券だけで乗れるのに指定席があるというのもやや不思議。1号車の1列から6列までが指定席。一両の半分?1/3?だけなのね。新快速車両みたいなクロスシートなので、1列・2列は対座。2A席だったので外れ。でも1Aの人が来なかったから当たり。う〜む。
 座席番号は1列のA,B,C,Dから始まって、車両の最後尾には101列、102列なんでのもありました。400人乗りだっけ?
 案の定、ほぼ満席だった車内は一駅でがらがらにすいちゃった。元々二両編成だもんな。ま、ほぼ最前席だったので前方の眺めは良かったです。運転士の肩越しに覗き込む感じ。土地が平らで田園風景が広がる中に工場と住宅地が時々現れる。こちらの田圃は刈り取りが終わり、ひこばえの緑が美しかったです。
 
PICT6159aPICT6160a  ようやく到着した伊勢市駅。駅名に市が付くのね。高槻市、土岐市、あとどこがあるっけ?
 今日の宿は伊勢市駅から私鉄で一駅戻ったところ。やや不便。なんでここにしたんだっけ?ネットが使えるからだっけか?もう忘れてるよ。(^^ゞ
 近鉄鳥羽線の伊勢市駅はJRと改札が共通。
 やたら特急が通過するみたいで、二階建て車両もある特急が通過する一方、各駅停車は二両編成のワンマンカーだったりする。JRではありがちなローカル線のパターンだけど、私鉄でもあるんだなぁ。列車表示板に通過列車の通過時刻まで掲示されていたのが新鮮でした。

 宿の窓からは夕日が綺麗に見えてました。西日がきついとも言うけど。
 やや寂れ気味の地方都市でしたが、徒歩圏内に定食屋とスーパーコンビニがあるのでとりあえず喰って寝るだけなら結構便利なのかも。
 

2005年10月15日 (土)

高山

F1001908a 高山と言えば高山祭り、らしいですね。今年の秋の祭りは先週末に開催されたそうで。丁度多摩地区でBBQやってる頃ですな。お祭りは気にしないし、混むのでむしろ避けるようにしてます。ま、よっぽどそのお祭りが見たい場合は別ですが。
 そんなわけで、宿にも山車が飾ってあります。実物は屋台会館で常設展示されてます。前回見たので今回はパスしましたけど。祇園祭の真似っこなのかと思ったんですがちょっと違うのかな。
 今日は一日予備日。高山散策のつもりだけど、何もしなくてもいい。(^_^;)
 古い街並み、のあたりは昨日一昨日と見て回ったし、ちょっと疲れが溜まっているので、軽く散歩するだけにしよう、と思いつつ4時間あまりの歩き回ってました。一応のお約束で城跡公園も行ったんだけど、急な坂の連続でへとへと。しかも、本丸跡は公園から更に小山を登ったところにある。雨で足下も危ないのをいいことに、公園で城跡制覇とさせていただきました。これで、高山もOK。
   
PICT6038aPICT6069a  日本最古の現存する役所建物という高山陣屋
 何て事はない古い木造家屋なんです。受付で見学料を払って中にはいると玄関で靴を脱ぐ。傘も傘立てに置くか袋に入れて携行する。んだけど、傘袋がちゃんと折り畳み用のまで用意されてるの。「杖等をご使用の方はここでお拭き下さい」と雑巾まで用意されている。準備播但線。こういうところは初めてです。お見事。
 
PICT6062aPICT6061aPICT6043a  中は市役所+裁判所。
 役人の執務室や、大会議室、御白洲だんかが共存してました。TVドラマで見る時代劇そのもの。大岡越前や銭形平次、縮尻鏡三郎あたりが出てきそうな雰囲気でした。
 控え室が役目ごとに違うのはまだしも入り口が身分で分けられていたのは、当時なららさもありなんですが、改めて身分制度の厳しさを認識させられました。
 
PICT6075aPICT6072aPICT6087a  陣屋のそばにある高山市政記念館。昔の役所を展示しているのは陣屋と同じね。近代版陣屋。1階は普通に明治期以来の歴史や公文書、人口統計などを展示していたんですが...。む、と思ったのが国勢調査に関する会議の招集状(右)。昭和15年に総務部長(内閣統計局の?)から高山市長に宛てた文書なんだけど、会議の開催日が「文月二十日…」と書いてある。他の日付は「十月」とか「五月」と書いてあるんだけど。「六」が字崩れ起こしてるのかなぁ?
 
PICT6078aPICT6080aPICT6081aPICT6084a  で、二階に上がってびっくり。
 終戦後間なしの頃の市役所の執務室風景が当時の什器・備品を使って再現されてる。圧巻は昭和30年代以降の備品がガラスケースに入れて展示されてる。不用品は破棄しちまわないか、フツー。タイガー計算機やオープンリールの録音機、PCやら漢字タイプライタ、電話機も一階に続いて棚にびっしり埋まってました。地図の縮小・拡大期なんてのも。他でも見られないものではないけれど、役所の備品を良く残したものだ&展示する気になったものだ。誰も破棄する判断をしなかっただけか?(^_^;)
 
 昼は古い街並み、の中のお店で朴葉味噌定食を食べました。旨い、んだけど、味が濃い。小匙一杯あればご飯一膳喰えちゃうな。経済的だわ。
 昨日の夜食に高山ラーメン喰ったし、一応名物はクリアかな?
 

2005年10月14日 (金)

白川郷

PICT5860aPICT5863a 高山の宿は駅からちょっと離れてるけど、歩ける範囲。遠くにJR高山駅の車庫(?)が見えます。今回もお天気カメラやってます。ちょくちょく止まってるけど。
 朝からいいお天気。快晴ではなくてちょっと秋の雲が出ています。
 
 PICT6010aPICT6018a 白川郷へは濃飛バスで往復します。
 特に通行止めとかはなかったようですが、道路も高山本線同様復旧中でした。川沿いでは一車線分路面が崩れてしまって再構築中なんてのが二カ所ほどあり、道路脇の川の中や高台の民家の土台を重機が修理している光景はあちこちで見られました。
 途中、御母衣ダムというのがあったんですが、「おもろいダム」かと思ってました。(^_^;) 「みぼろダム」だそうですね。けったいな名前だすな。
 運転手さんの制服上着の襟章がサルボボだったんですけど、なんで?社章なのか?(運転手ですけど。)
 
