値上げの秋?
街を歩いていると道端に石碑が建っている。どこの街でもあることなんだが、京都は殊更多い気がする。野原にぽつんと立っているのと違って、建物の敷地にあたかも建物の一部のようになって建っているので気付かず通り過ぎていることが多い。ふと気が付いて写真を撮ったりするが、撮ったことも忘れていたりする。これもそんな石碑の一つ。撮影したのは4年前だったりする。(^^ゞ
室町幕府の花の御所があった場所の碑。今出川通、上立売通、烏丸通、室町通、に囲まれた区域にあったらしい。その南西角に当たる場所に建っている。室町通にあったから室町幕府。...というのは嘘、と言うか逆で室町幕府が置かれた場所を通っていた通りだから室町通と呼ぶらしい。
洛中の南北の大通りの一つ、堀川通。おそらく南北の通りでは洛中最大だろう。その堀川通は八条通と交わる手前で東隣の油小路と合流する。碁盤目が基本の洛中では珍しい道行きだ。名称上は堀川通が油小路に吸収されることになっているが、実態はどうみても堀川通が生き残って、油小路は消えてしまう。合流するといっても、自動車は油小路から堀川通に抜けられず、JR東海道本線のガード下あたりから歩行者専用道になり、気が付くと堀川通(油小路?)の歩道になっている。
その油小路のガードが桁下1.8mと低い。私の身長が1.78mなのでぎりぎり。こわごわ首をすくめながら入ったのだが、余裕だった。自転車走行禁止にもかかわらず乗ったまま突っ込んでくるヒトも多い。それでも頭を打つヒトもいないので、実際にはもっと高いのかも。それでも低い天井は威圧感。複々線+駅構内のガードで長いこともあって不気味。あまり通りたくはないな。
東海道本線のガードをくぐると、更にその先で東海道新幹線と近鉄のガードもくぐる。GoogleMapの航空写真で見ると、継ぎ目なのか新幹線車両が途中でちょん切れているのが笑える。
先日のポルタの展示。
冷泉家に伝わる七夕祭りの展示らしい。乞巧奠は8/21に行われたというニュースが出ていた。
行事の内容はご本人に語って頂きましょう。(展示の説明書きから。)
冷泉家では、旧暦七月七日に「乞巧奠(きっこうてん)」という星祭を伝えています。
天の川に隔てられた彦星と織姫は、この夜、一年(ひととせ)に一度(ひとたび)の逢う瀬を楽しみます。その星に技芸が巧みになるように乞う儀式が「乞巧奠」です。庭には「星の座」という、二星(たなばた)への祭壇を設けます。
まず大きな台盤(机)を四つ並べ、その上に二星に供える二組の海山の幸を、大きなかわらけ土器に盛ります。前に置く雅楽の楽器は、逢う瀬の夜を色どるために貸すものです。
五色の布や五色の糸も供えます。布や糸の間に見える葉は梶(かじ)です。
梶は楮(こうぞ)によく似た和紙の材料で、大きな葉がその特徴です。
里芋の葉に置いた露を硯に移し、墨を磨って、梶の葉に和歌を書く行事も七夕の行事として伝えられています。昔は、七夕といえば梶で、笹というのはありませんでした。
星の座の前には小机を三つ並べます。一つには秋の七草を活けて供えます。
旧暦の七月七日は初秋です。野原には薄(すすき)・萩(はぎ)・葛(くず)・女郎花(おみなえし)・藤袴(ふじばかま)・川原撫子(かわらなでしこ)・朝顔などの七草が咲き乱れているでしょう。
真中の小机に置いてある短冊は、この夜の重要な供え物の和紙です。その脇の角盥(つのだらい)には水を張り、梶の葉が一枚浮かべてあります。ここに二つの星を写してみることになっています。梶は楫(かじ)に兼けて、天の川を行く彦星の艪を象徴しています。
(冷泉家時雨亭文庫)
冷泉家というのは藤原氏の家系で藤原俊成・定家の血をひくそうだ。何故「藤原」姓じゃないのかというと、一族みんな「藤原」なので区別の為に「冷泉」を 名乗っているそうだ。屋号かいな。「冷泉」は冷泉小路が由来だとか。実家でも親戚に電話する時「西宮です」と姓ではなく住所を言って名乗っていたのと同じだ な。
昨日見かけた地蔵盆は1箇所だけだったけど、今日お出かけついでに近所を歩き回っていると、やってるやってる。ぶらぶら歩いた道筋だけで10箇所。ホントに町内ごとにやってる感じ。地蔵盆の式次第を告知する貼り紙ならもっと先日来あちこちで見かけたし、洛中の「町」って細かくて通りの1ブロックごとにあるから、全部だと膨大な数になりそう。
個人の家の通りに面した部屋(店舗だったりガレージだったり)でやっている所が多く、他には道端にテント張ったりしている。お寺さんでやっていたのは1箇所だけ。余りにも個人的な集会で通りすがりに近寄ってカメラを向けるのも憚られる。
会場の奥にはちゃんと祭壇があって像が安置されている所が多いようだ。
一部ではお坊さんが巡回してきて法要を行うところもあるっぽい。後かたづけをしている場面に出くわした時は、観音開きの箱を大事そうに抱えて搬出していたから、普段はどこかに保管されているのかも。ご近所の会場に吊されているちょうちんには一様に「延命地蔵菩薩」と書いてある。
はたで見ている限りは人が集まっているだけのようでもあるが、半分くらいの会場では、式次第の中に「数珠廻し」がある。TVで見たことはあるのだが、直に見たことはない。興味津々だったので時間に会わせて再び出かけてみた。
会場に子供達二十人程と大人数名が輪になって座っている。
輪の中には大人二人が向かい合って座り、前に木魚と鉦が置いてある。子供達は大人の人差し指ほどの太さの長大な数珠を横に送りながら廻す。山手線のようだ。真ん中の大人二人は「なむあみだぶつ、なみあみだぶつ」と繰り返しながら鉦と木魚を叩く。時間的には数分だろうか?着いた時には始まっていたので、最初に何かしたのかどうかは不明。
この数珠も町内ごとに保管されているのかな。
西宮の地蔵盆とは趣が違うようだ。といっても子供の頃の記憶は断片的にしか残ってないけど。残念なことに今住んでいるマンションの町内ではやっていない。
こんなにあちこちでやっているのに今まで気付かなかったのは何故だろう?と思ったら、土日は観光客が多くてどこもかしこも混むから出歩かないようにしていたせいかも。
<追記>
福引き(くじ引き?)の景品授与の方法として畚下ろし(ふごおろし)と言うのもあるらしい。会場と向かいの家の2階にロープを渡し、竹籠(畚)を下げる。福引きの結果を上階に伝えると、景品を畚に入れて下に下ろす。福引きをひいた子供は下で待っていて景品を受け取る。
今ではやっているところも少なくなったそうだ。あちこち見た限りでは近所では見かけなかった。タイミングを外しただけかもしれないが。Webを見ていると今年も上京や新京極でやったという記事が載っているし、何年か前には近所でやった実績もあるらしい。
私が子供の頃の西宮では、盆踊りが終わると一週間後に地蔵盆、そして溜まった夏休みの宿題の追い込み、だったような気がする。札場筋交差点のお地蔵さんでジャムパンをもらったっけ。京都では盆踊りではなく送り火の翌週に地蔵盆という流れになるようだ。
烏丸通の歩道脇、社屋前の駐車スペースに天幕が張られている。垂れ幕には卍のマーク。中ではテーブルが集められ、周りに子供達(?)が座っている。地蔵盆だな。こんなところにお地蔵さんいたっけ? 京都の地蔵盆はお地蔵さんの前ではなく町ごとに民家や集会所でやるらしい。祇園祭や送り火と違って地蔵盆は地域密着型のクローズなイベント。にわか京都人にはうかがい知れぬ世界。というか、子供中心の行事のようだ。巨大な数珠を子供達が輪になって廻すと言う話も。一度見てみたいものだ。
本来は8/24(旧暦7/24?)らしいが、土日に寄せて行うところが多いようで、他の町内では明日のところもある。明日の会場となるおうちでは何やら準備に忙しそう。
送り火が終わった頃からツクツクボウシが鳴き始めた。いよいよ京の夏も終わり? 暑さは終わらないようだけど。
一昨日頂いてきた五山送り火の法の消し炭、せっかくなのでしきたり(?)どおりにしてみることに。しかし、ホントに法でもいいんだろうか?
奉書紙(半紙?)で巻いて水引をかける。奉書紙(半紙?)なんて気の利いたものはないのでキッチンペーパー。巻くったって、良く炭化していてぼろぼろ砕けてくるので、幾重にも包み込んでしまう。取り敢えず輪ゴムで仮止め。
水引なんてないので文具店へ。最初は、既成の慶弔袋から水引だけ抜き出して使おうと思って店を覗いたら、ちゃん結んでない水引を売っている。あるのか。買って帰って同封されている説明書を見ながら結ぶ。何通りもあるようで迷う。Webで見ると結び切りしている人もいれば、花結びの人もいる。何度あっても良いので花結びにしよう。結ぶこと自体はできるんだが、何本もある紐が平らには揃わない。何と腰のある紐なんだろう。格好良く結ぶ為には結び目から水平に出てくる紐を斜め上下に向かさないといけない。無理に紐の方向付けをすると結び目が緩んでくる。結び目を締め上げると紐は水平に出てきて形が崩れる。ウッキー!(`´)
精神衛生上良くないので、適当なところで妥協しました。けど、かっこわるいな。花結びの慶弔袋買ってきてつけ直すべき?
ま、とにかく祇園祭の厄除け粽と一緒に玄関に並べておこう。
五山の送り火の松明や護摩木の燃え残りだか炭化した部分だかを消し炭と呼んで、厄除けにするのだそうだ。懐紙(和紙?)にくるんで水引をかけ、玄関に吊す。祇園祭の厄除けちまきと一緒に吊すとよいらしい。
元々は大文字の消し炭、ということだったようだが、他の送り火の消し炭も御利益があるらしい。大文字山は体力的に登れそうにない。一昨日見た妙くらいなら行けるかも。と、調べてみると、大文字以外は入山不可と言うことになっているようだ。といいつつ、法は入山できると言う話も。aさんからも以前、「法は簡単に登れるから一度行くと良い」と言われていたのを思い出して、法。本来なら送り火の翌日登るべきなのだが、一日遅れ。
○法
地下鉄松ヶ崎駅から北山通を東へ進む。電気屋とタイヤ屋が集まる交差点で「法」が真正面に見えてくる。その押しボタン信号交差点を北へ渡り並行する府道103号線に入る。更に東進すると左手に松ヶ崎大黒天(妙円寺)の鳥居が見える。そこを左折すると自然と松ヶ崎大黒天の境内にたどり着く。二の鳥居あたりまでは平地。その先は登り坂というか階段になる。
本堂の右手に回り込んで裏側にあるのが火床への階段。うねうねと曲がりながら登っていく。途中、「法の山点火奉仕者ご苦労様です」の看板も掲げられている。崩れかけたような危なっかしい階段もあるが、見え上げる斜面にコンクリートの大きな箱(貯水槽らしい)が見えたら火床はすぐそこだ。
階段を登りきると、ずらっと並んだ火床が突然現れる。何故か迷彩模様。「法」の字の一番底辺。斜面を見上げても、迷彩模様が効いているのか生い茂る草に紛れて火床が見分けられない。
階段を見つけて見上げるとうねうねこれまた危なっかしそうな登り道が続いている。

