宮津公設市場

天橋立は四年ぶり、かな。
今回はお泊まり。今日は移動だけで温泉でのんびり。部屋は波打ち際で、ベッドに横になっても天橋立が見えます。部屋が三階なので天に昇るよう、とはいかないのが残念。
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ichi@ケータイ。


志摩までわざわざやってきて何でスペインなのかなぁ。パエリヤを食べたかったらしいけど…。
要は単なるテーマパークかと思ったら、アルタミラ洞窟壁画の実物大レプリカやら歴史風土の紹介もあって、真面目なところもあるようで。
何故か等価原理の確認実験を体験する羽目に。垂下型とかで、手荷物やら落っことしそうなもの取り上げられた上に、辛うじて確保した眼鏡が振り落とされそうになって、気が気じゃなかった。(*_*)
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ichi@ケータイ。


今夜の宿は賢島。部屋からも風呂からも絶景かな。
今日はたくさん歩きまくったのでちかりた。けど、温泉でようやく癒えました。すっぴりぽんでとろけそうに眠いです。では、おやすみなさい。
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ichi@ケータイ。



伊勢から賢島へ移動する途中、夫婦岩にたちより。二見興玉神社というらし。
小学校の修学旅行以来何十年ぶりかな。案外陸に近くて拍子抜け。
さらに意外にもカエル王国でした。(^o^)
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ichi@ケータイ。



今日は内宮を参拝。
外宮に増して山道の大木が見事。昨日以上の大雨だったけど、そのぶん木々が生き生きしてたかも。(負け惜しみ?)(^^;)
宇治橋は架橋中で仮橋で渡河。
内宮の中の敷石の白と黒が鮮やかでとても印象的。
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ichi@ケータイ。



今年のGWは少しずらしてお伊勢さん。三年ぶりかな。
今日は外宮だけ。お社の荘厳さもさることながら、鬱蒼とした杜もすごい。樹一本一本に圧倒される感じ。
相変わらず伊勢の町は寂れていて晩飯難民になりそうな…。
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ichi@ケータイ。
18切符最後の1回をどうしようか迷ったあげく和歌山線を目当てに和歌山へ。京都は雪が降ったり止んだり身を切られるような寒さの中、出発。駅の地下街の換気塔が煙突の如く湯気を噴きだしてました。
和歌山線は関西本線の王寺駅から紀勢本線・阪和線の和歌山駅まで。何故かこの区間を直通する列車はないようで。奈良から桜井線を経由して、和歌山線3駅目の高田から和歌山線に入って和歌山まで至る列車が設定されている。王寺-高田間は以前乗ったので、奈良まで奈良線で行って、その先はこの直通列車を利用。延々3時間の乗車になります。
○桜井線
京終、帯解、櫟本、香具山、畝傍と難読駅名が続出する不思議な線区。古代遺跡の宝庫でもあるらしい。山の麓に沿って奈良盆地の縁を回り込む感じなんだろうか。ロングシート車で両側の風景をまんべんなく眺めることができなかったのでやや不明。じっくり一駅毎に遺跡を見て回るのも味なのかも。...なんだが、電車を降りて遺跡までの足がなさげ。たぶん、車向きの町なんでしょう。ひたすら乗り続けることにします。
○和歌山線
高田からスイッチバックして和歌山線。ずっとワンマン列車なのに、走行中に検札にやって来るという離れ業もやってのけます。吉野口から先が未乗区間。しばらくは山のなかというか、山の端というか、西に東にくねくね曲がりながら概ね南下。
吉野口を出て何駅か行くと、両側を山で囲まれた川沿いに海へ向かう、的な予備知識と一致する地形に出会う。といっても、川が見えるわけではない。吉野川が刻んだ谷に沿っているらしいのだが、谷が広くて川が殆ど見えない。べつに風光明媚ではありません。
河口に近付くにつれて、谷も広くなり平野に近くなる。セオリーどおり。平野が開けきった所でぐぐっと線路が南に曲がって和歌山駅。
○和歌山市線(紀勢本線)

和歌山駅から先に更に盲腸線が延びている。和歌山線が更に続いているのかと思ったら、紀勢本線の終点(始点?)らしい。おっと。東の端に未乗区間が残っていたと思ったら、西の端にも残ってました。今回で西はok。元々は、和歌山線の支線だったらしいですけど。
車両は和歌山線と同じっぽい。中には小中学生が満杯。通学列車ですな。終点の和歌山市駅は南海電鉄の駅を寸借しているようで、独自の改札はなく、南海への乗換改札があるだけ。結構おざなり(なおざり?)。
○阪和線・関西本線
帰りは、天王寺回りで阪和線、関西本線、奈良線と経由。これで関西本線は完乗。貨物支線とかあるらしいですが、無視ね。阪和線は一悶着あったですが、また別途。
○振り替え未遂
来るときは和歌山線経由で4時間がかりだったけど、帰りは阪和線経由なら2時間ほど。余裕なので、関西本線回って未乗区間を乗り潰しておこう、と考えていたら人身事故。先行する列車が人をはねたらしい。東岸和田なる駅で立ち往生。すぐに「南海電鉄に振り替え輸送する」旨のアナウンスがあったものの、南海電鉄の駅ってどこ?状態。しばらく待っても動きそうにないので、改札に向かったら、改札には長い行列。振り替え切符をもらう為の待ち行列。...かと思ったら、南海電鉄の駅に行くための路線バスの振り替え乗車券を配っているだけ。
鉄道の振り替え切符は南海電鉄の駅に行かないとくれないらしい。18切符でも振り替え輸送してくれるのだろうか、と不安を覚えつつ、バス券をもらい、案内図に従ってバス停まで行くと、数十mの太い行列。こりゃだめだ。
再び列車に戻り暫し待つと運転再開。前が支えているとか、この先どうなるか分からないとか放送しながらも1時間弱の遅れで運転。関西本線、奈良線と乗り継ぐと乗り継ぎのマージンを吐き出して最終的に京都着の遅れは20分でした。列車も空いていたし。振り替えに乗っていたら、超満員は必至だし、時間的にも得したかどうか。ま、今回は待って正解だったようで。
初めて行った和歌山。南国、のイメージを持って訪れたのだけれど、とっても寒かった。今日は日本中寒かったようですが。ざっと見た範囲ではわっ!はあんまりなかったような...。
和歌山駅の地下街、わかちか。どんなお店があるのだろう、と楽しみに降りていったら、単なる地下道でした。確かに広場があって、土佐犬の銅像がたむろする学童達を眺めてました。結構きれいに使われている様子でした。
駅前に地下街はないけれど、駅ビルには地下があって、食堂街。和歌山というとラーメン、くらいしか思いつかないので、食べておきました。味噌+醤油かな、ちょっと甘め。芯まで冷え切った身体にほかほか暖まって活力源になりました。定食に付いてきたサンマ寿司。さば寿司風で旨かった。さば寿司と違って御飯にも何か巻き込んであります。
和歌山市駅前では中学生(たぶん)が、何やら配っている。警官とどこかで見たことのある着ぐるみ君。それをPTAが遠巻きに。
迷惑行為をやめましょうのキャンペーンみたい。学校の中でキャンペーンった方がいいような気もするけど。謎のパッケージはバンドエイドでした。チリ紙より使えるかも。
前回、大ループを狙って、日没サスペンドとなり小ループに終わった関西本線の旅。今度こそ大ループを達成しようと18切符の旅。家庭の事情でどうしても出発が昼前になってしまう哀しさ、完全大ループは諦めて、前回の続きと言うことで、草津線経由で柘植から再開。これで加茂回りより1時間くらいは得したはず。
○草津線
ここは何度か通った筈、なんだが結構見慣れない風景があって驚き。最初は平野っぽい開けた先に妙にくっきりした山が見えているだけだったのが、川沿いになったり、山の中だったり。結構長い。
○関西本線
柘植を出て亀山までが関西本線のJR西日本部分。ディーゼル単線。柘植からしばらくは山のなか。季節が季節なら鼻がむずむずしそうな杉山。いつの間にこんなに登っていたのだろうと思うような山のなか。山並み、というには手が届きそうなほど近くだけど、峰が折り重なるようで絵になってる。惜しむらくはロングシート車なこと。向かいの席にも乗客がいて写真を撮る気運を逸してしまいました。
山の中から降り気味に暫し走って、亀山駅。ここからがJR東海らしい。
名古屋まで直通。土地勘がなくてあまり名古屋との関連を意識できない場所なんだが、商圏的には名古屋なんだろう。今までの山が嘘のように平坦な線路。回りには刈り取りが終わった田畑が広がりぽつりぽつりと人家がある。走っていくと、時々町並みが現れる。そんな感じ。さすがに四日市の前後は工場がどかどかと建っていましたが。
亀山駅は関西本線と紀勢本線のジョイント駅。全国放浪では関西本線-紀勢本線も走ったのだけれど、このとき乗った快速列車は途中伊勢鉄道なる私鉄でショートカットしていたので、
河原田駅まで乗ってようやく関西本線東部分を完乗。紀勢本線は既に完乗、な筈がこのショートカットの為に亀山-津、間が未乗なんだな。
この区間はTOIKAの勢力範囲。車内放送でもやたらTOICAでの支払い方法を説明していました。ワンマン列車にはTOICAの精算機をつんでいないらしく、下車時に運転士に提示して、実際の支払いは駅の入改札機で行えと。
ICOCAの場合はどうなんでしょ? 殆どの駅にある入改札機は、自動改札ではなく簡易型。入場用と出場用の2台に分かれている。タッチする場所とかで区別するよりこの方が分かりやすいかな。
名古屋駅に近づくと、ツインタワーと捩れビルが遠くに見えてくる。あまり予想しないアングル。東海道本線に対してほぼ垂直に近づいていくのね。上り新幹線に乗っていて、名古屋駅から右手に急カーブで離れていく線路を不思議な思いで見下ろしていたのだが、そこを今走っているわけだ。
○武豊線
名古屋から東海道本線に乗り換えて暫し上り大府駅へ。そこから更に乗り換えて武豊線。いや、別に行きたい所があるわけではないのですが、先月通ったときに知多半島を走る盲腸線があるのに気付いて、興味を抱いたのでした。
沿線は田畑がしばらく続いたあとは、住宅街。