PICT5889aPICT5892aPICT5887a  バスで二時間ほどの白川郷
 高山は二回目なのですが、前回来た時には行きたくて行けなかった白川郷。富山の白えびと並んで念願だったの。
 城跡らしい高台まで乗り合いタクシーで登ってまずは集落を一望。うわ、いっぱい。丁度どぶろく祭りをやっていて、御神輿が練り歩いているのが見えました、遠目に。
 
PICT5920aPICT5957a  郷自体は一部観光専用の施設がありますが、大半は普通の住居や店舗。村人の生活があります。空き地には秋桜が咲き誇り、水路には鱒が泳いでました。その脇で、子供達が遊び回っていたり、飼い犬が昼寝してたり。
 北海道と違って観光客が多かったので観光地然としていましたが、もっとオフな時期だと味わい深いだろうなぁ。
 
PICT5938aPICT5937aPICT5930aPICT5923a  観光用ではない民家の合掌造りの家には入れませんが、一部のお家では中を見せてもらえます。ところがっ、今日は祭礼なので軒並みお休み。
 そんな中で明善寺の庫裡だけは公開中でした。やけにでっかい4〜5階建て。中二階みたいなのをどう数えるのか、と階段のない屋根裏部屋みたいなフロアをどう数えるか、で階数が変わってくる。(^_^;) 一階にはいろりがあり、居住スペースがあったものの、二階以上は床がすのこ状になってるの。通路部分だけ板が張ってあって、まるでキャットウオークな雰囲気。どうやら、いろりの煙抜きらしいです。いろりから見上げると、上階の床が格子戸みたいになっているので、天井を見通せます。二階と三階のすのこの向きが直角になっていたのは偶然かな?
 今日は日射しがあって暑めだったんだけど、歩き回って疲れちゃったのでいろりのそばで一休みしてました。
 
PICT5983aPICT5992a  実際に使われている民か以外に、観光用として古民家を移築した「合掌造り民家園」というのがあって、ここでも中を見学できます。
 一軒の古民家で各階を見学した後、一階のいろり端で休んでいると、この古民家の人(?)と目があって、何となしに話し込んでました。徒然に聞いたところでは...。
 二階以上の床がすのこになっているのは煙抜きで、居住スペースではない。大抵はお蚕さんを飼っていた。寝室や台所に中二階はあるが、ここは物置に使うことが多い。子供の頃は学校から帰ってから水を汲むのが仕事で、夜になって帰ってくる両親の為に風呂を沸かして待っていたものだ。農作物は自家消費が大半で、現金収入は養蚕ぐらいしかなかった。茅葺きの屋根の下地には編んだ「麻ガラ」を使う。麻は蒸して皮から繊維を作って衣類に、芯の部分を麻ガラとして利用した。
 ...とか。その方は、台所にある麻を蒸す用の身の丈以上ある蒸し器の横で、染め物をやっているらしく、話の途中からでっかい鍋でお湯を沸かし始めましたとさ。ここの古民家も生きているんですねぇ。
 画像は災害時の被災者住宅(左)とトイレ、厩(右)。
 
F1001899a  で、晩飯は飛騨牛ステーキ定食。
 時間が早かったので、開いているお店が少なく、目に付いた定食屋兼飲み屋みたいなところでさりげなく食べてきました。塩胡椒のさっぱりとした味付けではなく、デミグラ風のじっくり系なソースたっぷりでしたが、肉は軟らかく、ソースも旨みたっぷりでgoodでしたわ。
 店の親父さんは、私が京都から来たと知ると、こんな田舎だけど殿様が京都から転勤(?)してきたので、京都の文化が流れ込んできてるんだよ、と愛着たっぷりに町の話をしてくれました。こういうお店もいいもんだな。

2005年10月13日 (木)

高山本線復旧中

 富山を発って高山へ。
 先月、旅の計画のラフな立てた時に乗換案内を使いました。それに依れば特急か何かですぐ行ける数だったんですが...。立てた計画を念のために文献に当たって検証してみると、高山本線が不通らしい代行バスというのが走っているらしい。むむむ。
 というわけで、電車一本一時間半ほど楽な移動の筈が、今回の旅の中でも多分もっとも難儀な移動になりました。
 
PICT5780aPICT5765a  出発は〜ぁ、富山駅。
 ホームの端を切り欠いて一面に無理矢理三線設けた変則ホームから出発(左)。やはり乗客の半数は老人の観光客風。最初は何でもない田園風景の中を走っていたのですが、地元民と思しき乗客が皆降りてしまった頃、列車は険しい山の中へ入っていきいました。ぐををんぐををんと登った先には緑色の水をたたえた湖が。をを、綺麗。写真でも撮ろうかと思った所で、終点の猪谷。ここまで一時間弱。
 ここで代行バスに乗り換えですな。
 心配していたとおり、小さい。マイクロバスより大きくて普通の路線バスより小さい、ミリバスって奴かな(右)? 私の荷物はでかいから、こんな小さなバスの網棚には乗らないし、荷物室もない。仕方ないので足音に置くと、1.5人分の場所を取っちゃうのよね。ごめんなさいね。おまけにアベックが二人並んで座りたいらしく、1.5人分しか空いてない私の隣にやってくる。ので、つめつめ。体が斜めになっちゃった。並ばない覚悟なら他の席も空いてるのに。ぶつぶつ。(-_-;)
 
PICT5791aPICT5783a  発車したバスの車内放送曰く「バスはこれより山岳道路を走行しますので、荷物やお体には十分注意を…」って、をい。そんなすごいところを通るのか?!
 通るんですね、歩いても胸突き八丁みたいな坂をぐをんぐをん上ったり、急な下りのヘヤピンカーブ、運転手さんの腕の見せ所満載。
 ただ険しいだけじゃなく、正規の道路が土砂崩れで無くなっているところは、くねくねと脇の仮道路に入っていくし、「国土交通省応急組立橋」なる鉄橋は直角に曲がって渡って直角に曲がる。戦場の渡河作戦みたいだな。
 臨時の踏切はアスファルトで線路を埋めてある。あ〜、鉄道がホントに死んじゃってるのね。
 