階段は丸太やコンクリート板、単なる岩と趣向を変えながら続いていく。37℃と予報の出ている炎天下気絶しそうになりながら漸く頂点まで到着。途中何回休んだだろう。理学部卒業生でありながら、法の頂点を極めることができたのは大黒天のおかげかも。
法の火床は金属製。底には穴があいている。空気穴か?金属棒が突き出ているのは薪(護摩木?)を井桁に組む為の目印だろうか? 先っぽが尖っているのと尖っていないものがある。規則性はないようで、4本とも尖っていたり一部だけ尖っていたり火床によってまちまち。
上から見ると針山のようでちと怖い。概ね消し炭は沢山残っている。そんな中で、一番上の火床には小さなかけらしか残っていないのはやはり頂点が一番人気なんだろうか? 一応、私も消し炭を頂いてきました。護摩木ではなく薪っぽい奴を。
登るより降りる方が怖いのは山の常。思ったより急な斜面をこわごわ降りてきた。下から見て文字を見やすくする為には急斜面にならざるを得ないのだろう。文字の部分の階段を数えながら降りてきたら150段ほどだった。途中意識が遠のいた部分のあるので誤差はありそう。
<追記>
当日は時折雲が通るだけでカンカン照りだった。今となっては法の字を一通りなぞってみれば良かったかな、と思うが脱水症状起こしかけて頂点まで登って降りてくるだけで精一杯。頂点付近は平らな部分がなく、腰掛けるものもない。日を遮るものもないので季候のいい時でないと長居は出来そうにない。頂点の更に上には茂みが広がっていて、登山道もあるそうだからそちらに抜けるのも一手。だが、頂点から上は階段ではなく単なる斜面をよじ登る事になる。山頂も間近なので滑る心配のない靴ならば法の山の頂点制覇もいいかも。
偏と旁の間には小さな谷間が出来ていた。雨の日は川になるのかも。旁の部分は一つながりになっている。さんずい偏は相互に直接つながっているわけではなく、旁の三本ある水平線部分から渡るようになっているようだ。
達筆な「大」や「妙」と違って「法」は偏が直線(というかおのおの点三つだけ)に旁が土と△でできていて文字と言うより記号っぽい。安易にデザインしたのかと思っていたのだが、『下鴨大妙寺の日良が東山に「法」の字を書いた』そうで。失礼いたしました。
消し炭は沢山あった。あの分なら年中残っていそう。Webの記事によると過去には「8/31に法に登ってもらってきた」人もいるようだ。火床だけでなく通路脇にも落ちているし、火床の中にトングが残されているものもあった。消し炭の宝庫ですな。
○妙
法の頂点を極めたのに気をよくして、次は妙。こちらは事前情報で立入禁止だと言うことだったのでその確認。送り火は手前の自動車学校から見ていた。もっと近くから見えないのかとも思ったのだが、今日確認してみると、あれ以上近づくと樹木が邪魔をして見えなくなる。スポーツセンタの建物があるのでその上なら眺めは良さそうだが、関係者以外立入禁止だった。
そのスポーツセンタの横を走る宝ヶ池通の北側の遊歩道脇に入山口。情報どおり、関係者以外入山禁止。ただ、金網があるのは入山口の部分だけのようで、そこから離れた遊歩道沿いの茂みを掻き分ければ侵入は可能っぽい。
そこまではしてないけど。
金網越しに見る火床は金属製。法と同じもののようだ。文字面の高さを揃える為か、ずいぶん高いところに火床がある。どうやって薪を積み上げるのだろう?
○左大文字(余談)
今日は行ってないけど、以前遠望した左大文字の火床は石か何かのようで白っぽい剛体みたい。山によって火床の造りは違うようだ。
○調査結果(メモ)
入山できるかどうかを調べた結果はこんな感じだった。あちこちのWebの情報を寄せ集めただけなので、信憑性や情報の鮮度(今では状況が変わっているかも)は不明。
入山を許可されているという意味の「入山可」と、許可・不許可とは別に入ることが出来なくはないと言う意味の「入山可能」は区別する必要がありそうだ。
基本的に、左右の大文字以外はダメらしい。といっても、入山口に監視所があるわけでもなく、獣道もあちこちあるようで、入山レポートがWebにいくつも載っている。その気になれば行けるようだ、自己責任だけど。
五山送り火の「法」の入山口になっているお寺。...と言う言い方は罰当たりか。
松ヶ崎駅から十数分くらいだろうか。階段を登りきったところにある静かなお寺。

山の出入りの際には安全を願って行き帰りにお詣りしましょう。
開店したというか、移転しただけですけど。しかも移転は6/4。昨日初めて訪問。
以前は駅のすぐ前、烏丸八条のアバンティにあった。更にその前は駅のこっち側、烏丸塩小路上ルの近鉄プラッツに入っていた。どんどん遠ざかっていく感じ。床面積はあまり変わらないかな。ビルが大きくなったので以前よりこぢんまりした印象。品揃えは相変わらず。結構沢山あるけど、一番欲しいものがなかったりする。寺町通の京都電気街が寂れきった今となっては、期待するところ大なのだが、規模的に中途半端だな。駅脇のビックカメラの方が近いし、近鉄プラッツの跡地にヨドバシが来たら、よほどのことがない限り行かなくなりそう。
イオンモール全体はファッション系の店が多くて私にとってはほぼ用無し。無印良品とソフマップが入っていて本屋と食料品店も業者は代わったけどあることはあるので、プラッツが遠くへ移転した感じか。愛用の床屋のチェーン店が入ったのは評価できる。
それにしても徒歩だとたっぷり30分はかかるのが難点。駅を挟むので地下鉄もバスも微妙に不便だし。なんとも中途半端なところに中途半端な商店街(?)を作ったもんだな。
外観が地味なんだか派手なんだかよくわからない。手前にある予備校の方がスカッといい感じに出来上がっているぞ。
腹ごしらえにとフードコートの店で注文したら、ポケベルみたいなのを渡された。「料理が出来たらピーピー鳴りますから」って。受け取りに行くまで鳴り続けたらやだな、と思っていたら数回で鳴り止んだ。よかった。
お精霊さんを迎えた後は五山送り火でお送りする。今年はぐっと近くで見られる送り火にしようと言うことで、妙法。近くまで寄れる上に、地下鉄の松ヶ崎駅から徒歩圏内なので、帰りも楽珍だし。
○妙

妙の字とは宝が池運動場を挟んで向かいにある自動車教習所の敷地が開放されている。敷地に入ると点火前の薄明かりの中に「妙」の字がうっすら見える。火床の間をちらちら光が動くのは点火担当者の懐中電灯だろう。
時間が来て一斉に火が灯ると歓声が上がる。炎から立ち昇る煙で妙の字全体が燃え上がっているようだ。実際燃え上がっているんだけど。目を凝らすと一つ一つの火床のそばに白いものが一つ二つずつ立っている。どうやら人らしい。点火担当者まで見えている。
点火されるまではみんな三々五々集まってきて思い思いの場所に座って待つ。
所々電柱や標識があり、隣の運動場の建物が邪魔をするので場所取りが難しい。点火した途端に皆立ち上がるのかと思いきや、みんな座ったまま静かに眺めている。時々立ち上がって動き回る人がいると「みえないよ~」と声がかかる。スタンディングオベーションはしないのね。送り火だから静かに見守るのか。納得。
○法
妙のすぐ東隣の山では「法」の字。「妙」を見た後、東に移動すれば見られる。と思って移動を始めたが、10分ほど歩いても正面には出られず。消えかけのところを斜め前から拝んだだけだった。思ったより移動距離が長かったのは、二文字が予想以上に離れていたということだろうか。それとも字の向きが東に振れているのだろうか。ほぼみっしり建物が建っていたのも意外。もっと田畑や空き地が多いのかと思っていた。鎮火は自然鎮火ではなく、合図と共に一斉に消火しているような感じ。
○お供物入れ
送り火からの帰り道の道端にはお供物入れがずらりと並ぶ。これもお盆の風景。昔はホントに川に流していたんだろうか?
毎日のようにスーパーに通っていると、時々「なんだこりゃ?!」という商品にでくわす。単に新製品なら、変な企画しやがって、というだけなのだが、魚や野菜だと新種発見!に近い驚きがある。
新種でも「空芯菜」なんてのなら、見た目と名前からどういう特徴のものか分かる。でも、今日出会ったものは、全く不明。というか、「ちっこいタマネギ」としか見えない。どこが普通のタマネギと違うのだろう? ちっこいことで何かメリットがあるのだろうか?
検索してみても、普通のタマネギを密植して(お互いに邪魔しあって大きく育たないようにして?)
作る場合と専用品種がある、としか書いてない。ちっこい分、味が濃かったりするのだろうか?
このままスープで煮て、タマネギの丸かじりとかできそうだが...。これって一般的な食材なの?
この世とあの世の境目と言われる六道の辻。その付近で見かけたもの。
電柱に貼り付いていた謎の標語。飛び出すと危ない、と言う意味なんだろうけど、場所が場所だけに何か恐ろしいものが取り憑く...、いや、飛びつくのかと、びびった。
付近の町名は「轆轤町(ろくろちょう)」。清水焼の窯元が多かったので、作る時に使う轆轤(ろくろ)が由来と言うことなんだが、元々は「髑髏町(どくろちょう)」だったらしい。送葬の地、死骸ゴロゴロの鳥野辺(鳥辺野?)の入り口。