概ね平坦な土地ですが、所々丘陵地帯で、斜面にしがみつくような住宅団地とか竹林のように何列も立ち並ぶ高圧線鉄塔とかがが現れる。何となく期待していた海は見えず。冬の柔らかい日差しがのんびりぽかぽか。
一通り乗り終えて再び名古屋へ。
何度も来たことのある名古屋。今更観光も必要ないので腹ごしらえ。名古屋名物といえばいろいろあるんでしょうが私的には櫃まぶしときしめん。櫃まぶしは熱田神宮境内の櫃まぶし屋。
十数年前に来たときは、境内の駐車場(?)横に今にもへしゃげそうな木造の店があったのだけど、いつの間にか南門前に移ってます。きしめんは駅のホーム。よく行ったのは名鉄の新名古屋駅地下ホーム。出張の度に昼にきしめん、夜に櫃まぶし。さすがに熱田神宮は毎回行けないので時間がないときはエスカのうなぎや。いや、懐かしい。
とりあえずエスカで櫃まぶしを喰ったら、満腹になってきしめんは入りませんでした。またこんどね。
名古屋からの帰りは、先月と同じ経路で東海道本線。名古屋から乗った新快速の座席には背もたれの真ん中部分にも取っ手が付いていました。なんで?
旧・新垂井駅も確認したかったけど、当該区間は各駅停車で垂井線を通ってしまい果たせず。といっても、日もとっぷり暮れて真っ暗でしたけど。
大統領候補でも漫才師でもない小浜線。「おはません」ではなく「おばません」と読むらしい。3回分残っている18切符でお出かけ。去年の春に行こうと思って旅程を組んでから1年近く、ようやく実行。冬の最中なのにタンポポが咲く小春日和。
京都駅からは山陰線、舞鶴線を乗り継いで2時間半ほど。ほぼ日本海な割には近い。今日は濃い霧がでて徐行したせいで列車が遅れていて、約10分遅れ。片や乗換のマージンは8分。旅程の変更を余儀なくされるかと思ったら、対向列車の待ち時間が短縮されて遅れが縮みました。単線ダイヤは元々マージンが仕込んであるのね。
京都から離れるに連れて山が深くなり、枯れ木が目立つ。常緑樹ではなく、広葉樹林なわけですな。冬でもこんなにスケルトンな木々の山を見るのはあんましないような。
「この列車はワンマン運転をしております」という車内放送を聞きながら、走行中の列車内で検札に回っている職員ってなに?(いみわかる?)
○小浜線
案外町中な東舞鶴駅で乗り換えようとすると、小浜線の列車が見あたらない。構内放送では「降りたホームの…待合室の…」と所々聞き取れない。「降りたホームの反対側」かと思ってホームを横切って見るも、列車はどこにもいない。不思議に思って、ホームを歩いていると、降りた列車の先にもう一本列車がいる。(@_@;) 同じ番線に2編成の列車が入っているわけか。連結するわけでもなく、そういう運用でいいのか?
車窓からは所々海が見える。予め路線図を見て、海岸をひた走る五能線のような風景は期待できないと分かってはいるモノのやや残念。駅が近づくと平地を走るようになり、海が見えてくる。駅を出るとやや登り勾配になって山に分け入る。時々トンネルをくぐり海は遠のく。というパターンが続く。天気は悪くないものの曇り。濃霧の残滓か、遠くの山々は霞んで濃淡水墨画風。
冬の日本海側ということで、雪に埋もれていて、ひょっとしたら吹雪かも、と思って出かけたのに、ずっと雪は皆無。約2時間の小浜線の旅の後半になってようやくまだらな残雪が刈り取りの終わった畑や田圃に出現。10cmも積もっている風ではなかったな。道路じゃないから除雪したわけでもないだろうし。根雪にはなってないっぽい。日本海側っていってもこんなもんなの?
○敦賀駅

小浜線の終着は敦賀駅。以前は地の果て的な遠さでしたが、直通列車が走るようになって便利な乗換駅になりました。路線的には便利でも、駅は不便。京都行きや播州赤穂行きが発車する4番線は5番線のホームの先を切り欠いて作ってあります。改札からの地下通路を上がってから更に150m。勘弁してよ。
小浜線の終着駅敦賀。北陸本線と聞くと遠く感じるけれど、京都からは時間を選べば列車1本で行けます。


駅の背景は雪山。雪の量は少な目だけど、さすがに北陸の名前に恥じないですな。(そういうもんだいか?) 駅舎の柱には何故か999が描かれている。時間が遅かったからか、駅前通はシャッター商店街と化してます。
朝飯以来何も食べておらず、ひもじかったので飯屋を探すと若干2軒。茶店もやや2軒。中華屋は閉店中。蟹とか海産物定食を探したのだけれど、特になし。敦賀って別に海の街じゃないのね。なので、名物らしい「小鯛のささ漬け定食」を喰っておきました。2軒とも「かまぼこ定食」というのがあって、決してお安くない値段が付けられていたのは何故だろう。とても高級なかまぼこを使っているのだろうか?(^_^;)
町中に雪は皆無でしたが、駐車場に除雪後の雪を集めたと思われる雪山が残っていました。なんか拍子抜け。お菓子屋さんで「新発売」な「ウフミルク」と「ウフブラック」って何なんでしょう?
<追記>
ウフミルクってこれらしいです。スイートガーデンって一旦潰れたタカラブネを救済した会社なんですね。
博多への行きしなに乗ったのがN700系。元旦の移動だったので帰省ラッシュの最中でも選択の余地がありました。
車内はやや明るめ。座席の色がそう感じさせるのかな? 窓はちっこくなったけど、そのかわり座席表示はおっきな文字で書いてある。揺れと騒音が変わらないのは宿命か。B席が両脇のA,C席より巾が広くなってるのが一目で分かる。全席禁煙なのは大進歩。3~4両置きくらいに喫煙所が設けてあります。喫煙所ってどんな所かと見学に出かけると...。デッキ部分にトイレスペースくらいの広さで部屋が仕切ってあって、そこが喫煙所になってました。通路の両側に一部屋ずつ。一部屋は3~4人で満員になるくらいかな。自動ドアのようで、時々不用意に開扉してます。減圧はしてあるんだろうけど、煙が漏れる危険はありますな。
懸念の窓枠と座せ肘掛けの干渉問題。真上から見てみると、ぎりぎり干渉するかしないかの出っ張り具合。実際には、肘掛けから腕ははみだすので、二の腕に当たって痛いのは変わりない。ただ、椅子に深く腰掛けて腕を身体にくっつけるようにすると窓枠の外側に腕が来るので、干渉は避けられる。窓がちっこくなった成果?
客室出入り口上の電光板はフルカラーになっている。そんでもって2段表示も可能。空調の吹き出し口が窓のすぐ上にも設置されている。しかも、風量調節可能。バスみたいだな。足元には電源コンセントが。全席に設けられているっぽい。
外に回ってみると(駅に着いてからね)、パンタはT字形。風切板が巨大なのは伝統か。車両の連結部分のカバーが蛇腹になって車体に凹凸が殆どできなくなっているのはカーブが少ないからできる技なのかも。
○地下鉄
地下鉄の行き先表示では電車が走ります。名鉄の車内にも似たような表示があったような。ホーム側のドアも装備しています。車両の規格を揃えないとなかなか実現しにくいらしい。JRと乗り入れているのにご立派、かも。乗り入れ車両だと地下鉄でもトイレがあったりして便利。地下鉄博多駅の切符自販機は十台くらいずらっと並んでいるのにカードが使えるのは改札から遠い側の二台だけ。カードを持っていたら改札を直接通って切符なんか買うなということ?
○JR九州
特急列車の車両が個性的なので有名なJR九州ですが、普通列車の車内も個性的でした。ちなみに、乗った列車は「準快」と書いてあったんですが、準快速?
窓の高さが1つだけ違うのが分かりますか? 行き先表示板がでかすぎて窓を圧迫しているらしい。ドア付近にはつり革サークルがあるし。宗教施設、ではないよね。
○博多南線続報
回送列車に人を乗せる所から始まったという博多南線。正確には新幹線ではありません。在来線特急。ここを走る列車は全て特急。
特急なのに名前はなくて、列車番号だけあります。なので、駅の案内板の列車名は空白のまま。回送列車を利用するという建前なので、下り新幹線として運行してきた列車をそのまま使います。
車内は広々2×2シート。特急料金が100円というのはアリバイ的な価格設定なのだろうか? 購入した特急券には「特定特急券」と書いてありました。
博多を出発して、マンションやら家並みに囲まれた新幹線にしてはくねくねとカーブが続く線路を約10分進んで博多南駅。駅に近づくと前方左手に車両基地が見える。あたりまえか。鳥飼よりはやや狭い感じ。と、黄色い車両。お~、ドクターイエローだ。しかも0系型。引退した筈なんだが、こんなところにいたのね。先頭の連結器カバー外され、車体も錆びだか汚れだかが放置されている。ちょっと哀しげ。
ホームは1面1線というのだろうか、片側だけ。1編成しか列車は止まることができません。列車は車両基地側に止まるので列車がいる間は、ホームから車両基地は見えない。しかも列車の発車直前しか改札を開けないので、車両基地の見学にはホームは使えないっぽいです。
駅は田舎の駅然としててややさびしい。JR西日本の駅なのにJR九州の職員が詰めているなどマニアックにはおもしろい駅らしいです。駅前には団地が広がり、閑散としていました。すぐ横では九州新幹線の高架工事中。でも、ここの風景は工事が終わってもかわらなそう。駅前のコミュニティ施設の屋内広場では受験生と思しき少年達が大勢勉強にいそしんでいたのは何故だろう?
結局、3日は名古屋行きのぞみ最終列車で帰着。名古屋行きなんてあるのね。博多発車時から指定席は満席で、途中で誰かが降りてもその駅ですぐ次の人が乗ってくるコンプリートな状態でした。でも、新大阪駅では半分くらいの人が降りちゃって、補充がなかったのは名古屋行きの成せる技か。大抵は新大阪から先が混むのにね。
博多の街で見かけたもの。
ホテル前広場にあったモニュメント。鉄板でできているらしい。他にもキリンとか靴とかもありました。コンセプトはやや不明。アジア美術館が入っていたビルの吹き抜け広場にいた巨大インコ。オウムなのかも。ここには噂の博多吉兆が閉店してました。