PICT5798aPICT5807d  河原は巨大な石ころゴロゴロ、河岸は至る所で地面むき出しになって崩れたまま。きょろきょろしながら走るうちに、何故私が代行バスに乗らなければならないのかという疑問の解が次々に現れてきました。
 まずは、崩れた崖の中程にぶら〜んと懸垂曲線を描く線路。崖崩れで路盤を失ったんですね。線路と反対側の窓際に座っていたのと、最初は電線か何かでまさか線路だとは気づかなかったので写真が撮れませんでした。でも、阪神大震災直後の阪急電車や上大市の新幹線高架を思い出す光景でした。復旧ったって改めて盛土なんて出来ないだろうし、新しく線路を引き直すしかないだろうなぁ。
 それで終わりかと思ったら、今度は河面とほぼ同じ高さを走る線路、...がない(右)。(@_@;) 路盤はあるものの、線路が無くなってる。鉄橋の部分だけ線路が残ってるけど、他の部分はレールがないの。線路脇の柵には木の枝や草がからみついてるし。流されちゃったのかっ>レール?!
 すげーなー、いろんなパターンがあるなー。と思っていたら、....。最後は鉄橋が流されてました(左)。川の途中まで来た橋桁が、途中ですっぱり切れてるの。一番わかりやすいですけど。
 他にもう一カ所線路が宙ぶらりんになってる所がありました。

 川床には無数のショベルカーが入って復旧工事してました。けど、治水と道路と鉄道といっぺんにやらないといけないのに、まずは道路がようやく通ったって感じでした。鉄道の完全復旧に3年かかるというのも分かる気がする。一年経っても懸垂中の線路の撤去すら手つかずなんだし。
 
PICT5812a  いつもはこんなに混むことはないらしい。運転手さんも乗り込む時、「うわっ、いっぱい」って驚いてたから。すみませんね、観光客です。乗客の方も辟易しながら窮屈な代行バスに乗り続けること一時間余り。ようやく角川駅に到着し列車に乗り換え。すいてる。収容力が10倍くらい違うからねぇ。
 更に30分列車に揺られて飛騨高山に着く頃にはもうへとへとでしたわ。鉄道の偉大さを感じる道のりでもありました。
 
PICT5802aPICT5814aPICT5818aPICT5831a  昼過ぎに着いたので宿には入れず、高山の町をぶらつくことに。で、見かけたヘンなもの。
 鰻屋の木彫鰻(左)。街角の謎のモニュメント(中左)。火を熾してるのかな? 平湯温泉の温泉熊さん(中右)。代替バスから見た謎のキャラクター(右)。運転中に脇見したりケータイ使うなと呼びかける子供らしいです。
 
PICT5848aPICT5833aPICT5846a  こちらはわかりやすい高山。二回目なんだけど、所々しか覚えてないや。
 上三之町という所は城下町(江戸時代?)の街並みを残してあるそうです。
 あちこちに咲いていた朝顔様花は、夕顔? 時刻は14時〜15時頃でした。

2005年10月12日 (水)

富山

PICT5687aPICT5715a 富山で一日。
 街を見て回るのと、長旅のあれこれ調整に使いました。何の予備知識もなく訪れた街なので、慌てて情報を仕入れて、と。
 駅前には薬売りの銅像がポストの上に立ってました。駅前ビルの前には行商人の群像まで。さすが、期待を裏切らない街だわ。
 
PICT5722aPICT5721aPICT5718a  街中には路面電車が走ってます。知らなかった。富山地鉄という私鉄らしい。路面電車と普通の鉄道があるらしい。
 フリー切符でもないかなと、鉄道の富山駅に行って改札の外から見える電車を撮影していると、改札の係員が「乗らないのけ?」とか声をかけてくる。それから、路線の案内や、富山の地理、隣駅に電車基地がある事、電車と路面電車乗り継いでどう廻ればいいかなど教えてもらっちゃいました。
 JRの富山港線を廃止して三セクになるので改修工事を始めてる事やら、地鉄と乗り入れ計画があるんだけど、利用客数次第だろうなんて話も。
 結局、富山県の観光地図と地鉄の路線案内をもらい、一日フリー切符と硬券入場券を買って先に電車に乗ることに。
 
PICT5724aPICT5734a  電車基地と言っても数本の待避線(?)と工場があるだけでしたが、緑と黄色のツートン車以外にクリーム色の車両が何種類かあることは分かりました。一部の床や屋根が木造で、薄暗い地下道のあるなんとも懐かしさのこみ上げてくるレトロな駅でした。
 
PICT5712aPICT5740aPICT5743a  で、教えられたとおり、鉄道に暫し乗った後、路面電車に乗り換え。こちらは3種類ほどあるようです。古い車両は車体に全面広告があるのとないのとがあって、屋根にまで電飾な広告塔を背負ってます。
 
F1001880aPICT5746a  旧型車両の車内もこれまたレトロ。ロングシートで、窓も開閉可能。今日は暑かったので開け放った窓が心地よかったです。
 降車釦もホントに釦って感じ。私が子供の頃に走っていた阪神国道の路面電車もこんなだったんだろうか。あまり記憶にないのですが、タイムスリップしたような気分に浸ってました。一日と言わずもっとゆっくりしたい街だな。黒部への玄関口でもあるようだし。
 
F1001870aF1001871aF1001872a  デジカメの充電池がヘタってきたようなのとズボンの替えが欲しくなったので、電車基地の町稲荷町でお買い物してました。日用品を安く売る店ってメインの駅の回りにない事が多くて旅先では難儀する事が多いです。今回はたまたま車窓から総合スーパーっぽいのを見かけたので訪れてみました。
 電池は高かったけど、ズボンは安かった。ま、そういうものね。スーパーの回りにはなかなかワンダーなものが...。タンドリーチキン君かわいい。(^_^;)
 
F1001873aF1001879a  富山に来た最大のお目当ては白えび。昨日白えび丼と刺身を喰ってあるので一応クリア。でも、魚介類をもっと食いたいと、晩飯は安くて旨いという評判の「」へ...。念のため、電話を入れて食事でもOKと確認しておいたのですが、訪れてみると、中に通してくれない。店主と思しきおばさんが、「じゅんちゃん」と呼ばれるおばさんを怒鳴り散らしながら魚を捌いて、舟盛りを荷物用エレベーターに乗せている。どうやら巨大な団体さんが二階だか三階にいるらしい。でも一階の座敷やカウンターはがらがらにすいているのに、中に通してくれない。じゅんちゃんは、「カウンターでTVでも見たら?」とか言うのだけれど、注文を取ろうとしないし、お茶もお通しも出そうとしない。要するに、接客拒否なのかな。食事客って晩は冷遇されるのよね、どこでも、それなら電話した時点で言ってくれればいいのに。店主が怒鳴り散らす店の殺伐とした雰囲気にも嫌気がさして、どんなに待ってもここで喰おうという気がしなくなってきた。ので、20分ほど放置された後、キャンセル。
 あちこちさまよったのだけど、酒の店には不審になってて入らずじまい。結局、駅ビルの定食屋兼居酒屋みたいな店で、定食にお刺身を追加して食べてました。白えびとぶりはこれでOK。大好きな貝類が食べられなかったのが残念だけど、今度は酒飲みを連れてくればいいかなっと。
 高芳で買った鱒寿司は明日のお昼のお弁当かな〜。