薬局のコーワのケロちゃんは第一世代。ややけばい感じなのはお色直しをしたから? 大分のケロちゃんもこういう色になっていたっけ。ケロ界の流行色かな。エスエス製薬のうさぎさんはピョンちゃんと言う名前だそうな。知ってた?
サトちゃんはダンスしている。二足歩行の象もすごいが、一本足は驚異的。よく見ると、やけに眉毛が濃い。宇治のサトちゃんは鼻孔があったけど、ここのサトちゃんも眉毛を増強されたのか? ...と思ったら、どうやら先代のサトちゃんは眉毛が濃かったらしい。
比較の為に確かめてみると、六道の辻からは遠く離れた高倉通綾小路下ルのサトちゃん一家は眉毛が細く曲がってる。場所の問題ではなく、時代の差ね。今風ってこと?
台風の影響か朝から雲がちで、薄日時々曇、みたいな感じ。陽に当たった、という感じではないのに腕も顔も真っ赤に焼けてほてっている。紫外線に雲は関係ないというのを実感。甲子園はずっと降らなかったのだが、京都は荒れ模様だったらしい。間一髪?
毎度毎度の甲子園。改修工事も一段落して新発見も無くなってきた。夏の甲子園は、スタンドで陽にジリジリ焼かれながら、カチワリチューチューすすって、カレーを喰う。ホントはアルプスで応援団と声をからすのが一番なんだが、外野の最上段で高見の見物。最上段は浜風が風が吹き抜けるので涼しい。看板や照明をうまく使えば日陰も確保できるし。
カチワリは売り子がスタンドを右往左往して売りに来るのが定番。...だったのが今年からは売店でも売るようになっていた。売り子が席まで来るのは便利なんだが、たまに見あたらない時があるからいいかも。
外壁の蔦も生長してきた。昔のようにびっしり覆うようになるのはいつ頃だろう? 実家が無くなった今となっては里帰りみたいなもの。昔と変わらぬようでどんどん変わっていく姿はちょっと寂しい。ま、ここに集う人達の思いは昔も今も同じ、かな。
五山送り火は有名だが、六道まいりを知る人は少ないだろう。先祖の霊を送るのが送り火で、送るべき霊を迎えるのが六道まいり。お精霊さん(おしょうらいさん)とも。
○六道珍皇寺
六道珍皇寺、西福寺、六波羅蜜寺、いずれの寺でもおまいりできるけど、一番規模が大きく分かりやすいのが六道珍皇寺。詳細は過去の記事を参照。(てぬき。)
○西福寺


松原通大和大路の六道の辻に建つのが西福寺。一番こぢんまりしているけれど、一番濃い。お詣りもそこそこに座敷に上げて頂いて檀林皇后九相図絵を拝見する。何度見ても命の行く末を端的に顕していて、ある意味ほっとするような。土は土に塵は塵に灰は灰に。ここの鐘は地上にあって普通に撞く。
○六波羅蜜寺
空也の寺。宝物殿では、教科書で見て以来の「空也上人立像」にも会うことが出来る。口から出る六体の阿弥陀像は「南無阿弥陀仏」の各音を現しているそうで、漫画の吹き出しの元祖なのかも。
昨日の夕方、歩道に乗り上げた車が100mほど暴走して歩行者をはね、1名死亡1名怪我という事故が起きた現場。私がいつも買い物に行く経路のすぐ脇。最寄りの地下鉄駅入り口前という場所で起きた事故(事件?)。なのでお買物のついでに現場検証。烏丸綾小路でも歩道暴走事件があったし、結構危ない場所なのかも。
事故から16時間ほど経っていたせいか、現場は綺麗に片づいていた。
Webニュースでしか見ていないので、暴走経路が不明なのだが、おそらく画像の手前から奥に向かって歩道を走ったものと思われる。歩道は下手な路地の車道くらいの広さがあって、
乗用車なら楽々走り抜けることが出来る。Webニュースには、車は歩道に乗り上げた、とあるのだが、歩道と車道の間には頑丈な煉瓦製の花壇があって、花ではなく木が植わっている。乗用車で乗り越えられるとは思えない。おそらく、車進入用の切れ目を狙って入ってきたのだろう。確信犯か?
100mという距離からするとずっと手前の交差点あたりから侵入したのかもしれない。

最後は電話ボックスにぶつかって止まったということなのだが、壊れている様子はない。車が最後に止まった姿勢がチョークで路面に記してあった。犠牲者の血の痕などは砂で掃き清められたようで残ってはいない。烏丸通綾小路の時のように被害者の位置の印
などは残っていなかった。
車が止まるだいぶ手前で犠牲者が出たようで、電話ボックスのあるブロックの隣のブロックの歩道脇に花が飾られていた。(合掌)
京大の校舎の中に入っていたコンビニ。7月末に閉店したいたとのWebニュース。この春、折田先生像見物の際に見かけてジュースを買った店だ。その時の異臭騒ぎが原因、ではなく販売不振だったようだ。
国立大学の構内にあるコンビニは6年前にできたこの店が第一号らしい。今では他にもあるのだろうか? 構内に店はいっぱいあるだろうに、と思ったら大学生協が牛耳っているということらしい。結局跡地には大学生協の売店が入るそうな。
確かに、分かりにくい場所にあった。校舎の地下でろくな看板もなかったし。元々学校って土日や休日は人口ががくっと減るし、休みも多いから宿命かも。学校ではないが、オフィス街も似たような事情がある。浜松町にあったコンビニも周囲の夜間人口が減るので、この店と同様に営業時間が7-11ですらなく、夜は早々に店じまいしていたっけ。
祇園祭で屏風祭をやっていたところ。百貨店の松坂屋と関係あるのかないのか判然としないのだが。百貨店の仕入れ拠点だということか?

今日じゃないけど、今月末で閉店(閉鎖?)するらしい。屏風祭も今年の祇園祭が最後になったようだ。
「御手洗祭」と書いて「みたらしまつり」。「おてあらいさい」ではない。下鴨神社にある池(御手洗池)に足をつけ、灯明をお供えし、御神水を頂く。本当は土用の丑の日なので明日なのだが、一応期間中なのでヨシとしてお出かけ。うっかり出かけたら日曜なのね。バスとかも来て大にぎわい。
○足つけ神事

本殿わきにある御手洗池。その畔にテントが張られていて受付がある。まずは靴と靴下を脱いでズボンの裾をまくり上げる。大人の膝まで水深があるそうで、
注意を促す貼り紙もでている。 裾のまくり上げ方がたりないと妙にまだらにズボンが濡れる事になる。女子更衣室もあるとのことなので、スカートの女性はズボンに履き替えるのだろうか?
受付で初穂料を渡すと、竹籤の先に刺した蝋燭をくれる。
蝋燭を受け取ってテントを抜けると、池へ向かうスロープになっている。普段はこんなスロープはない。裸足の足に人工芝がくすぐったい。太鼓橋の真下あたりで入水。ひんやり冷たく心地よい。
膝まで水があると体が軽くなる感じで足下をすくわれそう。波を立てると膝上までしかまくり上げてないズボンに水がかかる。そろりそろりと進んで行くと、火種の蝋燭が見えてくる。石の櫓(?)の中に太い蝋燭が燃えている。持っていた蝋燭を近づけて火を移す。
後は池の一番奥にある灯明台に蝋燭を刺せばよい。...のだが、風で消える。風がなくても自分が進む勢いで消える。都合2回消えました。3度目の正直でようやくたどり着く。何度もやり直すと良くない事があるでしょうか? 灯明をお供えし終わると、階段を上がって池を出る。
上がったところにあるベンチで靴と靴下を履き直す。タオル持参必須。狭いところで押し合いへし合い。気分は海水浴場か足湯。靴は受付前に置いてある袋に入れて持ってきているのだが、その袋を回収する様子はない。袋はみんなさらっぴん。
これで「足つけ神事」(含、灯明)が終了。
○ご神水
靴を履き終わったら、御神水を頂く。目の前が「ご神水授与所」になっている。「お供 志」とも書いてある。オープンプライス。10円~100円が相場のようで。
池の水、ではないのだろうけど、水源は不明。
勢いよく吹きだしているので水量は豊富なようだ。茶碗で飲むも良し、手を清めるも良し、ペットボトルに汲んでもらっている人もいた。神社の紋所入りのボトルに入ったご神水も販売(授与?)されていたので、お持ち帰りは如何なものかとも思えるのだが、そこはさすが神様おおらかだ。
○足形祈祷木
期間限定の御守りとかが授与されていた中で、足形の絵馬というか護摩木というか、薄い木の板も授与されていた。どうやら、

足つけ神事に来られなかった人の名前を書いて、 池の水に浮かべれば参加したと同じご利益を得られる、と言う事らしい。
池の奥の「井上社」の前には小さな水槽があって水が張られている。その中は祈祷木でいっぱい。井上社のお供え物がみたらし団子だったのは、そういうものなのか? 社自体が池の中に建っていて、その周りにも祈祷木がびっしり浮かんでいたのを見た時はちょっと怖かった。
今年も半分が過ぎようとしている。前半の無事を感謝し、後半の安寧を祈るのが夏越大祓。市内のあちこちで催行している。