駐輪機。
歩道の一画を利用して設置されています。正月休みだからか閑散としてました。普段はこの数で足りているのだろうか? 少なくとも整理整頓としては歩道が広い所なら役に立つのかも。
新種のひよこ。ぺろぺろチョコ、マカダミアチョコ、グミ、巨大ひよこ。ひよこストラップなんてのも当然ありました。標準サイズのひよこまんじゅうとひよこサブレはデフォルトですね。
JR博多駅のワンポイント。

バスがなが~い。これは博多に限らないか。普段私が上から見ないだけね。発車案内が液晶モニタというのも一般的なのかな? 時刻表示で時と分をセミコロンで区切るのは何処流でしたっけ?
博多の宿。
部屋の配置がランダムなの。何かデザインに凝っているのかとビルの外からも見てみましたが、外観はのっぺりフラットでした。規則正しく並んだ側の部屋に泊まったので、ランダム配置側の部屋の中は謎のままです。

部屋では無線LANが使える、と聞いていたので、ホットスポットがあるのかと思いPCを持参したら、無線LANのイーサネットコンバータが置いてありました。PCとのI/Fは有線LAN。面倒な設定もいらず、セキュリティも犠牲にせず(たぶん)ちょっと安心。今まで泊まったLAN装備の宿は有線LANばっかだったんだけど、無線LANの宿ってみんなこういうもんなの?
電子冷蔵庫。電気冷蔵庫じゃないのね。ペルチェ素子でも使っているのかな?
OFFを堪能して、翌日帰路に就く。帰りも普通列車の旅。東京-京都間は9時間。がんばれば8時間半を切れたみたい。途中、昼飯を食う為に1本遅らしたので30分損しちゃった。乗換6回、1回の乗車時間は1~2時間前後。乗換が多いと面倒くさいけど、1回の乗車時間が長いとケツが痛い。途中混んではきたものの、大体始発駅で乗ったのでずっと席は確保できました。行きと同じく、乗り継ぎは時間的にはとてもスムーズ。
一番大変だったのは、スタートラインに着くまで、南千住-東京間。特に、上野-東京間。荷物を持った身体ではなかなか乗り込めず、何本も見送り。やっぱ上野止まりの常磐線とかも東京駅まで延伸しないとねぇ。計画は何年か前に発表されていたけど、まだ実現してないのね。
チャットで話していると、私が東京から熱海に移動する時間で、名古屋から東京まで新幹線で移動している人がいる。速いのね、新幹線は。その分、目に留まる車窓も減ろうというもの。普通列車の旅では、戸塚ケンネルセンター、牛小屋(の屋根)、戸塚大踏切、大船ぐるぐる橋、山崎ビル、廃タケダ、大井川鉄道金谷駅、弁天島廃丸文、岐阜城、関ヶ原の蛇行と眺めることができました。人生を振り返る走馬燈のようだな。
20年前に普通列車で東海道を下った時は、2泊3日かけたけど、がんばれば半日で行けちゃうとは改めて驚き。欲を言えば、途中、3両とか編成が短い割に混んでいたり、乗換にホームを何本もまたいで移動しないといけなかったり、やや不便だったのが何とかならないか。18切符の時期だから混んでいたというのもあるんでしょうけど。
東海道新幹線で7,980円+5,340円=13,320円、在来線で7,980円 、18切符で2,300円。普段の値段で五千円あまりの差なら新幹線の方がいいか。やっぱ18切符の値段だから実用的なんでしょうね。
OFF会場を目指して多摩地区へ。 ...と、その前に懐かしい上野駅、秋葉、東京駅をうろちょろ。2~3年ぶり。
上野駅は相変わらず。変わったのは秋葉。といっても、駐車場や市場ビル(相当古い?)だった所に新しいものができたと言うだけで、古いジャンク街は概ね以前のまま。いくつか取り壊されたビルがあったり、思い出深いザコン館が閉館していたりしたけれど。時間が早かったので、店は開いておらず閑散としてました。今度は賑やかな時間に行きたいなぁ。
東京駅も変化はしつつあるようで、駅地下の店が格段に増えた感じ。改札外でも八重洲の大丸が移転したとか、取り壊しになるとか。その部分は時間がなくて見に行けなかったのが残念。取り壊される前にビルの写真を撮っておきたかったのだけれど。今度来る事ができる頃にはもうなくなっているんだろうなぁ。
OFFでは懐かしい顔と再会して、大声で笑って時間が経つのを忘れて騒いでました。会場提供して、ほぼ全ての段取りをかましてくださったIさん&ご一家の方々に感謝。参加者の皆様、楽しい時間をありがとう、また来年。...って定例化されるのかっ!(^_^;)
今日は東京の南千住に来ています。明日は定例の多摩川BBQ OFF(仮称)の予定。今年は多摩川でもBBQでもないですけど。去年は悲しい出来事があって、OFF状態だったものの、楽しむという心持ちではありませんでした。ひたすら楽しむ為に集まれることに感謝、かな。
今年は青春18切符の時期に重なった(無理矢理重ねてもらった?)ので、京都-東京間2,300円でやってきました。頑張って宿も安いところにしたら、前後2泊しても新幹線より安上がりです。在来線普通列車や快速列車を乗り継いで10時間近くかかりましたけど。実乗時間は8~9時間かな。乗換6回。すいていればいいんですけど、途中混んでいたのでややお疲れ気味。
乗り継ぎがよすぎて、3分~20分しか間があかず、トイレに行くのが精一杯。途中食事休憩は取れずじまい。ちょうど昼時にロングシート車に当たってしまい、夕方まで昼飯を喰いそびれてしまいました。この恨みは忘れないぞ>JR東海。
時間短いのに跨線橋を渡ってあっちへこっちへという乗換が多かったのにも閉口させられたな。
このたびの軌跡は旅の空からiでどうぞ。№1260~№1277がそれです。
画像は今回の往復の旅程表の一部と、関ヶ原手前の雪山、南千住の道端にあった標語。

今回は放浪せずに連休終了にあわせて素直に帰還。
途中富山に寄って、白えび亭でしろえび丼としろえび刺身丼でしろえび尽くしその2。
お土産は、しろえびの刺身にしろえび蒸し寿司、しろえび煎餅、しろえびチップス、ほたる煮干、鱒寿司、湯の花ごろも(饅頭)、富山名物造形かまぼこ、他...♪
富山からの帰りの特急は指定満席で、40分以上並んで自由席を確保する羽目に。(-_-;) ま、立っている人も大勢いた中で座れただけでもヨシとしないとね。途中駅から乗ってきた団体さんは、木製の丸椅子持参で、デッキに並べて座ってました。折り畳みには見えなかったけど、持ち歩いてるのかなぁ? 男子トイレの前に置いた椅子に座ってトイレのドアにもたれているので、どうなることかと思っていたけど、使いたいと申し出たらあっさりどいてくれて一安心。
車窓からは、JinJinなる看板を発見! しつつ、途中豪雨に見舞われどうなることかと心配でしたが、帰り着いた京都は晴天でした。結局、一度も傘をさすこともなく、お天気にはまぁまぁ恵まれた連休でしたわ。よかった。
京都、富山、宇奈月、欅平、みな概ね同じ気候だったのがやや残念。避暑地はいずこ?(^_^;)