2005年10月11日 (火)

白馬、南小谷、糸魚川、富山

 新宿を出発して富山へ。
 新幹線を使うのが最速で通常なコースらしいですが、北斗星で北海道から下ってきて、一筆書きで富山に抜けるには中央線を使うしかないのよね。東海道回りという手もあるけど、その先の一筆書きを考えると使えない手なので。

F1001848a  白馬までは一気に特急で。なんで白馬止まりなんだろう? 糸魚川と言わないまでも、せめて南小谷まで行ってくれれば楽なのに。
 特急の車内は背広のサラリーマンとお婆さんのグループが大半でした。サラリーマンはこれから客先で行うプレゼンの準備に余念がない様子。何をどう説明するかで議論してました。ま、そういうもんよね、出張って。
 白馬はスキーの町(ですか?)なので、階段にもスキーバッグ用のスロープが設けてありました。カート付き鞄で試したら、体と荷物が離れたところを通るので、斜めに進んじゃってコースアウトすること屡々。エスカレータの方が好きです。

PICT5642aPICT5637a  その後、普通列車に乗り換えて20分ほどで南小谷着。
 ここの待ち時間が長い。2時間7分。回りに何もないのね。スタバもなければ、PHSの電波も来てない。コインロッカーすらないんだから。駅の回りを散歩してみたら、すぐ横を清流が流れてました。そうそう、南小谷までの道中、川が付かず離れずまとわりつくように流れていたんだけど、川の水が透明で綺麗でした。その綺麗なままの水が滔々と駅のそばを流れています。
 
PICT5652aPICT5634a  駅舎には待合い用に椅子と座敷が用意されていました。うむ、2時間椅子で待つのはしんどいぞっと。座って待つならやっぱ畳だよね。ってんで、どっかり座って文庫本読んでました。目の前にはみどりの山。ん〜、ちょっと幸せ。これで、川の流れが見えていたらもっと気持ちいいんですけど。
PICT5666aPICT5662aPICT5657a  なんとか時間を潰して、ようやくやってきた列車に乗って次は糸魚川へ。
 今度はディーゼル1両のワンマン列車。なんか古そう。窓の所の棚(?)は木だし、栓抜きは付いてるし、塗装は何度もやり直してるし。灰皿は撤去されてましたけどね。やたらと、生焼けの排ガスのにおいが車内に漂ってました。途中ですれ違った列車も相当古そうでした。私が乗った肌色と朱色のツートンに対して退行列車は朱色一色。
 よくまぁ、こんな所に線路を引いたものだと思うような斜面にへばりつくようにして走ってました。と急斜面に挟まれて、南小谷以前とはえらい違ってます。
 
PICT5673aPICT5675a  流石の大糸線も糸魚川に近づくと地形も穏やかになり、田圃が広がり稲刈りの後始末をしている人がいたりする風景になりました。なんか、ほっとする景色ですな。
 糸魚川も何があるわけではない町ですが、南小谷と違って駅に売店があり、駅前にも商店が見えて人の気配のする駅でした。
 駅前にはフォッサマグナミュージアムの看板があったりして、構造線の町なんですねぇ。
 
F1001858aPICT5683a 3で、本日最後の列車北越8号に乗り換えてようやく富山へ。
 駅前ホテルの筈が徒歩10分だったりして、運動不足な割に疲れちゃった。おまけに宿のレストランは貸し切りで改めて駅まで飯喰いに出かける羽目になるし。でも、怪しい看板に惹かれて入った店で食べた「白えび天丼刺身付き」は正解。甘エビをあっさりさせた感じでするするいけちゃうのね。
 明日はちゃんと下調べしてお店に出かけようっと。

2005年10月10日 (月)

秋葉原

F1001837a 一日東京滞在に充ててあるのでちょっとのんびり。
 民宿いしいでお昼ご飯までよばれてから都心に戻りました。元会社同僚と会う約束をしていたので、荷物を今日の宿に放り込んでから秋葉原へ。早速、降り口を間違えちゃったよ。ついつい新しい方の出口に出ちゃった。
 
F1001834aF1001836a  散歩がてらあたりを視察。一年ぶりだな〜。
 以前と殆ど変わらない西側と、ごろっと変わってしまった東側に分かれてますね。真ん中はまだ工事中だし。噂のヨドバシ、外観は梅田のヨドバシと同じなん だよな〜。中も似たり寄ったりでした。新品を買いに来るのは便利になるかな。でも、新品でも怪しい品や不思議な品、中古の安物を手にとって探せるのが秋葉 の魅力なんだけど。前者はある程度大型電気店でカバーできても、後者は難しいだろうなぁ。
 
 常磐新線の駅は覗いてみようかと思っていたのだけど、すっかり忘れてしまいましたぁ。

2005年10月 9日 (日)

多摩BBQ

F1001831aPICT5590a 上野駅で出迎えてくれたのは、いつもの小パンダ君とスイカペンギン君。小パンダ君は相変わらずでしたが、スイカペンギン君はいつの間にか3Dになってるのねぇ。

 今日の関東は雨が降ったり止んだりで、寒め。北海道に近い感じ。でも湿気がある分、汗ばみやすくて爽やかでない寒さでした。
 
PICT5595a  多摩では星見仲間(というよりチャット仲間だな)が集まってBBQ。
 ジンギスカン、ソーセージ、ポエリア、焼きそば、お菓子、果物...。いや盛りだくさん。丸一年ぶりに集まって騒いで楽しいひとときを過ごしました。ありがと>all。おまけに、いしいさんちに泊めてもらっちゃった。感謝です。m(__)m
 
 BBQが一段落してからはメインイベント、東西カップ麺食べ比べ。
 噂通り、同じ銘柄のカップ麺の味が関東と関西で違うのかどうか確かめようというもの。京都で買い付けた関西版と、多摩で買い付けた関東版を回し食べして味比べしてました。
 ん〜。確かに味が違う。でも、意外なことに総じて関東版の方が旨いかな。慣れだろうか? でも、関西版のカップうどんなんて、京都で食べるうどんと全然違う味。しょっぱくて濃い。ヒガシマル醤油のうどんスープがまさに関西の味なんですけど。どうなんでしょ。

F1001823a 新得駅前の玉川菓子店で買った三方六切り落とし。三方六は大好物だし、切り落としと来ればいいとこ取り。安かったんだけど、結構な量があって一人で食べきれるか心配でした。みんなも手伝って、のつもりで出したら案外好評。むふふ。これで柳月ファンが増えるかな?