○八坂神社
オープンに参加できる近場と言う事で八坂神社。私的にはほぼ恒例。
能舞台が式の舞台。氏子(たぶん)が舞台上、
婦人会(たぶん)が舞台の周りの観客席。余った席に一般人も座らせてくれる。立ち見も可。
氏子が舞台上に着席し待つ中、神職が登場。全員が揃うと神職が祝詞をあげる。
全員が起立平頭して聞く。配られた人型の包みを開き、中の紙吹雪(?)を左右の肩にふりかけ、人型を体中に押し当て、息を三回吹きかける。
そして、お祓い。穢れを移した人型を回収して、衣類に模した布を裂く。紙も裂いていると言う事だが、
しかとは分からなかった。裂いた布と回収した人型を長持に納めて搬出。これで式自体は終了。
神職、氏子の順に退場し、神職の先導で茅輪をくぐる。左右左ではなく、ワンパスくぐるだけ。その後はぞろぞろ社務所に消える。
この後何をしているのだろう? 何度見ても謎のままだ。
最後に私もぐるぐるくぐって私の儀式も完了。
○菅大臣天満宮
八坂神社の帰りに菅大臣天満宮。
ここの大祓式は非公開。外から眺めて終了。
○水無月
休日を振り替えても今日営業していた錦市場の和菓子屋さん。意気に感じてここで調達。
今年の後半も健やかに過ごせますように。
先日、神田神宮の前を通りかかったら、ケロがいた。石ですけど。「将門の首が無事故郷へ(胴体の元へ?)帰るように」ということで、将門にカエルは付き物らしい。
長い事壁面に埋め込まれたままだったようだが、2月に改装された建物の中に移って以来、
幟の文言が変わったり、壁の説明書きが変わったり、地味に変化が激しい。この日は通りかかった時間が遅かったので、中を確かめる事は出来なかったけれど。当分、目を離せない存在かも。(おおげさ?)
過去の変遷はこちら。
・神田神宮(改名神田明神?) 2010年6月 6日 (日)
・神田神宮(神田明神に改名?) 2010年4月 3日 (土)
・神田神宮(改祀) 2010年2月27日 (土)
・神田神宮(西入下ル) 2008年11月 6日 (木)
茅輪くぐりは6/30。なんだが、北野天満宮では菅原道真公の誕生日に当たる御誕辰祭にあわせて6/25にも行う。その準備の大茅輪奉製と取り付けが6/24。奉製は13時から、取り付けは16時から。
茅輪くぐりは毎年やっているが、その準備は見た事無いのでお出かけ。
到着した15時前には既に茅輪の原型は製作済。社殿の回廊に長々と横たえてある。太い青竹に茅の葉を巻き付けてある。茅の葉は周山から狩り出してくるらしい。芯となる青竹は2本通してある。どう見てもこれは丸くなりそうにもない。どうするのだろう?
社殿を見ている間に茅輪を取り付ける楼門の滑車にロープが通されている。これで茅輪を引っ張り上げるらしい。滑車って普段から付けっぱなしなのだろうか?
16時を過ぎた頃に、神職が社殿に集まってくる。そろそろ?と見ていると、茅輪じゃなくて長~い茅の棒が肩に担がれてやって来る。12人くらいいるだろうか? まるで蛇のようだ。社殿の中庭で方向転換し、絵馬所の前でクランクに折れ、楼門をくぐってから横にする。くねくね曲がったりしないので声を掛け合って慎重に。
楼門前では滑車から下がったロープを茅の棒にかけて引き揚げる。「せ~の」「真ん中もっと力出せ!」「俺をいくつだと思ってるんだ!」と和気藹々。真ん中を持ち上げている間に両端を折り曲げて輪っかにする。芯に通っている竹の継ぎ目でうまく折れ曲がるようになっているようだ。
上部を楼門のフック(釘?)に針金で止め、下部に筵を巻く。同時に、木槌でゴンゴン叩いて形を整える。
輪というから丸いのかと思ったけれど、四角い。輪と言うより門飾りっぽい。
最後に両脇に斎竹を立てて四手(御幣?)を垂らす。これで完成型。この間一時間あまり。今日にでもくぐれるのか、と思ったら楼門の扉を閉じてしまった。
完成後神職がギャラリーに向かって「どうぞとってください」と言うので皆
「えっ?いいの?」と動揺が走る。どうやら「取って」ではなく「撮って」らしい。ギャラリーに言ったのではなく、「北野天満宮」の腕章をした公式記録員に言ったらしい。ま、ともかく有難く撮影させて頂きました。
大茅輪を止めているのは3箇所の針金。四手(御幣?)の形が独特。中よりの2つは人型ですか?
くぐるのは明朝から、ということだけど、明日の朝までに茅はすっかりむしり取られて丸裸になっている、という噂。誰か確かめてみませんか?
大茅輪と別に社殿には普通の(?)茅輪ができている。大茅輪用の茅の棒と同時に丸い茅輪も奉製されていて、大茅輪と並行して設営していたらしい。こちらは小ぶりなので数人もいればok。
ちゃんと丸い。
完成後は中門を閉じて社殿からロックアウト。こちらもくぐれるのは明日。
取り付けだけじゃなく、奉製するところも見るべきだったか。次のチャンスはまた来年。
四条河原町阪急の閉店が8/22に繰り上がったらしい。それで早々と閉店セールを始めてる。売り尽くしと言ったって、在庫だけじゃなくどんどん仕入れて売り出すんじゃないの? いくらお買い得だろうと、宝飾品や衣類では買いようがない。レストラン街も全品半額とかしてくれれば喜んで行くんですけど。
概ね無用のセールだけど、古い写真のパネル展をやっているというのでお出かけ。四条河原町にはどうにも謎だったものがある。
子供の頃、四条河原町交差点の真ん中に塔が建っていて、その中にお巡りさんが詰めていて交通整理をやっていた、と言う記憶がある。十年ほど前に久しぶりに四条河原町を通ったときにはそんなものなかった。何だったんだろう?
展示されていた「開店1976(昭和51)年10月15日の朝」と題された写真を見て納得。交通整理と言うより航空管制塔みたいな物見櫓が建っている。交差点の真ん中ではなく、歩道の角っこ。ビルの前なのでちっこく見えるが、概ね3~4階分くらいの高さにあるだろうか。用途やいつからいつまであったのかは不明だけど。私の記憶違いではなかったらしい。
で、結局何だったんだろう?
今朝も窓の外から「ほ~~~~~~」と托鉢僧の声。今日はどこの僧堂からかな?と窓から眺めていると、東から何やら一団がやって来る。白装束ではない。洛陽三十三所観音霊場巡礼団らしい。声の主は彼らではない。
と、西から墨染めの僧形。遠路はるばる大徳僧堂らしい。
すれ違いざま、「ほ~~~~~~」の声が止んだと思うと、笠を取り頭を下げる。深々。暫し挨拶を交わした後、直って歩み始める。と、行列の中に僧侶を発見するや、再び頭を下げる。巡礼団の僧侶も合掌して応える。

90°以上の最敬礼って、久々に見た気がする。若造の頃、営業が顧客に向かって90°の最敬礼をしているのを見て感服した憶えがあるが、この托鉢僧の敬礼はそれ以上だ。
ご近所の神社。私の桜と梅とミモザの定点観測地でもある。

そこが、いま人気らしい。とWebのニュースに載っている。ホンマかいな。昨日は取材陣が押し掛けていたそうだ。さっき買い物のついでに覗いてみると、いつも通り静か。普段なら人っ子一人いないか、1~2人見かける程度の参拝客が数名いた程度。
参道脇の家の前に停めてあるバイクがいつもなら2~3台なのが増えていたような気もするけど、関係なさそう。
時の総理大臣、というか政権党の政策には全く期待も賛成できないけど、これ以上日本を悪くしないようにだけはしてもらいたいもの。
一昨日、神田神宮の前を通りかかったら、「神田明神」なる看板が新に掲げられていた。表札は従来からある「神田神宮」のままなんだが。先日来WikiPediaの項目も改称されているし、表の幟も変わっている、何かいわくがあるのかな?
過去の変遷はこちら。
・神田神宮(神田明神に改名?) 2010年4月 3日 (土)
・神田神宮(改祀) 2010年2月27日 (土)
・神田神宮(西入下ル) 2008年11月 6日 (木)
昨日、大覚寺行きのバスに乗っていると左わきをタクシーが追い抜いていく。ふと見ると丸いあんどんに四つ葉のクローバー。お、4/1400と言われる四つ葉のヤサカタクシー。(^o^)
すーっと追い抜かれた上に、こちらはバスで走ったり停まったり。追いつく事もなく見送るだけ。左後方ドアにも四つ葉のクローバーが描かれていると言う事だが、右側しか見えず。信号待ちの後ろ姿を撮影するのが精一杯。
飛んでる光は見たけれど、光ってる本人の姿はよく見ていない。ので、北嵯峨高校前あげいん。
有栖川の右岸は高校の通学路になっていて舗装されている。左岸は田圃のあぜ道を兼ねているようで草ぼうぼう。
よく見ると、十数匹どころじゃない、数十匹を越える数の蛍が土手ののり面の草むらに潜んでいるっぽい。風があると飛ばないようで、飛んでいる数こそ少ないけれど。
足元のぼうぼう草や、土手を越えて田圃の脇にも止まって光ってる。ひょっとしたら気付かずに踏んでいたり? 土手の上まで飛んできた蛍は顔の横をすーっと飛び去る。
土手の上のぼうぼう草に止まった蛍に近づいても逃げない。懐中電灯の光を当てても逃げない。気をよくしてストロボ浴びせて撮影しても逃げない。
草を手で持ってあっち向けたりこっち向けたりしても逃げない。アホウドリか? (^_^;) これじゃ簡単に捕まってしまいそう。捕まえたりはしませんけど。
というわけで、蛍の正体を撮影させていただきました。おつきあいいただいてありがとうございました>蛍さん。怖かった? m(__)m
そろそろ蛍の季節。私はまだ野生の蛍というものを見た事がない。友人が捕まえて虫籠に入れたのを見せてもらった事はあるだけで、野外を飛ぶ蛍というものを見た事がない。京都でも蛍を見られるらしい。うちから行くのに手頃なのは、哲学の道や下鴨神社の糺の森あたりか。哲学の道は野生だが、糺の森は養殖というか一旦捕まえたものを鑑賞用に放つイベントの時だけらしい。あれこれ検索してヒットしたブログによると、哲学の道は鯉に食べられてここ2~3年は激減傾向だとか。でも、大覚寺のそばでも見られるという。乱舞する写真も載っている。要約すると『大覚寺の横の広沢の池のすぐ近くを流れる有栖川。広沢の池の横を走ってる道路から写真も撮れる。』と言う事だ。大覚寺の横にあるのは大沢の池だ。広沢の池は大沢の池の間違いだろう。
時間的にはちょうど良さそうだ。早速出かけてみる事に。
市バスの大覚寺停留所から大覚寺の前を通り過ぎて川沿いに下る。途中、民家に阻まれて川が見えなくなるが、やがて橋で川を渡る。その先は川と道路が離れてしまうので、ブログに書いてあったのはこの辺りだろうと見当を付けて待機。周りは田圃で蛙の鳴き声が降ってくる。懐かしいような近頃見かけないような風景と音に囲まれて20時を過ぎる頃迄待っても蛍は現れない。今日はダメかと途方に暮れていると、川沿いの土手にも細い道があるのに気付いた。暗くてよく分からないまま恐る恐る歩いていくと、北嵯峨高校なる学校の前を経由して府道29号の橋に出る。
先客が土手を指さしているので目を凝らして見ると、いるいる。蛍が2~3匹。目が慣れるに従って増えてくる。最初は草に止まってぼーっぼーっと光っているだけだったが、時間が経つと数も増え、飛び交うようになる。21時前には十数匹が飛び回る状態に。とても乱舞とはいえないけれど、取り敢えず野生の蛍だ。川縁だけでなく、土手の上の草むらや杉の木にまでとまっている。これが蛍か。でもなんだか儚げで、見たっ!という実感がないなぁ
。
土手の下は暗いけど、周りに街灯や自販機があり、時々通りかかる生徒の自転車はちゃんと灯火を点けている。それらが目に入るたびに目潰し状態。デジカメのモニタも明るすぎるし。ちょっと落ち着かない。
デジカメで撮影も試みたけれど、お気楽デジカメではなかなか飛び交う様子は写らない。手持ちだし、シャッター速度は0.5秒が最長だし、動画の方がまだ分かりやすいかも。せめて橋のそばで飛んでくれれば欄干にカメラを乗せて写せるのに。
このスポットを教えてくれたブログに載っている画像にはまさに乱舞する様子が写っている。今回はそこまで多くなかった。タイミングによって飛ぶ数は変わるんだろうけど、よく見ると川の幅が違うようだし、どちらかの橋の上から撮ったにしてはアングルも低い。実はもっといい場所があるのかもしれない。『大覚寺の横の大沢の池のすぐ近くを流れる有栖川。広沢の池の横を走ってる道路から写真も撮れる。』だとしたら、府道29号の橋がまさに合致するのだが。
先っぽの方から色が染みてくる感じ。虫が寄ってきてはいるんだけど、まだホントの花は開いてないから蜜はないぞっと。
周りの色付き始めているのが萼で真ん中のちっこい団子が本当の花。
以前見ていたときは本当の花は5花弁、と思っていたんだけどそうでもないらしい。よく見ると3花弁、4花弁、5花弁と様々。3花弁、4花弁の花の萼はそれぞ3枚、4枚と対応している。なので、
5花弁の花には5枚の萼、かと思ったら5花弁の花には萼がないみたい。
検索してみると、萼のない花のみが稔り、他は不稔ということらしい。稔るのが真花(両生花)で、稔らないのが装飾花(中性花)。確かに去年見たときも萼のない花が咲いていたけど花弁数までは確かめられなかった。
一番下の画像は25日の紫陽花。
夏の風物詩、鴨川の納涼床。今はGW目当てに5/1に始まる店が多いけれど、本来は6/1開始。なのでこの時期に期間中の繁栄を願ってお祓いが行われる。 清めたまえ、祓えたまえ、で「きよはらいしき」と読む。