…は、晴れたり曇ったり、時々雨。ガタガタユラユラゴトゴト一時間半程の旅。
案外、涼しくはなく、じっとりしてました。トンネルが涼しくて好感。入っちゃうと景色見えないけど。
川の水が淡いエメラルドグリーンなのはミネラルのせいか? 天頂付近までそそり立つ山は圧巻。
ケロヨン、…いや、クロヨンダムへは行けないのね。
ペルセ明けの朝は早い。明け方にT&A邸に戻って一眠り。...を一旦中断して、朝市。今回の旅の第二の目的、桃もももも~!(^o^) 昨夜温泉に入った施設で朝市もやってる。ずらりと並んだ桃。単に「桃」だけじゃなくて何種類もアルっぽい。う~む、目移りするぞっ。桃以外にも葡萄や野菜もずらりん。第一希望な清水白桃他をget! むひひ。
再びT&A邸に戻って昼過ぎまで爆睡。旅先でゆっくり眠るというのは最高に近い贅沢かも。(もったいない?)(^_^;)
で、観光モード。安富牧場で馬にかじられそうになりながら(だれが?)アイスクリーム。ミルク感が濃くてしあわせ。ここで搾った牛乳で作っているらしい。馬はいたけど牛がいなかったのはなぜだろう?
昼飯は栄楽で讃岐うどん。あごだしの味がやみつきになりそう。こだわりも何でもない感じの店の構えも好き。如何にも普段使いの食い物って感じ。関西風のうどんも大好きだけど、讃岐風の味もかなり魅力。そして再び美観地区に戻って関アジの干物をget!贅沢なのか、もったいないのか。とにかく旨そうなのは確かだ。
だめ押しにモンブラン。ケーキ屋さんで4人中3人がケーキ単品+飲み物、1人がケーキセットを注文。...とやってきたケーキが9個。(@_@;) ケーキセットにはプチケーキが6個付くのね。3人は飲み物だけでよかったのかも。...いや、モンブランは絶品でした。外側だけでなく、中身までクリーム。普通ならスポンジケーキな所までクリーム。外側の栗なこってりクリームと内側の素クリーム(?)が口の中で混じり合ってとろ~りしやわせ。
と、もう帰りの列車の時間。名残惜しいけど、列車が混みそうなので岡山始発ののぞみ最終に合わせて出発。いや~、久しぶりに笑い続けた二日間。満天の星も見たし、沢山流れたし、桃も確保して、旨いもの喰って最高。
やっぱりくどいですが、車掌の肉声車内放送を録音しておきました。JR東海担当分。
岡山に降るペルセを目指して一路吉備路へ。
先日、やや大騒ぎで購入した指定券の列車に乗り込む。新大阪まで一駅は自由席。どうせ満席だろうからデッキにでも居ようか、と思いながら入線する列車を眺めていると、がらがら。(@_@;) 自由席で通路を挟んで横並び席を確保。一応、発車時にはほぼ満席になったものの、余裕気味。帰省ラッシュは何処へやら?
乗った列車は300系、こいつがデビューして喜び勇んで乗り込んだのは何年前のことだろう。デビュー時はのぞみ号専用機だったのに、いまではひかり号やこだま号に使われているのね。そう思いつつ岡山駅で降りたら、隣のホームには0系がいてました。JR西塗色は何度見てもなじめないなぁ。
くどいですが、車掌の肉声車内放送を録音しておきました。JR西担当分。
0系との対面後、伯備線に乗り換えて一路倉敷。Tさんにお出迎え頂いて、お昼をご馳走になる。一言でまとめると、鈴木・アボガドロ豆腐の鰻。6.02×10**23。前菜(?)のカボチャの冷製スープがカボチャと思えないくらいさっぱりすっきりしていて、暑さを忘れさせてくれました。その後は、ザ・倉敷な美観地区。何度来ても(って2度目ですけど)ほっと落ち着く佇まい。この日は日差しがきつくてのんびりする感じではなかったのがやや残念。春か秋がベストな季節かも。
大原美術館にはホンモノのモネの睡蓮がある。...と言われて行ってみると、前庭にありました。ホンモノの生きた睡蓮。そうくるか。ちょうど満開状態で、くっきり目にも鮮やか。絵よりもこっちの方がいいな。蓮の花は朝咲いて午後にはしぼむらしいけど、睡蓮と蓮は違うのかな?
お腹もくちくなり、散歩で一汗書いてややけだるくなった所で、倉敷科学館に場所を移して今夜の予習。Aさんの生解説。満天の星空に座り心地のよい椅子、程良い空調、優しいささやきと四拍子。...(中略)...。夏の大三角とハゲにデブ...ちょっと違うかも。(^^ゞ 上映映画が星の王子様だったのはリヨン出張中のJさんにあわせたのかな。(たぶんちがう。)(^_^;)
T&A邸でせりお君によだれの大歓迎を受けた後は、温泉でさっぱり。晩飯に今日は燃えなかった燃えるカレーを喰って、美星町へ。私が持っていった機材は、赤色懐中電灯とコンパクトデジカメ、三脚。お気楽お星見実践。でも、観望用のサマーチェアーや特製シェルター、寝袋は貸して頂いたのよね。m(__)m
最初は雲量2~3程度だったのが、時間が経つにつれて雲がやってきては通り過ぎる。そんな中で、5分に数個流れるか流れないくらいのペースでやってくる。天頂付近が多かったような気がするのは上を向いて寝ころんでいたからかな? ペルセではない流星が雁の渡りよろしく、△の編隊を組んで流れていった(ように見えた)のはびっくり。大気圏内で分解したのか?
Aさんが同僚のAさん(頭文字は同じかぁ)と真剣なプロの(?)観測を続ける横で、流れるたびに「あ~っ」「お~っ」「いや、金金金だ~っ」「金盥が落ちてきたらどうするんだ!」「一斗缶かも知れないぞっ!」「ドリフか~」と大騒ぎの素人3人。目よりも口がつかれる観望だったかも。
騒ぎ疲れた頃には雲量10となり、実質終幕。高原の風はひんやり涼しく、寝袋にくるまって避暑な睡眠。ここちよし。(-_-)゚zzz・・・
今年のペルセは岡山に降るらしい。...ホントか?確かめに行くことにしました。折しも帰省ラッシュ。何でお盆にペルセは来るのか?! いや、ペルセが先でお盆が後からだろう。誰だ、お盆の時期を決めたのは? 責任者、出て...来たら怖いだろうな、今やゆ~れい。(^o^)
いつもの18切符に普通列車でもいいんだけど、同行者が乗り物を楽しむ人ではないので新幹線。東海道・山陽区間またがるので直通列車が限られる。案外不便ね。新幹線はいつも東京-新大阪だったので気にもしなかった。一駅我慢すれば入れ替わるだろうから、自由席でもいいけれど、同行者が…なので、指定席を模索。のぞみは満席、ひかりなら辛うじて空席がある。自販機で取ったら、B席縦並び。ん~。B席かぁ。私は座席スペースをフルに活用する体質なので、苦しいかも。隣席に同じ体質の人が来たら最悪。
切符を前に暫し検討。頭の中に、両側を人に挟まれて身もだえする自分が湧いてくる。…。
改めて緑の窓口で相談すると、同じ列車の新大阪からなら通路側の席が空いている、車両の前と後ろに泣き別れだけど。ま、1時間ほどだからいいか。...と言うわけで変更。京都-新大阪が自由席、新大阪-岡山が指定席。それでも値段は変わらないらしい。こういう買い方は初めて。
ひかりだと指定席を一部区間しか確保しなくても全区間指定席特急料金が必要なので、料金は変わらない。実は、捨ててしまったB席指定を京都-新大阪だけ残しても料金は同じだったらしい。席替えokなのね。ややもったいなかった?
のぞみだと、自由席区間はのぞみ特急料金がかからないので若干安くなるそうな。ややややこし。
切符に「変更」と書いてないのはなぜだろう。変更が1回限りという制限は撤廃されたのかな?
後醍醐天皇が南朝を開いたという吉野。ミッキー吉野が参加していたゴダイゴとは関係ないらしい。
京都からなら近鉄で行くのが楽珍。なんだけど、18切符が残っているので行けるところまでJRで移動。奈良線-桜井線-和歌山線と乗り継ぎ。乗り過ごすと和歌山まで行けるらしい。倉敷は18切符シーズンだからかローカルっぽい線でも満員状態だったのに、こっちらはほぼ終始がらがら。吉野口駅のJR-近鉄乗り継ぎはホームを共用していて関所なし。それなりに便利かも。
吉野の桜は標高が低いところから順に下千本、中千本、上千本、奥千本と4箇所見所がある。下から順に咲いていくので的確に場所を選べば1ヶ月は桜が楽しめるらしい。そんなに通う気もしないけれど、いつでもおいでということか。実際に見た感じでは下千本がやや満開過ぎ、中千本が満開、上千本が1分咲き。奥千本は未確認。<追記>どうやら上千本のつもりで奥千本まで登っていたらしい。上千本も満開直前、奥千本は1分~蕾堅し、でした。</追記>
近鉄吉野駅あたりは下千本、ここらは満開をやや過ぎた感じ。あんまり本数も多くない。どこに行こうか迷っていたら、「今は中千本が見頃ですよ~」とバス会社の制服を着たおじさんが声を張り上げている。
誘われるままにバスに乗り込み揺られること約15分。山に囲まれた鞍部点みたいな所に到着。ここが中千本らしい。
バス停から見える斜面にも桜は植わっているが、感動するほどではない。一見、葉が出ていて13分咲きといった感じ。
騙されたような気分で斜面を登って尾根に出る。と、びっくり。
谷の向こうの斜面に桜が密生している。ピンクの絨毯にやや赤めの模様入り。葉っぱの赤茶がアクセント。ここの桜は一本一本を愛でるのではなく、遠目に大量の豪華さを味わうのか。「一目千本」という言葉をようやく納得。
見頃といわれても、葉っぱが出てるじゃないかと、上千本まで足を伸ばすことに。今度はバス停の反対側の天を突くような斜面を登って奥千本口行きバス停へ。息が切れる。バス停のおっさんに「中千本も葉が出て盛りを過ぎているね。」と話しかけると。「中千本はまだまだ。花びらは全然落ちてないでしょ。山桜だから葉と花が一緒に出てくるの。」だって。納得。更に聞くと上千本はまだ咲いてないらしい。実地検証しよう。時間がないのでバスで往復しようとすると、「絶対帰りは歩け。歩かなかったら行く意味がない。」って。「???」と思いつつバスに乗り込む。
やはり15分ほど揺られてたどり着いた奥千本口。奥千本の下端らしい。ここからしばらく下ると上千本。ここまで来ると肌寒い。気温が3℃くらい違うそうな。確かに桜は咲いてない。蕾堅し。たま~に咲いている桜がある程度。ぶらぶら歩いているだけでは桜の木であることすら気付かない。むしろ吉野杉の木立が端正にすらっと心地よいのばかり感じる。
概ね下り坂。楽といえば楽だが、所々にある名所は坂の上ばっか。なんたらのお社だの展望所だの。何度ももう足が動かなくなるまで上り下りさせられる。下り始めてしばらくは桜とは縁がない。展望所からの眺めも遠くの山々ばっか。それはそれで見入ってしまうくらい美しいのですが、花見に来た私の立場はどうなるのでしょうか?
下り始めて30分余り。途ようやく半ばに来て、「三郎鐘」なる見晴台に到着。ここいら辺が上千本。
お~、すばらしい。中千本を見下ろすロケーション。ぼこぼこと連なる山並みのあちこちに桜が密生している。息をのむような光景。見ていると吸い込まれそう。下り続きで足腰に来ていてふらつき気味なので余計に危ない。これがホントの「一目千本」らしい。茶店もあって一休みして眺めると最高。...時間があればね。今度来る時はもっと早く家を出よう。
そこから先は上千本~中千本に連なる桜の絨毯の脇を降りていく。所々公園になっていて弁当を広げるのによさげ。来るまでが大変ですけど。
その後は道の両側に民家が現れ田舎の生活道路となった道を延々下って中千本バス停に帰着。程なくやってきた最終バスで吉野駅へ。上千本行きのバスも最終だったし、結構毛だらけぎりぎりだったのかも。
帰りの電車の出発まで時間があるので、ケーブルカーにも乗ってみる。現存のケーブルカーの中では日本最古らしい。「ケーブル自動車」というのは社名でもあるらしい。Webで見た時はトロリーバスでも走っているのかと思ったよ。ケーブルカーの「カー」を「自動車」と直訳しちゃったんだろうか?
ケーブルカーの回りも桜だらけ。こんもりした山のてっぺんにぽつんと駅があるのを想像していたんだが、茶店が並んでそれなりの町でした。
最初の予定ではこのケーブルカーで往復してさくっと帰る予定だったのだが、上まで登って延々歩かされてしまった。明日から下半身ぱんぱんだろうなぁ。(-_-;) ま、一目千本を実感できたからよしとするか。
何故かキムチを持って倉敷再訪。
途中ガタガタ予定外の列車の旅を味わって、10分遅れで到着。ころころ予定を変えてすみませんでした>あ&つさん。
お昼時だったので、早速讃岐うどん。前々回の訪問ですっかりファンになっちゃった。今回は瀬戸内一(だっけ?)といわれる一念天。麺のコシ、ダシの味もさながら掻き揚げ天が旨い。玉ねぎ主体の天ぷらがカラッと揚がっていてほんのり甘い。玉ねぎの旨味を存分に引き出したって感じ。かけそば一つをとっても、「あつあつ」「あつひや」「ひやあつ」「ひやひや」の4種類ある。麺とダシの冷温が選べる。順列組み合わせで4種類。猫舌な私はあつひや(ひやあつ?)ん~、どっちがどっちだっけ?(^_^;) ちょうど人肌で味が一番分かる温度になって出てきました。圧巻は天かす。かけ放題。1テーブルに1桶おいてあります。全部食べたら胸焼けしそうですが...。飯屋で御飯お変わり自由、漬物食べ放題という所があったけど、海苔は煮ている?
腹ごしらえを終えたら花見。高梁川沿いの酒津公園。川から引いた導水路の両脇に遊歩道があって桜がずら~っと植わってる。桜街道。桜だらけな割に宴会客もおらず爽やか。花より同胞からのお手紙を読むのに熱心なせりお君ともお散歩。再会歓喜。満開前後の花が多く、葉が目立たない割に時々花吹雪。眺めるには一番いい時期かも。