北斗星2

PICT5540a 上野へ着くと機関車が換わっていました。
 交換するのは青森だっけかな函館で換えるのは青函トンネル専用機関車だっけか?
 
PICT5585aPICT5584a  朝飯を食堂車で喰おうと思って赴くと、係りの人はロビーカーで待っていてくれって。でも、ロビーカー満席なんですけど。個室にインターホンがあったので、順番が来たら電話してくれと頼んだんだけど、ダメだって。なんか時間がもったいないので諦めちゃった。トワイライトEXPのように、検札時に予約するようにすればいいのになぁ。
 
PICT5580a そうそう、シャワーの使用時間は規定の10分はおろか5分を切ってました。からす?(^_^;)

2005年10月 8日 (土)

北斗星

PICT5540a 今日で北海道ともお別れ、夜汽車で本州に戻ります。
 ただいま北斗星走行中。長万部を出たところです。
PICT5549aPICT5536a  その前に、とかち8号で札幌まで移動。指定を取ったけど、車内はがらがらでした。
 スーパーおおぞらと違って、車内に電光掲示板はないし、如何にも向かし懐かしい特急列車でした。でも、やや謎だったのが、座席の背もたれに付いている金属枠。何かプレートが差し込まれていたんだろうか?

PICT5558aPICT5556aPICT5550a  で、北斗星。
 札幌駅はホームが少ないせいか始発駅なのに入線が発車直前でした。あんまり写真撮れなかったな〜。
 今度はA個室。北斗星は何度か乗っているんだけど、ここ数年はご無沙汰でした。B個室と違って広いです。まっすぐ立てるし、テーブルもクロゼットもちゃんとあって、バストイレ付き。夜中にトイレに行くのがおっくうでなくていいや。バスと言ってもシャワーで10分しか湯が出ないので、こまめに使うことが大切ですよ。

PICT5566aPICT5569aPICT5565a  乗り込んで荷物を片づけながら、ネットワークも工事やってました。RoosterでPC二台ともInternetつながってるし、電波が安定しない点を除けば、一応常時接続と同じ環境で作業できます。良くできた車内設備ですが、やや難点なのがAC電源がシャワー室にあること。これは如何なものか。シャワー浴びる時は電源コード抜いておかないと危ないよねぇ。ひげそりで使うことくらいしか考えてないのかなぁ。

2005年10月 7日 (金)

帯広

PICT5509a 昨日と今日はレイクウインドさんちに泊めてもらって帯広周辺で遊んでました。
 幸福駅、って一時はやりましたが今でも人気のようです。駅前には売店数軒と郵便局の臨時出張所があって、大型バスが訪れていました。幸福公園と銘打って整備がすすんでました。
 
PICT5468aPICT5469aPICT5459a  北海道と来ればまっすぐな道。特別に名所があるわけではなく、どこにでも普通にあります(左)。そして牛(中)。牛は立って草をはんでるイメージが強いんですが、座ってる奴もいるんですね(右)。
 
PICT5495aPICT5493a  道の駅にいた鶏(左)と卵(右)。
 どっちが先だったんでしょう?
PICT5513a  ホームセンタでは除雪機が売られています。
 

2005年10月 6日 (木)

阿寒湖

 阿寒湖は一泊だけだったので、早々に宿を追い出されてしまいました。
 仕方ないので、荷物をコインロッカーに預けて湖の周りを観光してました。荷物がでかくて、コインロッカーの中でも最大級のブース(?)でないと収まらないのが難点ですけど。
 
○阿寒湖遊覧
PICT5391aPICT5400a まずは遊覧船で阿寒湖を一巡り。
 風も穏やかで無蓋デッキに出ても寒くはなかったです。
 雄阿寒岳が一層近くて雄大でした。湖の周りの木々は黄葉が始まってたけど、もあと一週間かな〜。
 
○まりも
PICT5399aPICT5390a 阿寒湖と言えばまりも。
 だけど、阿寒湖の中でもまりもの生息域は限られているそうで、今は観光船は入っていけません。以前はグラスボートで眺めていたそうなんですが。その代わりに展示観察センターというのが中之島にできています。
 実際にまりもを飼育していて実物を見ることが出来ます。
 お土産屋さんには、養殖まりもの瓶詰めが売られていて、週一回水を換えれば大きく育つそうです。興味津々だったけど、生き物は飼わない主義なので断念しました。
 
○アイヌコタン
PICT5407aPICT5411a アイヌの人たちの生活を展示した「森と湖の藝術館」や「アイヌ生活記念館」とお土産屋さんがずらりと並んでいます。最初は単なる土産物の商店街かと思っていたのですが、それだけではないようです。失礼いたしました。
 藝術館も記念館も普通の(たぶん)アイヌのおばさんやおばあさんが担当しておられましてナンか親しげでした。小学生らしい女の子が数人、展示物を熱心に見入っていたり討議していたのは、学校の宿題なのかな?民族学習?
 