鴨川の四条河原、四条大橋のすぐ上流側右岸に結界が切られて畳が敷いてある。なんか唐突な感じ。結界のそばには椅子席が設けてあって、納涼床を出す店の代表者だろう、様々な格好の人が座っている。
八坂神社から
出張った神職が祝詞をあげて、納涼床に向かってお祓いをする。
その後、巫女さんが神楽を舞い、参列者がお詣りをする。最後に御神酒で乾杯。乾杯の発声は「かんぱ~い!」ではなく、
「いやさか!」だそうで。
大昔から続く伝統の神事、と言うわけではなく、有名でもない行事。もとより見せ物ではないのでギャラリーもわずか。四条大橋の上から数名~十数名が眺める程度。
それでもTVクルーが2~3組やって来て、橋の上や河原で右往左往。橋を通り過ぎる人も暫し足を止めて眺めている。いきなり道端でこんな事をやっているのは京都らしい? 京都じゃなくても工事現場の地鎮祭はやってるよね、神楽は舞わないだろうけど。八百万の神の国、日本ですな。
散髪屋の休みは月曜日。子供の頃はそう思っていた。というか家の周りではそうだった。就職の為に上京してから何年間かは散髪に行けるのは土日のみ。定休日なんて気にしなかった。ある時、土日が忙しく、たまたま散髪する為に月曜を避けて火曜に代休を取って散髪屋に行ってみると、休み。散髪屋の前で暫し呆然としたっけ。関東(鎌倉?)では火曜日が定休日らしい。20年以上前の話。最近は週休二日になったりしているようだが、地域によって定休日が違うとは思わなかった。関東で桜餅に次いでびっくりさせられた事の一つかもしれない。東西だけではなく、もっと地域によってバリエーションがあったりするのだろうか?
ここ10年くらいは年中無休のチェーン店にしか行かないから、関西に戻ってきてからも違いは気にしていなかった。先日通りかかった散髪屋に「月曜営業」という札が掛かっているのを見て、過去に受けたショックを思い出した。この店は、入居しているビルの都合で日祝休みにしているので、「本来休みな筈の月曜も営業していますよ」という意味らしい。
菅原道真公生誕の地の春祭り。


我が家のご近所。毎年立て看板を見かけて行きたいなと思うのだが、何故か毎年土日なので行きそびれていた。今年は何とか時間が取れたのでお出かけ。といっても宵宮はすっかり忘れていて用事にかまけていた。例祭当日の終わり頃にようやく。
○宵宮
行ってません。というか、思い出して行ったときには終わってたもんで...。
山伏による護摩焚があったらしい。黒焦げになった丸太が積み上げてある。っていうか、数日前に訪れた時に既に黒焦げになった丸太があって、水をかけ続けていたんだが。使い回しなのかな?

○例祭
午前中に子供神輿があったらしい。かわいらしいお神輿と太鼓車が境内に置いてあった。時々太鼓の音がするので何か始まるのかと寄って行ったら、子供達が遊んでいるだけだったり。
午後には狂言奉納。舞殿なんてないし、どこでやるのかと思ったら、本殿の中。拝殿とかいうのだろうか。みんな本殿の前に設えられたベンチに座って見ている。茂山千五郎社中って、NHKの昼前の番組に出てくる人かな、
と見ていると見慣れた顔が現れた。そうそう、茂山宗彦さん。後見とかで、自分自身が演じるのではなく、ちらっと舞台の奥に現れただけでしたけど。最初から見ていたら挨拶とかあったのだろうか?
境内と言っても、殆ど通路というか参道だけのようなお宮なんだが、そこに屋台が出て親子連れで賑わっている。
みんなご近所の顔見知りな雰囲気。普段は何の飾り気もない手水舎の牛さんが首飾り(?)をしている。絵馬やお札、御守りも授与中。普段はどこで頂けるのかよくわかんないのよね。さすがに学問の神様、一攫千金の御守りはなかったのでお札を頂いてまいりました。そういや、「天神智恵餅」はどこでもらえたのだろう?分からずじまい。
いつも行く近所のスーパー。一軒一軒は小さいのだけれど、24時間営業で徒歩圏内に5軒はある便利なお店。京都市内の至る所にあって、ローカルにメジャーなチェーン店だ。テーマソングが「いつも手遅れ~♪」と歌うひょうきんなお店でもある。買える品は限られるが概ね食品の9割はここで買う。私の身体を構成する原子のうち殆どがこの店を経由していると思われる。店員も明るく礼儀正しいし、親切に対応してくれる。教育も行き届いているようだ。
とても便利で生活を支えてくれているのだが、ミスも多い。四条店や五条店では何度かレジの打ち間違いの被害に遭っている。表示されている商品とは別の商品が棚に並んでいて、間違えて目的とは違う品を買わされた事も。清潔で明るい店内とは裏腹に、きちんと管理された商店と言うより、昔のざっぱな市場的な雰囲気も持ち合わせている。
連休の最終日に味噌が切れそうだったので、買い物に行ったらいつもの銘柄がない。困って店員に尋ねると「メーカーで商品を切り替えたんじゃないか」とのこと。類似品が安売りされていたのでそれを購入。...して、家に帰ってレシートを見ると、安売りになってない。通常価格で計上されている。たった60円なんだが、嘘は嘘だよなぁ。お出かけのついでに再訪してレシートを見せるとあっさり差額を返金してくれた。さすがに店員もそこは慣れたもの(慣れてるのか?!)。きっと、POSシステムのDBを更新し忘れたんだね。
でもね、その味噌は「月間奉仕品」で、もう5日目なのよ。5日間は値引きと言いつつ通常価格で販売し続けていたらしい。その事を指摘しても店員は苦笑いをするだけ。まぁ、レジのおねーちゃんのせいではないしなぁ。他にも犠牲者はいるんじゃないか? 私が買う前に何個かは売れたようでもあったし。
今日、別な買い物で寄ってみたのだが、お詫びとか購入者への返金を告知する貼り紙はなかった。ばっくれる気らしい。それとも、この2日間で全員に返金し終わったのかな? ま、たった60円の事ですけど、その値引きで客を釣ろうとする以上ばっくれていい金額でもないよなぁ。
だまされるたびに「レシートをちゃんとチェックしなきゃ」と思うのだがめんどくさくてつい怠ってしまう。というか、値札にいくらと書いてあったかなんていちいち覚えてないし。買い物するたびに証拠写真撮ってもいられないし。買い物って店との闘いの場でもあったりするのねぇ。
京都市民の足と言えば地下鉄とバス。バスは市バス、京都バス、京阪バスと走っているが、中でも市バスが一番路線が多く乗る機会も多い。一日券や地下鉄との共通切符なんかもあって便利。なんだが、大赤字らしい。全国でも一二を争う規模だとか。馬鹿ほど建設費を使って作った地下鉄はともかく、バスは観光客が多くて稼いでいそうなものなんだが。ショボイけどグッズも出してがんばってはいるのに。フリー切符とかで割引しすぎてるのかな? いや、とっても有難い、というかアレがないと乗り回す気がしないですけどね、一日券。
先月からは営業係数が200を越える路線のバス停の時刻表には営業係数を貼りだしているという。気付かなかった。改めて近所のバス停を見てみると、どこにも書いてない。四条通や烏丸通を通る路線は営業係数200未満のようだ。では、五条通は?と見ると、出ている。
1時間に5本も6本も走っている路線は大丈夫なようで、1時間に1本の路線になるとアウト。客が少なくてもうからないから本数が減るのか、本数が少ないから客に嫌われてもうからないのか?
バスがなくなるとどこにも行けなくなるので何とか生き残って欲しいのですが。いっそ、洛中だけでも自家用車禁止とかしたらどうだ?
伏見稲荷大社のお神輿が通るという。稲荷祭の還幸祭。油小路東寺道にある御旅所へ4/18に大社からお出ましになったのが神幸祭。5/3にお戻りになるのが還幸祭。微妙に遠いので御旅所へは出向かなかったのだが、敷地も広くかなり立派な御旅所らしい。八坂神社の四条御旅所や大政所御旅所のように街中にある訳じゃないからだろうか。
近所を通るというので待ち受けていたら、先触れが車で「もうすぐ伏見稲荷大社のお神輿がお越しになります。」とアナウンスしながらやって来る。祇園祭の還幸祭のように賑やかに神輿を担いだ人達が現れるのかと思ったら、トラック。
荷台部分にベンチが設えてあって装束をまとった人が大勢座っている。先触れ+そのトラック1台が現れたあと、後続がない。拍子抜け。これで終わりかとその場を離れて、街中を行ったり来たりする神輿を別のスポットで見ようと移動し始めたら
、
後続が現れた。やっぱりトラック。うげげ。何台かは見損ねたぞ。
結局、別のスポットで改めて見物。バン、軽トラ、大型トラックを交えて計35台。一応パトカーが先導しているけれど、
信号で分断されたりして延々30分ほどかけて通過。先頭の方は徐行していたものの、後ろの方の車は追いつこうとしているのか普通に巡行している。沿道の見物客もまばらだし、それで良いのかもしれないけどさ。
祇園祭との違いに唖然。ま、これから伏見に帰るわけで人が担いだり、
のんびり徐行していたら日が暮れちゃうんでしょうけど
。
で、ちまきを買いに寄った餅屋の幸福堂では稲荷祭用の赤飯を販売中。そういう慣習なのね。
三つ葉のクローバーのあんどんを掲げるヤサカタクシー。大半は三つ葉なんだが、4台だけ四つ葉のクローバーを付けているという。検索すると記念乗車証もくれるとか。まだ四つ葉は見た事ない。
他に期間限定で鶴入りのタクシーもあるらしい。先日、信号待ちをしていると、その鶴入りのタクシーが目の前を通過。「合格・必勝祈願タクシー」だとか。「鶴」というのが意味不明なんだが、なんだろう。見かけたのは三つ葉バージョン。鶴バージョンは三つ葉29台、四つ葉1台で、先月末まで。期限の2日前にようやく1台発見。だからなんだ、ってなもんだけど...。
東海道の起点(終点?)は三条大橋だったとか。付近の河原で石田三成の首が晒され石川五右衛門が釜茹でにされたという場所。おどろおどろしい場所なんだが、デートスポットにもなっている。ま、そんな事を気にしていたら京都の街は歩けない。
その橋の擬宝珠には、池田屋騒動の時に付いた刀傷があるという立て札が出ている。ホンマかいなと見てみると、確かにそれらしい傷が。池田屋騒動といえば明治維新?幕末? 京都にとっては歴史と言うよりつい昨日の事のような。 残っていても不思議はない? 橋は1950年に架け替えられたらしい。擬宝珠だけ昔のものが残っていて付け替えたと言う事?