岡山県といえば桃。なので、続いて桃見。こっち方が色が濃くて花としてはあでやか。実の収穫をしやすくする為に小振りに剪定してあるそうで、圧倒感はあまりないですが。
広々した原っぱに五重塔が聳えるのは日照山国分寺(備中国分寺)。塀や門はあるもののどこまでが境内かやや不明なオープンなお寺。本堂も縁側までは土足可というおおらかさ。黄砂と春霞にぼんやりとした日差しを浴びてのどか~な雰囲気。客殿の屋根が藁葺きというのも魅力的。
その後、晩飯は岡山名物えびめし。海老入りのデミグラピラフって感じかな? ジャンバラヤに似た色で、ぴりっと濃そうな味を連想させる。けど、味は濃くない。ソースが出しゃばらず控えめにしっかり味を付けてくれている。改めって食べると言うより、普段ふらっと喰うのにいいかも。
あ~。今回も 飯喰いに行っただけか? いや、argoカメラの設置準備作業もしてきましたよ。残念乍ら現地では完遂できず、宿題になりましたけど。ノートPCを私が担当することになってお持ち帰り。カメラはでかすぎなので持ち帰らず。代わりになるもの探さなきゃな。
作業の合間に喰ったパン屋のケーキが(以下略)。(^_^;)
小学生の頃何度も通った明石天文科学館。私とは1歳違いらしい。成長してからはすっかりご無沙汰。35年以上は行ってない。平成の始め頃NIFTY-ServeのFSPACEに明石天文科学館というハンドルで書き込みがあったのを見たっけ。パソコン教室の最中とかでResしても会話にならなかったけど。一旦震災で壊れたもののほぼ以前の姿に復活。プラネタリウムの装置が近々更新されるという記事を読んで、慌てて訪問。三十数年ぶりの再会ですな。新快速で明石まで約1時間。近い、んだが、1日で往復すれば青春18切符の射程に入ってしまう。JRって高いのね。
明石天文科学館は単なる科学館じゃなくて日本の標準時の子午線上に建っている。最寄り駅の山陽電鉄人丸前駅のホームにも子午線碑が建ってます。ひょっこりひょうたん島に串を立てたような形。懐かしいです。
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投影には時間があったのでまずは14階の展望室へ。ここからの海の眺めは格別。目の前に明石海峡を挟んで淡路島が横たわり、今では明石海峡大橋が今にも触れられそうな近くを横切る。眼下にはJRと山陽電鉄。こうやってみると明石海峡は泳いで渡れそう。