○エコミュージアムセンタ
PICT5439aPICT5436aPICT5446a 湖周辺の自然に関する情報を展示しています。
 展示室の床が航空写真になっていて、要所要所に対応する場所の情報が掲示されているので、巨人になった気分であたりを歩き回ってその場所に関する情報を 得ることが出来るようになってます。落っこちそうでちょっとスリル。透明度の高い海で泳いでいる気分に似ているかも。なんか、意味もなく歩き回ってしまい ました。
 温泉街の外れの森林をバックに建っていて裏から遊歩道を歩いて森林浴をしてから訪れることが出来ます。アプローチに木道があって、そばに巨大な木が根こそぎ倒れていて迫力満点でした。
 
○まわり
PICT5373aPICT5371a 温泉街は旅館やホテルと土産物屋でいっぱいです。
 土産物屋の店先にいた熊は圧巻。通りすがりのおばちゃんを圧倒しています。開店後に前を通ってみると片手に蟹を掴んで首を振っていました。動くのね。

PICT5451a 阿寒湖から釧路に向かうバスの運賃表。
 ずら〜り。

 湖畔ではエゾ鹿定食エゾシカバーガーなんてのが売られていました。
 血が濃くてレバーをもちもちさせた感じ。バーガーは更にマイルドで、独特のクセが引き出されていていい感じでした。

2005年10月 5日 (水)

摩周湖

PICT5316a 今晩の宿は阿寒湖なんですが、その途中に是非、摩周湖を見てみたく交通手段を探したんだけど、なかなか無い。あることはあるんだけど、釧路を早朝に出発しないといけなかったり、前泊しないとにっちもさっちもいかなかったり。9月中ならまだましだったんだけどねぇ。
 ってんで、観光バスに乗りました。せっかくの一人旅、他人にペースをあわせるツアーめいたことは避けたかったんだけど、移動手段がないんじゃしかたがない。
 渋々乗った観光バスですが、ま、正解でした。とってもすいていたし、観光地では簡単なブリーフィングがあった後自由行動させてくれたし。今時の観光バスってこうなのかな。ノーキョーさんの時代は古いか。(^_^;)
 
○摩周湖

PICT5276b このツアーの大目玉は摩周湖(だと勝手に思ってる)。釧路を出発する時は雲量0の快晴だったんだけど、ガイドさんは「回りの天気とか関係なく霧が出るから...」と脅すの。でも、バスが近づくにつれて摩周岳がくっきり見えてくると「これなら大丈夫!」に変わってきた。むふっ。
 で、ぐんぐん坂を上り、バスを降り、階段を上って展望台に出ると。晴れてる〜。\(^o^)/

PICT5269a 思ったよりでかいですね。写真で見た印象から、展望台から見て普通に視野に収まるくらいの大きさなのかと思ってました。それとも、見ている展望台が違うのかな。

 湖は晴れたけど、空に雲が出てきて時々陽を遮るのでややくすんだ感じに見えましたが、陽が当たっている部分の色が綺麗。青からエメラルドグリーンのグラデーション。珊瑚礁みたいだ。

 これで今度来る時は霧の摩周湖を期待して良いわけだすな。(^_^;)
 
○屈斜路湖

PICT5313aPICT5308aPICT5307a 屈斜路湖にはあまりイメージがなかったのですが、阿寒三湖では一番でかいとか。クッシーもいたりしてなかなかユニークらしいです。立ち寄ったのは川湯。温泉が川になって流れていて、湖岸の砂浜を掘るとお湯が沸いて来るという所。砂蒸し風呂とかはしないのかな? 動くと汗ばむくらいの陽気だったので、温泉建造は辞退しましたわ。
 風は割と吹いていたんですが、湖面は静で鏡のようでした。足こぎ白鳥さんもさっぱりした様子でした。
 
○硫黄山

PICT5298a これまた全然知らなかったんですが、屈斜路湖と摩周湖の間に噴煙を上げる山があるそうで、それが硫黄山。噴煙というか、火山性ガスなんでしょうか。煙のすぐそばまで立ち入ることが出来て、硫黄の塊がまっきっきになっているのがよく分かります。おまけに蒸気で薫蒸した卵まで売ってます。硫黄を売っている阿蘇山とどっちが上でしょうか。喘息が出ないかと心配だったのですが、風上側から近づいたせいか何ともなかったです。風向きによって規制とかするんだろうか?

 すぐそばの山の裾野に真っ赤に紅葉した木が所々にあって綺麗でした。紅葉が始まっているところはあちこちにありましたが赤の濃さは硫黄山周辺が一番。漆の木、らしいんですがね。
 
○美幌峠

PICT5326aPICT5340a これまた私は知らなかったんですが、バスは有名な美幌峠にも寄りました。峠を越えたのではなく、峠に登って、またその道を引き返すという観光バスならではの運行です。
 確かに絶景。さっき水面から見ていた屈斜路湖を鳥瞰できます。反対側はオホーツク海まで見える事もあると言う話でした。今日は天気はいいものの大気の透明度はそれほど高くないようで、白くかすんで識別不能でした。

 峠の駐車場に、トレーラーに乗せられた自走砲がいてました。演習の帰りかな?
 
○阿寒湖

PICT5346a 釧路を出てから約7時間。300km近くを走っ(たらしい)てようやく辿り着きました。あちこちの木々が色づき始めていて、今回見た限りでは紅葉が一番多い地区(?)かな。
 街は修学旅行生であふれかえっている感じ。私の頃は修学旅行って秋でしたが、最近は入試の関係で春になったんじゃなかったっけ?
 部屋に入って、ネットワークの設営をした後は早速お風呂に。ここは温泉。屋上に露天風呂があるんよね。夕日に赤く染まった雄阿寒岳を見ながらのジャグジーは最高でした。ぼーっと見上げた空には人工衛星が。1722頃、天頂付近を南から北へ横切ったのは誰でしょうね。
 
○道すがら

PICT5288a PICT5257a PICT5239a ...見かけたモノ。
 鶴居村の丹頂鶴(左)。道ばたのあちこちにいました。十数羽以上は見かけました。
 900草原の馬(中)。羊じゃないです。道産子とは彼等のことらしいです。干し草を固めたものっぽい「馬の餌」を手から食べてました。餌を売ってる店の人は「手のひらに乗せて食べさせてください」と言ってましたが。つまんで渡そうとすると指をかじられるからかな? 咀嚼するまで時間がかかるので、次々貪欲に食べる、というわけにはいかないようでした。のんびりぽん。
 道ばたの紅葉(右)。色づいている木があっても硫黄山以外はこの程度でした。
 

2005年10月 4日 (火)

釧路湿原

 昨日行くはずだった釧路湿原。元気が戻ってきて、地面も揺れなくなったのでお出かけすることにしました。
 昨日の天気予報では、今日の方が好天だったのに蓋を開けてみると曇ってる。昨日はほぼ快晴だったんだよ。ま、こんなもんか。

PICT5120aPICT5115a  湿原観光用にノロッコ号という特別列車が走ってます。秋は「紅葉ノロッコ号」と言う名前ででています。要は、窓の大きな車体を使って眺めが良く、景色のいいところは徐行するのんびり運行するのがウリらしいです。直前に指定席予約しても湿原側の窓際席が取れちゃいました。まだ紅葉には早いし、端境期なのかな。いざ乗車してみても、ほぼ満席で自由席車両も立ち見は殆ど無かったようです。
 