○南(下流)側。
西面にかなり目立つ傷が二筋ある。傷が目立つと言うより、傷の周りが黒ずんでいてそれが目立ってる。「あ、これだこれだ」とばかりに見つけた人がこすっていくのだろうか。
京都に引っ越してきてから新聞を取らなくなった。毎日毎日届けてくれるのは有難いが、読み終わった新聞を古紙の日に出すのが面倒。取っていた頃は、階段を持って降りるのは重いし、縛るの下手だし、難儀していた。ネットの常時接続が当たり前になり、WebニュースやTVニュースで事足りるようになった。地方欄や家庭欄の記事などは入手しにくくなるのだろうけど、まぁいいかとかれこれ5年になる。...と言う話ではなくて。
近所のスーパーに「安売りのチラシを新聞に入れるの辞めるね。」という貼り紙が。上述のようなわけで、この店の折り込みチラシは見た事ないのだが、店に来たときに荷物を詰めるところ(サッカー台というらしい。なんで?)に置いてあるのを持って帰っていた。ここのスーパーはWebサイトにpdf化されたチラシも置いてあるのでIT化済の家庭にとってはペーパーレス化も可能。
母親の世代を見ているせいか、安売り広告と裏紙のメモ用紙は新聞の折り込みチラシ、というイメージが強いのも確か。イマドキは脱新聞、ペーパーレス(というよりレスペーパー)なスーパーって多いのだろうか?
朝から快晴。一日中からりと爽やか。先週に引き続き、お出かけのついでに五条河原。
納涼床は完成した店が多いようで、建設も終盤の模様。まだ、スタバの床しか行った事ないんだよな。一度は料理の店に行ってみたい。
昨日の天気予報では黄砂も来ると言う事だった。ちょっともやっている感じではあるけれど、判然とせず。黄砂光環も見えず。
河原に座って日向ぼっこしながらのおやつ、は至福の時。でも、鳶が空から狙ってるので要注意。今日も、私の近くに座っていた人が襲撃されてた。斜め後ろだったんで決定的瞬間は見損ねたんだけど、何やら奪われた様子。怪我がなかったのが不幸中の幸い。カメラに向かってVサインを出している鳶も?
桜もまだ咲いているけれど、新緑が心地よい。と、上を見ながら歩いていると危険。自転車がびゅんびゅん走っているので落ち着かない。歩行者専用道にして欲しいなぁ。
三条大橋のそばにある中華料理屋。
の珉珉定食、500円也。皮がもちもち、身がジューシー、と言うのがウリ。もちもち過ぎて破れやすいのが難点。ご飯のボリュームがもっとあると嬉しいんだが。
ケータイだと文字化けするのも難点かも。
天候不順な今日この頃、先週には木曜までずっと雨の予報だったのが一日おきに晴れている。「貴重な晴れ間だ」と梅雨時のような事を言うTVの気象予報士の言葉に押されて五条河原。日向ぼっこの定位置になりつつある。二条河原には背もたれ付きの木のベンチがあるのに五条河原には石の腰掛けしかないのは何故だ?
○桜

ここでも八重桜がほぼ満開。みっしり集まった八重は桜餅と言うよりぶたまんに近いかも。いやはや、おいしそう。新緑と並んで青空に映えますな。
○納涼床
腰掛けがあるのは鴨川の左岸。ぼんやり右岸を眺めていると、重機で何やら作業をしている。そうか、納涼床だ。もう4月も下旬、納涼床は5/1開始だもんね。不順な天候続きで季節感がないんだけど、暦の進みは一定なのね。

○鴨川の鴨
腰掛けに座って本を読んでいると、「何かないの?」とばかりに鴨の夫婦(たぶん)が寄ってきた。普通は鳩が遠巻きに様子を窺っていたり、ちょこちょこと近寄ってくるものなんだが。やけに人なつっこい夫婦のようだ。

残念乍ら、おやつに買ってきたパンはもう食べちゃったし、何もないよ。しばらく様子を見て何もくれない、と見切ったのか仲良く立ち去ってしまった。
雄の鴨はくちばしに桜の花びらを付けている様子。
雌は食い物かと思ってつついた綿毛がくっついちゃってる。ヒトが口元にご飯つぶ付けてるみたいなもん? しげしげと眺めた事はなかったけれど紫色も入っているのね。カラフル。
400系新幹線車両が明日で引退するらしい。Webニュースで見てびっくり。私の頭の中では「山形新幹線≡400系」というほぼ定義に等しい強い結びつきが未だに健在なのに。
山形新幹線開業当初に、発売されたばかりのオアポケ2を持って東北一周の旅に出かけた、
という記憶がある。時期的に合っているだろうか? 初のミニ新幹線で三線軌条が見られるというのも目当てだった。自動で行われる福島駅での分離結合も当時は画期的と言われていてこれも見所。
あれが私の本格的なモバイル通信の原点とも言える旅だった。途中、NiftyのFSPACEに「旅の空から」のタイトルで旅の様子を書込、RESをもらってOFFしたり。大間、竜飛と本州北端を回って宿代に匹敵する電話代を取られたりもした。私のWebサイト名の発祥の旅でもある。
その後はあまり乗る事がなかったのだが、フリーになって再び長野・東北の旅に出かけた時に乗ったのも400系だったような。でも、いつの間にか新庄迄延伸してたな。あれが乗り納めだったか。
ところで、山形新幹線は大曲まで伸ばして秋田新幹線と連絡はしないのかな?
画像は開業当初の山形新幹線。
昨日とうってかわってどんより曇。概ねピークは過ぎた感のある洛中の桜。あとは樹種によって遅咲きがあるのでそれを探して愛でる感じかな?
○修徳公園
先に咲いた建物寄りの桜はどんどん花を散らしている。道路寄りの桜はようやく開花を始めた。葉っぱも一緒に出ているから、種類が違うようだ。それらの中を取る感じで枝垂れが花の数を増やしている。
○新京極
新京極六角にある広場がろっくんプラザ。その向かいにぽつんと桜が植わっている。満開を過ぎて葉桜になりつつある。一分葉桜くらいか。
○木屋町(高瀬川)

こちらも盛んに花を散らしている。花見にはちょっと遅かったか。四条以南の高瀬川では川の中からライトアップしているが、葉桜ではくすみがち。
真如堂から宗忠神社に至る一本道の途中に陽成天皇神楽岡東陵がある。一見、開けた土地に囲いがあって鳥居が建っているだけなので神社かな?で終わりそう。よく見ると鳥居の向こうの茂みはこんもり盛り上がっている感じ。
石碑を見て古墳か、と納得する。横には奇妙な形に刈り込まれた植え込み。
古墳というと奈良のイメージなんだが、京都にもあるんだな。そういや、うちの墓のそばにも六条山古墳(旭山古墳群?)とかあるし、落柿舎の隣にも内親王の陵墓があった。「御陵」なんて駅のそばには天智天皇陵もある(由緒的には逆か)。検索してみると他にもいっぱいあるようだ。
貴族に限らず、一つの都市で一番大勢の死者を出した町なのかもしれないわけだし。
昼から下り坂という予報にもかかわらず、一日中晴れたり曇ったり、薄曇りっぽいお天気で最高気温が23℃まで上がった。上着を春物に替えて出かけたのだが、セーターを着たままだったので暑かった。
○大文字山、白川上流
大文字山には桜は殆どなし。所々ピンクの点が見えるだけ。
その手前の白川(たぶん)沿いの桜並木が満開。一部散り始めていて川面には花筏が浮かぶ。