時間になって投影室前に集合。今回は20~30人くらいかな。親子連れやお年寄りが多かった。再会したツアイスは意外と小振り。こんなに小さかったけ?(^_^;) 子供の頃見てたから何でもでっかく見えたのかな? こんだけちっこい身体で星を沢山写すのか。
ドーム型のプラネなので、星空は真上に広がる。当前というか自然ですな。いつの間にかドーム型では超リクライニングシートが当たり前になったようで、椅子にもたれると仰向けにひっくり返る。(@_@;) びっくりチェアさながら。いや、座り心地は良いんですけど、投影前にきょろきょろするにはやや不都合。身体が安定しない。後ろを通りかかった子供は、こけそうになって慌てて背もたれを掴んだはいいが、背もたれがあっさり倒れてくるので結局こけそうになっておったまげてました。ストッパとかないのか?
真上に広がる星空は自然で受け入れやすい。反面、映画となると四角い画面がドーム中程に映し出されるだけ。この辺は斜投影型(というのか?)の横浜や倉敷に負けますな。「IMAX」でしたっけ、標準長整数型の最大値関数みたいな名前の投影機だと、見ているだけで乗り物酔いしちゃうくらいの大迫力ですから。(^^ゞ でも、明石の方が正統派だよな、これがプラネだよな、と思いつつ懐かしく鑑賞(感傷?)。
6本にも見える足で立つ姿は蟻さんみたい。投影が終わる頃には鎌首もたげて、ちっこくなんてないぞ!と主張しているみたい。星の数の割にレンズが少ない。あ~、一個のレンズでどの位の範囲を映し出し、何個くらいの星を担当しているんでしょ? 基本が分かってないや。
投影が終わったあとは、展示の見学。
子供の頃の記憶はほぼ失われているんだが、ほぼ唯一覚えているのは太陽系模型が投影室前のフロアにあってクルクル動かすことができた。あの頃でも既に塗装が剥げていたりして相当使い込まれたというか人気だったのだろう。さすがに当時の模型はなくなってる。その後継者みたいな展示物は動かないもののありました。連綿? はやぶさの映画を上映していた関係か、イトカワ・はやぶさの展示もあり。イトカワの模型の上にはゴマ粒のようなはやぶさまで作ってある。(^o^) ちゃんと帰ってきて欲しいですね、はやぶさ。
気になった展示物。
展示、ではないけれどプラネと観測棟(時計塔?子午線標?)の間には日時計。針は自分自身です。宇宙図も掲示されてる。ん~、眺めるにはちょっとつらいかも。家でじっくり見たいから、100円くらいで販売してくれないかしら? 子午線。鏡を使えば無限の彼方まで引くことができます。他にも標準時計とか原子時計とか、時にまつわる展示品沢山。ツアイスのことばっか考えていて、もっとじっくり時間を取るべきだった。一日かけてじっくり一つ一つ眺めていたい。
番外編。
コインロッカーも星座記号?
昔の観測機器の展示は操作の実演付き(たぶんウソ)。
「宇宙ナビゲーション」は書き込み禁止。
○明石駅周辺
明石と言えば、鯛と蛸と子午線。
ちゃんとあります。お菓子も弁当も。一応明石焼きも食べておきました。
○科学館通り(仮称)
人丸前駅から科学館まではほんの数分一本道。その道端には歴史と宇宙が混在してます。
源平合戦の記念碑(左)が建っているかと思うと、星座の図(中)が延々碑になって連なっている(右)。でも右画像の一番手前は源平に因む馬塚だって。ややこし。
○宇宙桜
毛利さんとともに宇宙を旅した桜の種。
全国に植えられたようで、明石の地にも根付いてます。けど、開花はまだ。蕾堅し~蕾ふくらむ、程度かな。隣の小柴さん講演記念桜の方はだいぶ開花が進んでいたというのに。山桜は遅いのかな。蝦夷山桜だから開花は北海道の開花に合わせる、のだろうか?
○地球桜
回りの桜は4分~7分咲き。樹によって個性があるのは毎度のことですが。まだ今年は満開っ!という桜にはお目にかかってません。開花が早かったという割に伸びが悪いですな。
焼き芋のデリバリー&せりお君醤油賞の授賞式に出席する為に倉敷再訪。もち赤の18切符。途中、いや、終始黄砂にまとわりつかれて、遠景は山水画(水墨画?)のような風情。芦屋-三宮間で六甲山が空と一体化しつつあったのにはややびっくり。曇りや雨の時はそういうのはありましたけど、薄曇りの今日はすっかり砂のせいですな。西に向かうに連れて霞が濃くなっていくようだったのは気のせいだろうか? 一衣帯水ならぬ一衣帯気ですな。
倉敷駅前にはチボリ公園。駅前遊園地というのも貴重かも。ペデストリアンデッキが広々していて気持ちよい。のどかのどか、喉から手が出る足が出る、と?
お昼は超豪華花見弁当をごちに。籠に乗っていて引き出しに入った料理というのは初めて。(^_^;) ちょっとしたアミューズメントパークですな。右端のカレーポット風の器に入っているのは豆腐。一瞬四川風かと思ったけど、さにあらず。とろっと旨い。左奥のメートルグラス風の器に入った桜の枝状の花は桜です。食べてはいけませんよ。いや、三ヶ月ぶりの再会で積もる話に夢中で食べてしまいました。(^^ゞ
で、晩飯、というかおやつ(?)にうどん。前回はあごダシのかけうどんだったので、今回は醤油うどん。醤油うどんと言うより大根おろしうどんかな。注文すると透過型の下ろし金と棒状の大根が出てくる。ずりずりずりとすり下ろしている間に麺が茹で上がりおろしと醤油をぶっかけて食べるという寸法。今回は下ろし終わっても、麺が出てこない。ん~、店のおやじさんが「これから麺をうつのでちょっと時間がかかります」と言っていたようないないような。曖昧な短期記憶。ま、打ちたて麺のしこしこ感は堪能できました。
今回は日帰りだったので、大慌てで駅まで送って頂いて無事帰宅。往復7時間、滞在6時間でした。あれっ、食い物の話題だけだな。要は食事に行ってたんだっけか?(^_^;)
慌ただしくてすみません。重ね重ねありがとうございました~>AさんTさん。貴重なお醤油、大事に使いますぅ。ちょうど切れていたところだったので...。(^^ゞ
翌朝、ゆっくりのんびり寝たあと、朝日にさんさんおはようさんと起こされてパン屋へ。むひひ、パン大好き。用事がなくてもパン屋の前を通りかかるとつい店に入ってしまう。総社市のINDUSTRYなるパン屋さん。最初は、「工場?!」みたいな名前のお店。賞味期限6時間のバゲットとかもある。脆弱、なのではなくこだわり、ですな~。確かにふわっともちっとかりっと、バターに合います。ホットサンドとバター、チーズ、野菜、のパンを買って撤退、しがてらぱくぱく。ん~、うちの近所に支店出してくれないかしら。
その後は謎の物体を開梱し、うどん屋さんへ。
うどんは讃岐、四国でしょ。と思ったら、さにあらず(らしい)。文化は海を渡る。瀬戸内海狭いし、橋できちゃってるし。ざるうどんもすうどんも、麺は腰が強い。きっと3杯も喰ったらあごがだるくなりそう。(そんなに喰ってないけど~。)ざるうどんのつゆはやや甘め。すうどんのおつい(だし、と呼ぶそうな)はじゃこ(でしたっけ)ダシであっさり。関西風のおついは鰹ダシで香りよく「味」付けというより「旨」味を強調した味。これを更に淡く、じゃこに置き換えた感じだろうか。おついの色も無色透明に近い。透明ながら薄い茶色の関西風とは違う。いいかも。関西風か、讃岐風かではなく、これはこれで時々食べたくなりそう。あ゛~、写真撮るの忘れましたぁ。(^^ゞ
更にその後、倉敷科学センターでプラネを鑑賞。
何年ぶりかな~。子供の頃は明石天文科学館に毎月のように通っていたのだが。昔は亜鈴型だった投影機が1個の球体になっているのに時代を感じる。とはいえ、球体の後ろには何段も投影機が控えている。全部でいくつあるんでしょ? 人造とはいえ、降るような星空を堪能。そういや、A&Tさんちでも京都の我が家より一桁くらいは星の数が多かったな~。
岡山食べ尽くしツアー、だめ押しは何故か赤穂のチーズ星。
ピザの本場ナポリの「ナポリピッツァ協会」から認定を受けた店のうち、本国外にある唯二のお店だとか。むひひ。パスタはやや濃いめの味付け。ピザはそれに比べてあっさりね。生地とチーズが溶け合う感じでこりゃいくらでもいけるぞっと。チーズを使わないピザ、というのもあって意外。こっちのほうがトマトの味がよく分かります。
帰りは播州赤穂からの最終列車で京都へ。休日なら野洲行きの列車が平日は姫路行きだって。なんででしょ。大阪まではすいていた列車が大阪を出る頃には通勤列車になってました。ぎりぎり、本日中に京都に到着、追加運賃なし。(^_^)v
いや~、充実した二日間でしたわ。
安い切符が手に入ったので、電車に乗りがてらA&Tさん邸までおでかけ。
在来線の東海道本線・山陽本線は、寝台特急で何度も走っているので既に完乗状態。でも、普通列車では岡山あたりまでしか行ったことない。広島や下関、山口で所々虫食いには乗ってますけど。京都からだと姫路の先、播州赤穂までは新快速が直通してる。倉敷まで行くには赤穂線に入る手前、相生で乗り換えて更に1時間半。合計3時間余り、1回乗換で行けちゃいます。新快速使うので各駅停車ではないけれど、ま、そこはそれよしなに。(^_^;)
途中、東海道本線と山陽本線の終始点を通り、明石海峡大橋の袂をくぐる。加古川を出ると左手には煉瓦の建物がずら~り。ニッケの跡地らしいっぽい。何かの商業施設に転用されているみたいな雰囲気。駅から遠そうなので途中下車の意欲起きず。母音な土地柄の相生で列車を乗り換え更に西へ。このあたりから山が岩山っぽくなってくる。土がこんもり、という感じではなく、木々の間から見える山の地肌がガピガピの岩。生えている木も約95%が落葉樹で地肌がよく見える。ちょっと殺伐系の山野でした。
倉敷駅でAさんTさんと再会~。なつかし。
ランチに仏料理を食べ、倉敷を案内して頂く。
美観地区には昔ながらの堀と町並みが残っている。町家の古さなら京都でいっぱい見てるけど、堀の回りに立ち並ぶ姿は新鮮。単純な感想だけど、時代劇風。天領だった倉敷は水運の要衝だったそうな。やっぱ水辺はいいなぁ。山も海も近いところで育った私はそう思う。堀の回りだけでなく、その回りを何重にも取り巻く家々が昔の姿をとどめている。バリバリの観光施設っぽい堀の回りより一辻奥に入ったくねくね道の方が自然に生活感が出ていて落ち着く。軒先にオート三輪が置いてあったりするのは格好の遊び場か(だれの?)。倉が多いのは倉敷だから?
倉敷といえばもう一つ、クラボウの倉敷紡績。美観地区に接して工場(?)の跡地がホテル兼観光施設になってる。煉瓦造りでいい雰囲気。寒かったのでやや落ち着かなかったけど、暖かい季節にのんびりするのにいいかも。
マンホールは藤。市の花らしい。
大和、出雲と豪族が勢力を張り競い合った(らしい)古代、倉敷地方にも第三勢力が根城を築いていた(らしい)鬼ノ城。鬼の城と書いて「きのじょう」と読む。鬼退治の鬼かしら?京極夏彦によると、勝ち残った権力に抵抗する勢力が鬼だのなんだのに言い換えられて歴史に残る(とかなんとか)そうだから、まさに攻め滅ぼされてしまった豪族のお城だったのかも。桃太郎も実はここにやって来た、とか?
下から見上げると聳えるような山の上。岐阜城を彷彿とさせる山城。海からずばーんと平地が広がっていたのが最初に出会う山なので、聳え立つ感が増幅されている。かなり上まで自動車で上がれるので恐るるに足らず。駐車場も整備され、無人のパンフレット配布機も設置されている。山城自体の復元工事も進んでいるようで力入ってます。
歴史はともかく、眺めは抜群。総社から南、岡山、倉敷が一望。瀬戸内海とかすかに瀬戸大橋(の一部)が見える。識別はできなかったけど、対岸の四国まで見えていたのかも。
夜は予想だにしなかった温泉で気絶しそうになるくらい気持ちよくなったあと、蟹牡蠣鍋を噂の塩ポン酢でごちそうになって、舌鼓。うっぷ。塩ポン酢、あっさりめでかに酢似た風味で蟹にとっても合います。当然(?)、そのあとはケーキも堪能しながら、倉敷の有名犬S君を交えて歓談。とっても温厚なS君。犬にしておくのが惜しいくらいのいい奴です。(^_^;)

帰省の一種は二泊三日で終了。
九州の鉄道はカラフルで見ていて楽しいです。帰りに博多駅で隣の線に小倉行きこだまが入線してきたので0系かとわくわくしながら待っていたら、100系でした。行きしなに岡山だったか広島だったかで0系を見かけたんだけど、写真は撮れませんでした。残念!

元旦に初詣その2に行った菅大臣天満宮は菅原道真公の京都邸宅跡。なので、大宰府天満宮にもお参りしようとしたら満員御礼。
で、近くに出来ていた九州国立博物館に寄っておきましたぁ。とっても奇抜な造りどすん。
京都から東海道本線・草津線と乗り継いで貴生川駅へ40分余り。JR、近江鉄道、信楽高原鐵道と3線の乗換駅の割にはこぢんまりとしている。駅は真新しく、橋上駅になっているのですっきりしてます。
近江鉄道は別の駅になっているけど、信楽高原鐵道はJRとホームを共有してる。草津線の電車を降りて訳分からず改札を出たものの、結局同じホームに戻る羽目に。そのホームには部分的に柵があり、自動改札機が斜めに設置されてる。柵と言っても形式的なもので人の流れを制するたぐいのものではない。要はICOCAで乗り継ぐ時に出改札記録を書き込むだけのものみたい。帰りも同じホームでの乗り継ぎだったので、改札へ行くことなくこのダミー(?)な改札機を使ってみたらokでした。
改札の外には「乗換駅証明書発行機」が! おぉ、ようやくこいつを使う時が来たか! ボタンを押すとレシートみたいなぺらぺらの紙が印字されて出てきた。つまりは整理券ですね。
何もない駅ながらも探検しどころはあるもの、あれこれ遊んでいるうちに信楽高原鐵道の列車が入線してきた。クリーム色がベースの何でもない車両。...かと思ったら、横腹にタヌキ。期待を裏切らないですねぇ。(^o^) いっそタクシーみたいに「タヌキ鉄道」とか改名しないかな?
貴生川駅を出発してしばらく平坦な田圃の間を走ったあと、ぐをぉんぐをぉんとエンジン音も苦しげに坂を上る。高原鐵道の名に恥じない走りっぷり。森に囲まれた車窓から時々垣間見える下界が田圃から山並みに。何処まで登るんだろう、と期待がふくらむ。...うちにエンジン音が軽やかになってくる。あん。高原というから上は平らなのか。登り切ったのね。木々に囲まれて視界が効かなかったのが開けてきた。高原は田圃あり、吊り橋あり、ススキが銀色に輝いてました。窯が散見されるのはさすがと言うべきか。
結構長い間乗っていたようだけど、30分弱で終点信楽駅。
言うまでもなく、信楽焼。ホームではタヌキをはじめカエル、フクロウその他大勢がお出迎え。改札を出でると、そこにもタヌキがいらっしゃいませのたすきを掛けてお出迎え。その横には無数のタヌキ、カエル、フクロウ…。更に駅舎を出ると、天を突くような大タヌキ。酒瓶に大福帳と公衆電話をぶら下げてました。NTTに就職したのか?