PICT5122aPICT5121a 車内は広々した感じで、座席も北欧風(?)白木のベンチで明るい。湿原と反対側の座席はロングシートになっているので全員が湿原風景を無理なく見られる、というコンセプトのようです。車内には鶴や鹿、キタキツネなどの動物がいて、熊や兎(?)の足跡が床に残されています。もう、ワイルド感満点。ただし、全部張りぼてですよ。気分を盛り上げて乗らないとね...。
 トワイライトエクスプレス同様、車内で記念品を売っていたり、観光案内放送もあります。
 でも、この列車は普通列車なので地元の人も日常生活用に利用する筈なんだけど、うるさくないのかな? 地元の人は鉄道は使わないのかな。(^_^;)
 
PICT5136a  列車は釧路湿原を抜けた先、川湯温泉まで行くのですが、私は途中下車して湿原を歩くことにしました。列車を降りて駅をでた途端に、耳元で「プ〜ン」って。蚊ですな。手や顔に寄ってくる。じっとしてると刺されちゃう。止まらずひたすら歩けと言うことか。夏のシベリアで蚊がすごいと聞いたことあるけど、ここもそうなのね。ま、真っ黒になってたかってくると言うことはなかったですけど。湿原はボウフラだらけ?
 楽しみにしていた湿原の中の木道は工事中で歩けませんでした。(T_T) 今年度開通とガイドブックには書いてあったんですが、どうやら一部だけ開通で鉄道駅側の開通は来年度らしい。う〜む。

PICT5137a しゃぁないので、その次に楽しみにしていた展望台へ転進。落胆してぼーっとしてたら蚊に喰われちゃいますから〜。

 道すがら見た限りでは、紅葉にはまだ早いようで、所々色づいている木があると言った程度です。一本一本は綺麗だったりするのですが、全山真っ赤とか真っ黄とかはない。札幌から釧路に来る途中の日高山脈あたりは黄葉がもっと進んでたのになぁ。去年、10月末に奥入瀬行った時は、紅葉がほぼ終わっていたし、難しいですね。
 
PICT5168a  一駅分歩いて戻って展望台へ。
 切符を買う時にみどりの窓口の駅員に話したら「えっ、歩くんですかっ!」とおったまげて白子海苔状態だったんだけど、30分ほどで着いちゃったよん。湿原だけに大した起伏もなかったし。ま、展望台自体は高台にあるので最後はちょっと登りましたけどね。

PICT5158z2a いや〜、絶景かな。ちゃんと釧路川が蛇行してその回りに森林が出来てるのがわかります。遠くは阿寒の山々(たぶん)も見えるし。地平線を見るのは牛久から越して以来かな、お久しぶり。(^_^;) 
 展望台のパノラマ写真を作ってみました。つなぎ目ばっちり分かりますけどね。

PICT5223aPICT5199aPICT5194a  天気はいつの間にか回復して、雲も半分くらいは消えて無くなってました。青空が綺麗。薄雲を通して照る日射しは柔らかで心地よい。でも、哀しいかな風が冷たい。合計すると寒かったです。半袖シャツに薄手のジャンバー着てたんですけどねぇ。展望台で日向ぼっこしながら帰りの列車を待とうかと思ってたんだけど、寒いし、木道通行止めで行程が減った分時間余分にあるし、なので再度列車に乗って帰りのノロッコ号を迎えに出かけました。
 いやはや。でも、予定以上に列車に乗れてラッキーかも。ノロッコ号でなくても景色は同じく綺麗なんだし。

 なんか、川や湖の景色がとても印象に残ってます。湿原自体は遠目には笹林西か見えないので。木道を歩けなかった怨念でしょうか。(^^ゞ 列車は湿原に外接するように走っているので、本格的に湿原を歩きたかったら、車で行くか、駅から自転車で奥地まで出かけないといけないようです。
 
PICT5113a  行きと帰りに、和商市場に寄って、お買い物と晩飯を済ませておきました。
 だって、駅から一番近い飯屋と商店なんだもん。
 画像は子持ち昆布。寿司屋で薄くスライスされたものしか見たこと無かったので、おったまげてしまいました。どうやって作るのか謎だったのですが、店の人に聞いて謎が解けた! 産卵済みの卵なんですって。知ってました? 数の子って腹から取り出した野蛮なものしか想像できなかったです。蛙の卵みたいなもんか...。うへっ。
 好物なので、買って来ちゃいました。こいからいただきま〜す。

2005年10月 3日 (月)

釧路

PICT5074a  今日は釧路湿原を歩こうかと思っていたのですが、まだ地面が揺れてる感じがするので、明日に延期して、釧路市内を散策してました。
 その前に宿の食堂で朝食を食べていたら、今度は蚊柱のごとく黒く群れて竜巻のように飛ぶ鴎も見ちゃいました。あなどれん。
 画像は釧路駅の改札上空にいたモビール鴎君。妙に風に乗っててホントに飛んでるみたいでした。
 
PICT5056a  お買い物もあったので、まずは名物和商市場へ。
 肉やら魚やらいろんなお店が出ています。
 「タマネギの甘酢漬け」とか、「サンマの糠漬け:なんてのも。どんな味がするのか気になるけど、ちょっと怖い。鯨も名物らしく、新聞には「鯨で町おこしを」なんて記事が出ていたり、宿の食堂でも鯨料理を出してます。
 腹ごなしにバスで米町公園に行って海を見た後、また和商市場に戻ってきてこれまた名物勝手丼を喰うことに。
 
PICT5063a 市場の中にご飯を売っているお店があって、そこでご飯を発泡スチロールの丼に入れてもらいます。あとは、そこら中の店で売っている魚屋海の切り身を一切れいくらとか、一山いくらでご飯に乗せてもらって、自分の好きなミックス海鮮丼を作ります。
 テーブルと椅子が並んだ食事コーナーがあるので、そこで食べることが出来る。しょうゆとわさびも魚屋さんがくれるのでほぼ完璧です。
 私の作品はこちら。トロと、生蛸と、ほっき貝と、えんがわと、いくらと、生ホタテと、生サンマと、...あと何だっけ。(^_^;)
 
PICT5111a 釧路の日没は早いです。昨日は17:01、今日は16:59でした。
 時間が一時間くらい早いんですね。朝も5時前には明るくなってるし。
 昨日車内で読んだJR北海道の雑誌には北海道だけサマータイムを実施しようとか、標準時をもう一個設けて、明石との間に時差を設けようとか書いてありました。是非はともかく、そういう議論が出てくるのも分かる気がします。

2005年10月 2日 (日)

札幌から釧路へ

 札幌には3時間ほどいただけで、早々に釧路に向かう列車に乗りました。
 荷物を預けて駅前で一休みした時の気温は、朝10時頃で21.1℃。気ん持ちいい温度でした。毎度の駅前風景だったんですが、街路樹に白樺の木が植わっているのがなんか北海道を感じさせてくれました。5年ぶりくらいなんですが、駅の地下街も複雑に増えてないですか?