○真如堂
満開を通り越して散り始めている。紅葉のイメージが強いのだけれど、本堂の周りや参道に桜が植わっていて建物とのコントラストがいい感じ
。
風が吹くと花吹雪が舞う。なかなかタイミングが合わなくて写真に捕らえきれないや。
○宗忠神社
真如堂の表門を出ると道の先真正面にず~っと長い階段が見える。その階段に覆い被さるようにピンクの雲。宗忠神社の参道の両脇に植わった桜だ。登り階段を見ると萎える体質なのだが、桜に誘われて登ってしまう。神様の罠?
○竹中稲荷社
誘われて登ってしまった宗忠神社だが、社殿の周りには桜はない。そのまま裏へ抜けると、お稲荷さん。朱の鳥居がずら~っと並ぶ。どこかで見たような風景だ。その鳥居の脇から枝を伸ばして桜が咲く。鳥居・桜・鳥居・桜・鳥居・桜・・・って感じ。これまた桜に誘われて奥まで進んでしまう。これは狐の罠?

○吉田神社
竹中稲荷社を出るとすぐ吉田神社の裏手に出る。こちらは桜は数えるほど。大元宮前の枝垂れ桜は今が盛り。「開運桜」はヤマザクラだろうか?本殿前に 数本植わっている桜は十五分咲きからほぼ散り終わった感じ。
雅楽の音が聞こえてくると思ったら結婚式を挙げておられたようで。おめでとうございます。
京都は休日に出かけてはいけない。と言いつつ、天気がいいのでつい出かけてしまった。風が冷たくて寒い寒い。
○松原道祖神社
境内がないというか、空き地が殆どないところに八重桜が植わっている。咲き始めてはいるけれど、まだまだつぼみ。
○菅大臣天満宮
西側参道脇の桜が先にに咲きだしていたのだが、南側参道脇の桜もほぼ満開。今日明日は花見だそうで、照明装置も設置してあったから、夜桜? ツグミも集まって来てます。
○化粧水碑
四条西洞院の角に建つ化粧水の石碑。敷地なんてなくて、ビルの壁面の植え込みに間借りしているような感じ。その背後で花が咲いてる。桜っぽくないので、違うのかも?
○鴨川
四条大橋付近の桜は主に枝垂れ。ちょっと早いか? びっしり植わっているわけではないので、遠目にはあまり映えませんな。
○祇園白川付近

鴨川に合流する付近の白川沿いが一番豪華。桜の天蓋と化す。ちょうど今がピークのようで花も人も満員状態。ここに集う鳥は鳩。蜜を吸いに来ていると言うより、観光客のおこぼれ目当てか?
少し上流に遡るといわゆる祇園白川。着物姿の人もちらほら。川を挟んで料亭っぽいお店が並んで背景としてもgood。ここもほぼ満開で枝垂れがもうちょっとってところかな。
更に遡ると知恩院前付近に出る。こちらも満開。こんなに一斉に咲きそろっていたっけ?と思ったら、気の早い気が何本かいて、遠景にやや雑味が。
○琵琶湖疎水(徳成橋付近)
琵琶湖疎水と東大路が交わる徳成橋付近。疎水記念館あたりから続く桜の名所ですな。もうちょっと川巾が狭かったらもっと密度濃く楽しめるのに。と毎年思う。
気の早い一本を除いてほぼ満開。
先日運行を始めた十石船が眼下を行き交う。ここの桜に集うのは何故かスズメ。たまたま?
○京都御苑(北西部)

ここは本数と種類が多いのでさすがに一斉には咲いていない。ま、概ね満開ですけど、つぼみ堅いものから、もうほぼ散り終わったものまでさまざま
。
一番早かった(?)近衛邸跡の大枝垂れは散り終わり。
子供の頃住んでいた実家が阪神の駅近くだったので、電車に乗るときはいつも阪神だった。でも、線路は阪急、国鉄(当時)の方が近くて、どちらも電車が走るのが部屋から見えていた。阪急に乗るようになったのは阪急沿線にある大学に通うようになってからだ。
阪神沿線は下町でちまちま家が建ち並んでごちゃごちゃとした印象が強い。大阪に向かうときは、武庫川の開けた空を眺めるのが心地よかった。そして川を越えると尼崎。工場が多くて、線路脇に赤茶色の油のようなものにべっとり覆われ澱んだ池があったりして、当時問題になっていた「公害の街」とはこういうものかと子供心に思ったものだ。
それにひきかえ、阪急はすっきりした感じ。「山の手」と言う言葉が似合うイメージ。と言っても、あの車両の焦げ茶色は好きになれなかった。マルーン色(小豆色)だそうで、ワインなんちゃらみたいな書かれ方をしているのも見た事がある。概ね良い色という評価なのだが、私には鉄錆色の国鉄の下駄電に似た色としか思えず、なんだかなぁ状態だった。
当時の阪神は上半分がクリーム色で下半分が青(普通列車)か朱(優等列車)と分かりやすくすっきりしていた。普通列車の中には銀色の波板でできたものもあって斬新だった。
そんな阪急の車両だが、一つだけうらやましかったのが京都線の特急。2ドア車で全席クロスシート。私の生活圏の私鉄では他にはなく、遠出するときに乗る国鉄の特急を彷彿とさせる高級感があった。特急と言っても特別な料金は必要ない普通の(?)電車でしたけど。京都線には滅多に乗る事はなかったけど、乗るときはなんかうきうきした気分にさせられたのを覚えている。
二十数年ぶりに関西に戻ってきて、未だに京都線特急を現役で走っているのに乗ったときは嬉しかった。戻ってきたと言っても、実家のあった阪神間ではなく京都止まりだったので、普段乗って帰ってきたな、と実感させられる車両の代表が京都線特急だった。それが、特急は全て2ドア車と思っていたのに、最近になって3ドアのクロスシート車やロングシート車が特急として走り出した。そもそも特急ではなく、快速特急だの妙な修飾語がついていたりする。以前は、特急は2ドア、他は3ドア、だったので乗車位置も分かりやすかった。特急に乗るときは「2ドア」と書かれた位置に立っていればok。それが、特急にも2ドア3ドア混在するようになって、どこで待てばいいのか分からなくなる。案内板にも次の車両が2ドア車か3ドア車かが明示されてない。困ったものだ。
そしてついに2ドア車が駆逐されてしまった。Webのニュースで見たような気もするのだが、先日甲子園に行くのに烏丸駅から特急に乗ろうとしたら、ホームの乗車位置表示から2ドアが消えている。辛うじて痕跡が見て取れるだけ。うげげ。ホントにホントだったんだ。3ドア車は新しくてピカピカだけど、座席は減った。ドアのそばは対面のクロスシートになるので混むと狭くて気まずい席なのにそれが増えている。
阪神が難波に行き、車両も妙なものが増えてきたなと思ってちょっと哀しく思っていたら、阪急よお前もか。今となっては、あの鉄錆色っぽいマルーン色を懐かしく思うしかないのか。
昨日、甲子園歴史館で見かけた母校。
○大学

一時は甲子園ボウルの常連だったんですけどねぇ。いつの間にか、縁遠くなっているようで。
○高校
野球部は私がごく幼い頃センバツに出場していた、らしい。1回戦敗退してますけど。そういや、校舎に当時の写真が飾ってあったような。
野球部と違って女子は夏の大会に毎回出場している。しかも、閉会式まで残っている。
私が在学当時の選考条件は身長と容姿。天然パーマの娘それが理由で(たぶん)落選したという噂が流れて可哀想だったっけ。体育館で選考会を行っていてみんなが体育の先生の前で行進しているのを覗いたのを覚えている。白い帽子が自己負担だったとか聞いたな。担当した学校の生徒とバッチ交換したりするんだという話も。当然、国旗担当や大会旗担当になる娘もいるわけで、それは外れを引いた事になるとか。
○中学、小学
歴史館とは関係ないけど...。
西宮市内の学校の連合体育大会(中学校連合体育大会=中連体、小学校連合体育大会=小連体)が毎年甲子園球場で開かれていた。小連体は5,6年生だけ、中連体は3年だけだったかも。運痴だったので、組み体操にしか出なかったけど。芝生がふかふかしていてやたら気持ちよかった記憶がある。
小連体を主催していたのが小体連(小学校体育連合)、中連体を主催していたのが中体連(中学校体育連合)だったかと。ややこし。
以上、懐古談でした。m(__)m
四半世紀ほど前に阪神タイガースが日本一に輝いた際、歓喜のあまり道頓堀に身を投げたというカーネルサンダース(像)。サンダースというと大佐ではなく軍曹だろう、という話は取り敢えず置いておく。先年引きあげられてから行く先に困っていたようだが、因縁の阪神タイガースの本拠地近くに安住の地を見つけたようだ。阪神甲子園駅前のKFC。甲子園球場内にもKFCはあるのだが、何故かちょっと離れた場所に落ち着いた。
せっかくなので球場に行ったついでに拝顔。店の中にガラスケースに入って立っていて、それを店の外からガラス越しに見るので判然としない。写り込みも激しいし。店の中から見れば?とも思ったのだが、彼は店の外に向いて立っているので明らかに外から対面しろと言う事のようだ。ガラス越しに見る姿は何とも痛々しい。というか、彼の横にも席が用意されているのだが、ものを喰いながら眺めるにはちょっと酷な姿。地球の浸食作用の偉大さを物語っているようだ
。
私と同類がいるようで、通りすがりに撮影していく人多数。更に、その人だかりを撮影する人も、少なくとも二人はいた。(私も含めて。)