駅前は飯屋があるくらいで案外寂しい。駅前通をとぼとぼ歩くと数十メートルおきに焼き物屋なのか窯元なのかお店が現れる。タヌキ、タヌキ、タヌキ、ヒト、な町並みですな。
やはりタヌキは役所より山が似合います。
貴生川(左)も信楽(右)も公衆電話が変。
信楽の駅前タヌキ君が持っていた公衆電話はフツーに緑電話だったんだけど、駅舎に張り付いて設置されていた電話は家庭用。貴生川のと同じ有線放送電話だったのかな?
ところで、有線放送電話って何? 受話器を取り上げるとリクエストセンターに繋がるとか? それともCATVのIP電話? (?_?)
この日はとってもいいお天気。ナンテンが青空に映えておりました。見上げるようなナンテンってのも珍しいかも。
信楽駅には「過ちはもう二度と繰り返しませんから」な展示がありました。(合掌)
「鉄道の日記念西日本一日乗り放題切符」なるものがあると教わったので早速go!
京都―(東海道・山陽本線)→姫路―(播但線)→和田山―(山陰本線)→福知山―(福知山線)→谷川―(加古川線)→加古川―(山陽本線)→網干―(東海道・山陽本線)→京都。
計475.9km。一筆書きしなくて良いので経路設計が楽。最初は、播但線+加古川線完乗を目指して上記とはほぼ逆に山陰本線から入って福知山線に抜ける計画を立てたんだけど、
一気に東海道・山陽本線で姫路を往復した方が早いことが判明してやや無駄な経路に変更。恐るべし、新快速。京都から姫路まで約1時間半で行っちゃうんだもんなぁ。
霞む明石海峡大橋を眺めながらたどり着いた姫路駅は取り壊し中でした。というか、高架工事中みたい。山陽本線ホームは高架化が終わっていて、播但線と姫新線が地上に取り残されていました。移設が済んだ旧山陽本線ホームを撤去中、かな。ここに播但線、姫新線のホームが来るんでしょうか?
○播但線

準備播但で有名な播但線。
山陽本線の姫路と山陰本線の和田山を結んでいます。陰陽連絡線としては東端。ただし、山陰本線が日本海に出る前なので、ややちょんぼ気味。時間的にほぼ真ん中の寺前以南が電化済(左)、以北がディーゼル(中)。線路はどっちも単線(右)。路盤に草が生えてます。姫路から北上すると乗客がどんどん減っていくのでディーゼル区間は編 成が短くなるかと思ったら、どちらも2両

編成でした。紅色とでもいうのか諄目の赤い車両が特徴的。なんだけど、黄色いのも混じってました。色を決める基準は何でしょね。
険しい山の中を進むのかと思ったら、わりと緩やかな上り下りが多い。急峻な部分はごく一部でした。やや期待はずれ。今日は日差しはあるもののおぼろげな弱い太陽。薄雲があるのか大気が濁っているのか遠くの山が霞んで見える。いい具合に濃淡ついて水墨画的景色でした。

姫路駅を出てしばらく走った高架上から白鷺城が見えました。やや霞んで灰色鷺。お菊の井戸はまだ健在なんだっけ?
終着の和田山駅はすっかり田舎。ここにも煉瓦造りの建物が残ってます。なんでしょね。もう使ってないのかな?
○山陰本線・福知山線


播但線から加古川線までは山陰本線→福知山線と乗り継ぎ。
播但線、山陰本線、加古川線いずれも列車は寒冷地仕様。駅に着いてもドアは開かない。駅に着いても車掌はドアロックを外すだけ、開けるのは乗客の役目。漫然と乗っていると降りそびれちゃう。今時は開閉ボタンがドアの横に付いていて半自動な列車が多いのに、山陰本線では完全手動な列車がいてました。外側にはでっかい取っ手が付いていて異様、威容? (左)
山陰本線・福知山線の乗り継ぎ駅の福知山駅にいたみどり君(右)。
加古川線乗換駅の谷川駅には何かを指さすヒトが(中)。砲丸投げっぽいけど違うのでしょ。
○加古川線

加古川線は播但線以上に急峻ではない。ほぼ終始、川(加古川?)沿いに走っているのだけれど、その川が両側に広めの平地を伴っているので渓流にはなってないです。さらに期待外れ。列車がやけに近代的なのも意外。全線電化されてるし。田舎のローカル線と言うより、生活路線として活用されている様子。途中から何度も幼稚園児~高校生と思しき集団が乗っては降り乗っては降りしていたのもそれを物語ってました。お見それしました。私が乗ったのは無塗装1両編成のワンマンでしたが、加古川付近では2両編成の不可思議な文様の列車も走っているようです。
ゆったり流れる加古川(左)。途中、「日本へそ公園」なる駅が登場。日本のへそって何カ所あるんだっけ?(中) 「乗車駅証明書発行機」(右)。整理券の代わりかな? まだ使ったことないです。乗車証明書なら改札でもらったことはありますけど。
○加古川駅
加古川駅のホームに貼ってあった乗車位置標。と、霞む夕日。
v..V v..V
ミ( )ミ ミ( )ミ
事故で中断されていた保津川下りが再開されたというので乗りに行ってきました。前々から生きたいなと思っているうちに中断されちゃって慌て気味。f^_^;
予約は要らないのかと、保津川遊船企業組合に電話してみると、電車の時刻まで教えてくれました。京都から快速でJRに揺られること約30分、最寄り駅の亀岡へ。駅前通をぷらぷら歩くとすぐに田圃に囲まれたのどか
な田舎道。10分ほどで乗船場に到着。乗船料金に名前と住所を書いた短冊を添えて申し込む。何か大げさ、だけど船ってそういうもんか。出発時間が来ると一人一人名前を呼ばれて船に乗る。大勢いたらどうするんでしょ。この日は30人乗りの船で2艘。平日とあって少な目。
出発してしばらくはゆったり流れる川の中を櫓と竿で漕いでいきます。櫓は船縁にロープで固定しているのね。この櫓のたてる音が良いの。ぎゅっ、ぎしっ、ぎゅっ、ぎしっ。聞いてるだけで心が弛緩していく感じ。しかも、この日はほぼ快晴。無蓋の船は2πsr青空。船頭さんのおしゃべりに大笑いしながらのんびり下る。



下っていくうちに、両岸が切り立ってきて所々流れが急になる。急な流れとゆったりした所と交代交代。船頭さんは流れが急になる前に乗客に「もうちょっと右によって」と、指示を出す。
バランスを取っておかないと急流で余計に水を被る事になるらしい。船縁にはゴム引きのシートが用意されていて、水しぶきが上がったら持ち上げてよけろ、と。乗客の団結も必要なようで。
流れが急なところでは船がす~っと落ち込み水しぶきが上ル。時々川底の石に当たるのかゴトゴトッと突き上げられる感触。底抜けたりしないだろうなぁ。
途中、流れに沿って何度もUターン。というか、川が蛇行してるのね。途中に見えた笑顔山(仮称)(左)。木のないところが「⌒⌒」に見えますか? 書物岩(中)。積み上げた本のよう(らしい)。4萬册あって、誰もよまんそうな。つかず離れず川のそばを走っているのは旧山陰本線を利用した嵯峨野トロッコ鉄道(右)。鉄橋の橋桁も時代物。
結構重労働な船頭さんは1艘当たり3人体制。櫓を漕ぐのと棹さすのとどっちが大変なんでしょ? 途中2/3ずつでローテーションしてました。前と後ろを交代する時は、10cmほどの船縁を走る。「絶対押さないでくださいよ~」と叫びながら。これが一番スリリングかも。



最後の急流を越えると流れは再び穏やかに。と、前から動力船がやってくる。すれ違う時揺れるぞっ、と思う間にすれ違いざまに方向転換して横付けして来る。あげく互いにロープで結わえて二艘船状態。「水上コンビニ」だそうで。
みなが団子を食べ終わる頃に船は嵐山に到着。渡月橋を上流側から遠く見るというのは初めてかも。日差しがあると暑かったけど、山影に入ったり急流では風があって涼しかった。所要約2時間余り。紅葉も桜もなかったけど、のんびりできたなっと。
落石事故で一時中断していた保津川下り。暫定処置で再開にこぎ着けました。落石実績のある箇所は船で行かず対岸を歩くという。めんどくさ。風致地区だから落石防止工事とかできないという。ま、風化が進んだからこの景観ができあがったんだけど。いずれは恒久的な措置を講ずるそうなので、この歩く保津川下りは貴重な体験かも。
乗った船の船頭さんは事故があった船にも乗っていたとか。がさがさっという音で落石に気付いて対岸に寄せたんだけど何個かは避けきれず当たってしまったって。あそこで回避行動を取っていなかったらもっと大勢に当たっただろうと。3人がけの真ん中の席の人に当たっちゃったって。
落石は今に始まったことではないし、また当たる可能性は低いんだろうけど、対策しないわけにはいかないのね。
歩く保津川下りの説明図は手書き(左)。歩道は左岸ではなく、右岸だったんですけど、この図でいいのか?
事故があった場所は両岸がけで容易にはけが人を搬出できなかったので、しばらく下ってこの階段(右)で上の散策路まで運び上げたそうです。素人には手が出せずレスキュー隊の力を借りたって。
スリルは許されてもリスクは許されないか、観光としては。
チャットでみんなの出張報告(?)を聞いて、最近旅してないな~と京都駅に足が向く。
近鉄に乗ろうかJRに乗ろうか迷ったあげく、気がついたらた奈良線に乗ってました。旅程の候補としては、京都→木津→加茂→(柘植)→亀山→四日市→名古屋→京都の大ループと京都→木津→加茂→柘植→草津→京都の小ループ。迷いつつ列車に乗っていると、柘植の駅に列車が入る頃には暗くなってきて景色が見えない。大ループは丸一日コースだから家を出たのが15時過ぎと遅かったので無理かな、と柘植駅で小ループに決定。
このループだと、草津で改札を出ても大都市近郊区間の特例で京都→草津往復の800円で済むらしい。でも、放浪の味方ICOCAで京都駅の改札を入って、途中でICOCAが使えなくなる事に気付いて亀山行きの切符を購入して、途中下車扱いにして…と真っ正直に払ったら2940円かかっちゃった。う~む。
ま、JRもNTTもDoCoMoもNiftyも私が無駄な金を使って今のような大きな会社に育てたようなものだからよしとするか。一応、柘植→亀山の切符が手元に残ってますけど。有効期間は明日まで。ど~する?(^_^;)
関西本線は加茂駅を出てからしばらくは木津川が右に左に渓谷となってまとわりついてきてなかなかの景観でした。予備知識なしで乗り込んだので何処でどっちに景観が現れるのかわけわかめでだいぶ見逃したようではありますが。
去年行き残した瀞峡へ。
ウオータージェット船とかいうやたら水しぶきを飛ばす船で水面すれすれを飛ぶように遡っていきました。両岸の岩の節理がきれい。
バスで1時間あまり、船で1時間あまり、和歌山県の飛び地と三重県と奈良県の三重点まで行ったらしい。