PICT5034a 札幌から釧路へ向かう列車はディーゼル車。ぐおおんぐおおんうるさいったらありゃしない。日高山脈を必死で越える姿は涙ぐましいですけど。電車と違って苦しさがストレートに伝わって来るから得な性分なのかもね。
 車内では電光板に列車の位置が表示されてました。画像ではぶれてしまって見にくいですが、みどりの列車アイコンがおおよその位置を示しているようです。初期の新幹線、青函トンネル海峡号以来かも、こんなの見るのは。
 釧路の近くの倉庫の屋根にはびっしり鴎がとまってました。
 電線に一列に、とかいうのではなく、平面にびっしり。二次元。
 
 延べ24時間あまりの乗車でした。地面が揺れてる〜。

トワイライトエクスプレス

PICT5023a 最初の経由地はトワイライトエクスプレス。列車ですけどね。21時間ほど乗っているので、一泊するだけの下手な観光地よりずっと滞在が長いです。ま、そんな理屈はともかく、乗ってみたかったんよね。(^_^;)

PICT5026a 残念ながらA個室ではなくB個室。流石に思いつきで予約を入れただけではこのあたりが限界のようです。ま、部屋が取れただけでも御の字ですね。
 始発の大阪駅からではなく、我が家のJR最寄り駅京都駅から乗ることにしたので、発車前に写真をじっくり撮る事は出来ませんでした。入線してくるところを、乗車位置から撮ってあわただしく乗り込むのが精一杯。終着の札幌までに機関車が交換されてしまうので、撮り直しはきかないの。これまた残念。

 でも、最寄り駅から列車一本で札幌まで行けちゃうんだぁ、と嬉しかった次第。

PICT4979a 個室に入室して最初のイメージは、狭い。一人用個室と言っても、ソファーベッドと合わせてベッドが二つ作りつけなんです。部屋いっぱいに二段ベッドがあって、立って歩けるのはベッドと壁の間の肩幅あるかないか程度の隙間だけって感じ。二段ベッドの下段は普段は向かい合わせのソファーになってますけど。
 何にしても、自分だけの空間が千数百キロも移動していくというのはもうわくわく。どんどん変わる景色は下手な映画なんかより見ていて楽しいものです。

PICT4976a 天気が悪くて、この列車の名前の由来でもある「日本海に沈む夕日」は見ることが出来なかったです。それと、昼の時間の長い時期に乗るべきですね。暗闇の中にうっすらと見える海も乙なもんですが、明るいうちに見る方がもっと綺麗です、きっと。
 画像はトワイライトEXP中継局。
 旅の間中可能な限りお天気カメラにしてみようかと思ってます。カメラが安物で画像が大歩危なのと、PCが不安定なのが難点ですけどね。
 
PICT5005a 青函トンネルの中では、青森で交代したJR北海道の車掌さんがサロンカーでトンネルの説明をしていました。年々利用者が減っていくのをくい止めるべく、現場から発案して業務を離れてのサービスだそうです。勤務中の体なので「無償」というのは微妙な気がしますがね...。

 お話は、何度もトンネルを通ったり海底駅の見学をしていたので、目新しいものではなかったですが、気になったのが、「新幹線が通ると在来線旅客列車は廃止される危機にある」という件。論理は、「だから今のうちにトワイライトエクスブレスに乗っておけ」という方向に発展していったので、眉唾ものかと思ったのですが、説明会の後、車掌さんを捕まえて聞いてみたら本当に危機らしいです。
 どうするかは上層部で検討中で、現場に確かな話が下りてくる段階ではないが、その可能性が濃厚だそうです。既に青函トンネルを走る普通・快速列車はなくなり、特急だけが通っているんだって。言われてみれば、そんなニュースを聞いたことがあるような気もするけど。...私自身のこの無関心さが最近の青函トンネルの低調ぶりを物語っているのでしょう。でも、世間が無関心になっても利用者がいるのがインフラたるトンネルの本来の姿なので、現在の運用では津軽海峡線自体の必要性が下がっていると言うことでもあるわけですな。トンネルの人気を煽って利用者を増やすのはちょっと違う気もする。むしろ、皆が乗ってみたくなる列車を増やさないとね。トワイライトエキスプレスみたいに、マニアックなニーズだけでなく、ビジネスな利用客も掘り起こせるようでないとダメでしょう。
 その解が新幹線で、そのために在来線が廃止されるとなると哀しいなぁ。

 そのほかに、JR北海道でも全列車禁煙になるんだとか、雪に阻まれて走れなくなり、列車無線も携帯電話も電波が届かず、有線の連絡電話機も雪に埋もれて掘り出せず、行方不明になる列車が時々現れるとか、函館弁交えて話してくださいました。
 
PICT5012a 夕食を食堂車で食べるとものすごく高くつくので、車内の仕出し弁当にしました。でもやっぱ、食堂車でも食べてみたいので、朝食は予約してダイナープレヤデス(星団?)へ。ここも人気で時間を区切って客を捌いているので、一人だと誰かと相席にされるのかと思ったら、そんなことはない。ちゃんと専用の席を設けてくれていました。
 旨かったです。でも、ふんぞり返って食後の珈琲を飲んでいたら、列車が揺れた時に珈琲を浴びてしまいました。朝っぱらからしみ抜きとは、私も旅の基本が出来てないなぁ。
 
PICT5019a  と、しみを抜き終わった頃に列車は札幌に着きましたとさ。
 車窓風景はこんな感じ。どこだっけ、本州のどっかです。(^^ゞ

2005年10月 1日 (土)

旅立ち

ちょっと旅に出ます。
目的地があるわけではなく、経由地があるだけの旅です。200510011525.jpg