甲子園球場のスタンド下に新設された歴史館。以前から球場の歴史を紹介するコーナーがあったのを大幅に拡充した感じ。新装開店と共に、以前無料だったのが有料になってしまった。大人500円也。
中は概ね、高校野球、阪神タイガース、球場史、その他イベント、更にその他、に別れている。スタンド下のスペースを使っているので長細く曲がっている。到着したのが試合の境目の時間帯だったせいか混雑していてじっくり見る事ができなかった。展示物が多くて結構見応えがある。
○高校野球
大会期間中だからなのか、常設展示になるのか、1/3から半分は高校野球の展示だった。
過去の名勝負や名選手の紹介、ユニホームにグラブやバットなど寄贈を受けた品が並ぶ。見る人の世代によって注目する試合や選手が違ってくるのだろうな。
過去のトーナメント結果一覧なんてのもあって、思わず母校を探してしまった。
初代優勝旗なんてのも展示してあったのだが、これはもうぼろぼろ。使っている間にこうなったのか、退役して保管している間に痛んでしまったのか。
現役の優勝旗と準優勝旗も飾ってある。こちらはセンバツのみ。開会式で返納されて、今まさに皆がこれをめがけて争っているわけですな。優勝杯の内側になんて書いてあるかなんて知ってました?
○阪神タイガース
過去のタイガースの選手の活躍ぶりや背番号の変遷一覧なんてのも。甲子園に思い入れはあってもタイガースには淡泊な私としては結構スルーしてしまった。(^^ゞ でも、二十何年か前の日本一の時は興奮したなぁ。
○球場史
甲子園大運動場の時代からの変遷や、改修によって使われなくなった遺品(?)を展示している。大昔の姿は話に聞くだけだけれど、ここ40年くらいの品々は遠くから眺めていたものが多くてちょっと感慨深い。

カチワリの袋の変遷なんてコアな展示も。実のところ、こいつが一番懐かしかったりして...。(^^ゞ
端末を使ったクイズや資料の検索もできるらしい。お子さま達に占領されて深く様子を探る事はできませなんだ。球場の土層模型は歴史館の前身の時代にも展示されていたもの。
○その他のイベントとか
甲子園球場は野球だけじゃない。というわけで、過去に行われたイベントも紹介されている。戦車大会(?)なんて物騒なものもあったけど、野球に次ぐイベントが甲子園ボウル。一時は関学が常連だったんだけど、最近はご無沙汰みたいねぇ。少年マンガのヒーローと言えば野球選手かボクサー、だった時代もありましたね、というわけで、マンガのコーナーもあります。
先日久しぶりに京都駅に行ってみると、せんとくんとその仲間が集っていた。
京田辺商店街のキララちゃんと城陽市のイルミンというらしい。三人揃ったところを撮りたかったのだが、せんとくんだけ違う方向を向いているのは所属県が違うから?
近鉄の改札はせんとくんだらけ。ぶらんこ、って日本に伝わったのはいつの時代なんだろう? 普通にシカの方がかわいいと思うんだが。くす玉を引きずり落としても問題なかったらしい。
朝からどんより曇。曇っているだけじゃなく、なんとなく空が黄色っぽい。べた曇かと思ったら、空が時々明るくなる。窓から首を出して外を見ると、200~300m先のビルがわずかに霞んで見える。黄砂か。雲が切れたかと思しきタイミングで太陽を見上げてもぼんやりしている。
五条新町の陸橋から東山を眺めると、いつもははっきり確認できる清水寺の仁王門や三重塔が判然としない。反対側の西山は完全に空にとけ込んで灰色。
元々時々雨がぱらつく空模様なので、完全に黄砂のせいなのか不明だが、家の前を通りすぎる車が皆砂粒模様で斑になっていたから黄砂の影響があるのは間違いないだろう。昼過ぎに一雨二雨通り雨が過ぎる頃には薄らいできて普通の曇天っぽくなった。TVの甲子園中継を見ていると外野が霞んで見えていたからあちらも相当来ていたようで。
16日に京都駅に開業した新しい観光案内所。駅ビル2階伊勢丹の南隣、屋上への階段の間に開業している。その前はなんだったんだろう?駅に3箇所あった観光案内所を1箇所にまとめたと言う話なんだが、観光案内所は1箇所しか知らない。
他はどこにあったんでしょ?
中にはずらっとパンフレットが並んでいて自由に持っていけるようになっている。反対側にはカウンターがあって、対話型で案内を請えるようになっている。窓口によっては最大4カ国語対応。
ぱっと見たところ西洋語は英語だけだったぽい。インターネット端末も設置されているけれど、10分100円だって。たかくね? 無料化は難しいんだろうか。ホットスポット開設した方が親切な気もするけど、ニーズはないのかな。
有料のオンライン端末とは別にスタンドアロン(たぶん)のPCが置いてあって、観光地へのアクセスを検索できるようになっている。検索できる観光地は限定的なようだが、乗換案内のようにどの電車、何系統のバスに乗ればいいか、
乗り継ぎが必要なら何に乗り継げばいいかを表示する。時刻表と連携していないのが残念。まぁ、バスのダイヤはあてにならないからなぁ。案内所からバス乗り場への経路も表示されるのだが、乗り場の番号が示されないので十数個ある乗り場
(乗り口)のどこで待てばいいのかは分からない。もう一度人に聞くか、バスロータリーの案内板を見ないといけない。ここは改善点か。アンケート用紙が置いてあったけど、書きそびれたな。
伊勢丹の向かい、CDコーナー横にあった旧観光案内所は閉鎖されている。改札横にあった案内所は健在。と思ったら、観光案内所ではなく鉄道案内所だった。
京阪五条駅改め清水五条駅に向かう道すがら見かけた風景。
○頭上注意
右角のたばこ屋の軒先に「東行キ頭上注意」と書いてある。まさに東を向いて歩いている時に出くわす風景。路が狭くなってはいるが、ガードがあるわけでもなく、たばこ屋の軒も出っ張ってはいない。と、奥に目をやると、看板。確かに出っ張っているかも。一応、車も通るので、トラックなんかは引っかかる可能性があるのかな? そういや、つくばの洞峰公園脇の道路の空中架線をトラックがぶち切って走り去り、喫茶店が停電したことがあったっけ。今思い出した。(かんけいない?)
○デジタル110番
家電一般にこと寄せてはいるが、地デジ対応が目当てらしい。違法な地デジ受信機の売り込みを告発するのかと思ったら、技術的なお助けを想定しているっぽい。それなら110番というより119番な気がするけど?
○舞妓変身処
デジタル110番の2階にあるお店。着物とカツラを借りて着付けてもらい、舞妓さん風の装束にする、のだろうか? 文字にするとちょっと怪しげ。
淀駅往復に使った京阪電車。京阪乗る人おけいはん。
ラッシュ時にはイスを頭上に収納(?)して片面5ドアにする。普段は片面3ドアで、こういうイスが1車両当たり4箇所。学生時代に新聞に載っているのを見た事がある。山手線の社畜輸送車両に先駆けた仕様。座面だけ収納する山手線と違って、背もたれ+座面をまるまる天井まで持ち上げるらしい。どんな姿になるのか見てみたいものだ。山手線は社畜仕様を廃止したそうだが、おけいはんはまだやっているのだろうか?

こちらは今年中に廃するというTVカー。アンテナが1両に2本。微妙に形状が違うようで。京阪のWebを見ると、地アナ用、衛星放送用、地デジ用のアンテナを付けているらしい。どれがどれか遠目には分からず。
淀緑地で河津桜が咲いたというローカルニュース。静岡県の河津から桜を移植したそうだ。この週末には見頃を迎えるだろうと言うのでお出かけ。予報に反して青空ではなく、空が白いのが残念。
京阪の淀駅から歩く事10分くらいだろうか。唐突に道が橋になり、橋のそばと下を流れる川の脇に桜が咲いている。やや濃いめの色。ヤマザクラなのだろうか、葉も所々出ている。
同じ記事を読んだのか、カメラを持った人や散歩っぽい老夫婦、何かの団体さんがやって来ている。ヒトだけじゃなく、ハチもトリも。メジロは分かるんだが、もう二回りほど大きいトリは誰でしょう?


京阪で大阪へ向かっていると、高架から石垣を見下ろす。通るたびになんだろうと不思議だった。高架工事中で、下りだけ高架、上りは地上。上りと下りで別々になっている淀駅のうち、上りの駅が石垣のそばにある。淀城址らしい。城址なんだが、城跡公園。址か跡か?
石垣の中は公園になっていて、隣接して稲葉神社と与杼神社がある。あちこち鉄柵があって人が近寄るのを拒んでいるようだ。迂回してまわって天守閣と思しき一角にたどり着くと、また鉄柵。結局頂点は極められず。
エッグマックマフィン作成用の器具。
マフィンにバターを塗り、チーズを乗せてオーブントースターで焼く。ハムと目玉焼きを乗っけてマフィンの片割れで蓋をすれば完成。なんだが、普通に目玉焼きを造るとだらしなく広がってマフィンからはみ出す。それを抑止して成形する。
要は細長い金属板を丸めた円環状の金属。ハンバーガー屋とかレストランなら普通に常備している調理器具なのだろうか? 100円ショップでようやく発見。取っ手が付いているので便利そうなのだが、早く焼き上げる為に裏返そうとすると取っ手がじゃま。単なる円環の方が便利かも。さらにはテフロン加工されているとくっつかなくていいんだけど。焼き上げた後、目玉を外すときにスカッと外れなくて崩れちゃうの。
開校は来月ですね、きっと。
先日廃校になった植柳小学校他3校が統合されて出来る学校。元々は3年前に下京中学校に統合されて廃校となった皆山中学校の敷地。渉成園と下京社会保険事務所の隣にあり、以前にも何度か前を通ったことがある。皆山中学校は古びて味のある校舎だった。
写真を撮っておかなかったのが残念。
新校舎はなんだか下京中学校と似ている。画一的というか、同じ設計者に依頼したのだろうか? こちらはちゃんと校庭があるらしい。
閉店したのはずっと前らしい。
先日、河原町三条付近でシュークリームが食べたくなったので立ち寄ろう...、と探したのだけれど見あたらず。記憶違いで行き着けなかっただけかと、家に帰ってお店のWebを見ても店舗一覧から消えている。どうやらホントに閉店したようだ。いつ閉店したのかは不明。
画像は2年半ほど前の在りし日の姿。