熊本からちょっと回り道して博多へ。もう一泊しようかどうか迷ったんだけど、素直に帰ることに。いつまでも私が居ると九州に雨が降らないからなぁ。水飢饉回避の為一旦帰還。(^-^;
という訳でのぞみ50号車中から。

雨の予報だったのに、晴れたり曇ったり。どうせ予報は直前に出し直したんでしょうけど。あちかったけど、今までになく蒸した感じ。それでも風が吹くと涼しく感じたのでそれほどでもなかったのかな?
降り込められるかと思って、予備日&休息日に指定していたので暇勝ち。ちょろっとお散歩した後はお休みしてました。
辛島町を歩きながら天文館通を探したり、やや混乱気味。熊本駅と宮崎駅がだぶって頭に浮かんでくるし。そろそろ記憶のキャパ越えてきたかな?
熊本と三角港を結ぶ三角線。「さんかくせん」ではなく、「みすみせん」。駅名は三角で港は付かないですけど。
昔は三角港と三角西港が県随一の貿易港だったそうですけど、いまがひっそりとしています。三角港のフェリーターミナルが巻き貝型なのが駄洒落っぽくて素敵な町です。天草への玄関でもあるようですが、天草は車がないと回れないのでパスだな。
これで過去の乗車とあわせて熊本県内の鉄道は完乗。鹿児島もそうだな〜。
大分、宮崎、長崎も完乗、かと思ったらちょろっとずつ残ってる。やや残念。
大分は日田彦山線の一部、二駅。宮崎は宮崎空港線の一駅。長崎は長崎本線の浦上−喜々津間が二重になっているところの旧線部分。日田彦山線は福岡県に抜ける路線なので致し方ないけど、他は頑張れば乗れていた区間なんだよな〜。最初は完乗を意識していなかったので気付かなかった。宮崎空港線は前回の出張の時に乗ったと思っていたんだけど、出張は開業前でした。f^_^;
ま、頑張らない、がモットーなのでいいんだけど。完乗、を意識しすぎるとこの先何年も放浪し続けないといけなくなりそうだし。(^_^;)

今日は大分へ移動。
ちょっと離れていて特急で3時間。案外大分って九州の上の方にあるんだな。ずっと海のそばを走るのかと思ったら、やはり大半が山の中。陸地って海に聳える山なんだものなぁ、と改めて思った次第。山の緑もきれい。一面の緑に覆われた山を見ると嬉しくなる。けど、川や海が見えるとホッとするのは何故だろう。太古の記憶なのか?
大分は特に見るものはないし、天気も天気なので安息日。といっても昼過ぎまでは移動で潰れちゃいましたけど。この一週間、朝早かった日があったのでやや寝不足気味。
宮崎で昼前から降り出した雨は大分に着くまで強く降ったり小降りになったりしていたけど、結局大分の夜も雨。九州北部も梅雨入りしたそうだし、いよいよ雨の季節かな。...と思ったら明日は午後から晴れるらしい。あらよっと。
これで日豊本線は全線乗車。引き込み線は除いて。大分から北は前回の放浪でも乗ったのでね。
一日空いちゃったので、電車で隣の駅の宮崎神宮へ。
ローカルな名前になっちゃってるけど、神武天皇を奉っているそうな。駅前に建つ金属製の鳥居に導かれて東参道から境内へ。境内では鶏が時を告げてる。ん〜? 「これ以上動物を持ち込むな」という趣旨の立て札も立ってる。みんな放鳥していくのね。鳥の声を除けばとても閑かな境内でした。厳かというべきなのか?
更に時間があったので、電車で半時間ほどの青島へ。
ここは10年ほど前出張で宮崎に来た時に寄ったところ。鬼の洗濯板健在。あたりまえか。潮の加減も良く、いい塩梅に露出してました。島の砂が貝殻でできているのも変わらず。おまけに、駅の木製ベンチもその頃のまま、のような気がする...。十年一日。
前回寄った(と思う)サボテン公園は閉園中だって。諸行無常。
高千穂は高千穂鉄道が運行休止しているので断念。観光バスも土日しか動いてないし。ここは車必須かなぁ。
晩は、居酒屋で無理言って地鶏のもも焼きと冷や汁で晩飯。これで宮崎に来て三杯目だわ、冷や汁。猫舌の友よね。
鹿児島を後にして宮崎へ。
鹿児島には一週間いたことになる。予定より長居をしちゃった。街中は結構居心地良かった、かも。これだけいてると愛着が湧いてきちゃう。
鹿児島と宮崎は特急で2時間ほど。近い。ゆっくり宿をC/Oしても昼過ぎには宮崎に着いちゃった。ふと見ると志布志まで往復しても夜には戻ってこられる時間。なので、行ってきました。片道2時間半〜3時間。途中25分の信号待ちとか、わけわかめなイベントがあったりしてややムダ。日南線と言う割に海岸線を走るのはごく一部。殆どが山間部や山奥を走ってました。今は終着の無人駅になっている志布志ですが以前は乗換駅だったんですねぇ。昔はもっと便利だったんだろうなぁ。予想に反してスーパーや駅前食堂なんかがあって、そこそこ町です。閑散としていることはしていますがね。キャッチコピーが「海のゲートウエイ」だそうで、ドメスティックだからFWはなしかな?陸から行くより海からのアプローチの方がウエルカムなのかも〜。
宮崎は2度目なんだけど、前回は仕事で行きも帰りも飛行機という殺伐としていて旅としては殆ど無意味だったんだよな。今回ようやくリベンジを果たしたぞっと。明日は一日空いちゃったけど、名所は駅から遠いので無理せず名物の焼き鳥でも喰おうかなっと。
予定のない一日。ホントは今日桜島に行くはずだったんだけど、昨日行っちゃったので暇。ほぼ快晴であちかった。わりとからっとしてたのが救い。
港に水族館があったのを思い出してベイエリアへ。水族館では「イルカショー」ではなく「いるかの時間」なるアトラクション。芸をさせるというスタンスではなく、イルカに対する理解を深めるという方針とか。後半は古典的な芸だったんだけど、前半ではハンディカメラを持ちだして、イルカの口の中や顔のアップ、局所を見せて雌雄の区別など見せていました。意外だったのはイルカの「声」。アシスタントのジェスチャーに合わせて「声」を上げるイルカ3匹。まるで合唱。いや、録音しておけば良かった。惜しいことをした。
日蝕観測の下調べに十島村役場を訪ねると、『「十島村友好島民」募集のお知らせ』なんてパンフが置いてありました。「フェリーとしま」の運行ダイヤなんてのももらってきたけど、変わっちゃうよねぇ。役場自体は入ってすぐが住民課ってなってて雑然としたオフィス。とても観光の雑談をする雰囲気では無かったです。(^_^;)
ドルフィンポートで桜島を見ながら昼飯を喰った後、鹿児島シティービューなる巡回バスで市内を2周。2系統あるのでね。
今日も桜島は噴煙を上げていました。市街地にも降ったそうだけど、気付かなかった。
画像は仙厳園の孟宗竹。
日本の孟宗竹は島津氏がここに植えた二本の竹が発祥だそうです。
昼前に佐多岬から鹿児島に帰着。まだ半日あるので、桜島一周の観光バスの午後便に乗ることにしました。
桜島は2度目だけど、前回は船で渡った後、一番下の展望所まで歩いたところで力尽きたのよね、船津君。今回はリベンジでバスの力を借りることにしました。ぐるりんと回りながら、ここは×××年前の溶岩、ここは××年前、と言われるんだけど、至る所溶岩だらけだからよくわからん。(^_^;) 確かに植物に覆われる程度が古い物ほど激しいようですが…。
間近に見る山は圧倒的。草木に覆われている所もあるけれど山頂付近になると岩が剥き出し。島の至る所に待避壕があるのはさすが。火口に近い地区では一家に一個待避壕がありましたわ。
最初はガイドさんも、「今日は噴煙上げていませんねぇ」と言っていたんだけど、バスを所々で止めて解説していたガイドさんが「お、今噴き出しましたね」って。丁度目の前で噴煙を上げだしたのでした。最近は噴煙活動が低調なんだけど、山体自体は(年に?)10cmふくれあがっていて、なんかやばそうと学者連が心配している、とか。でも、そこに住んでいる人たちは平静。噴煙が上がろうと気にしてないそうで。根底には不安もそればっかり考えてるわけには行かないですね。
バスが噴煙の風下に回っていくとなにやら遠景が霞んでる。火山灰って降ってくるとこう見えるのかというのも経験できました。

<追記>
この噴煙、15:21に撮った右の二枚の画像には写ってます。その前から水蒸気とも雲ともつかないものが立ち昇ってはいました。噴煙を見たガイドさんが「いつもと
違う火口から噴煙が上がってますねぇ。変ですねぇ。」と言っていたのですが...。どうやらホントに変だったみたいです。
「桜島・昭和火口付近から噴煙、60年ぶりに確認」というニュースが流れています。(argoさん情報ありがとうございます。)
急遽訪れた佐多岬。いいお天気でした。今回の旅の中でも一番晴れたんじゃないかな。大正解。
鹿児島から船で大隅半島まで渡ってから、岬の手前にある宿までバスで2時間かけて一旦移動した後、岬行きのバスに乗り換えて約20分。ようやく岬に...着かない。そこから更に有料のトンネルと遊歩道を通って歩くこと約15分。アップダウンはある、尾根道を縦走すると結構な運動が必要です。
へとへとになりながら着いた岬は絶景。海が青いというかエメラルドグリーンだったりする。本土の南端制覇。(^^)v
途中のレストハウスや岬の高台に建つ展望台は廃墟になっていて立ち入り禁止。唯一レストハウスのトイレだけが使えました。うち捨てられた感じがなんともシュール。せめてベンチでもあればゆっくりできるんですけど。DoCoMoの覆域マップでは岬一帯は通信不能の筈だったんだけど、圏外だったりバリ3だったり安定しないけどたまに通信可能。小一時間かかってGPS測位して画像を送っておきました。
最初は夕方着いて翌日岬に行くつもりだったんだけど、よくよく見直すと日曜ダイヤでは岬に行けないことが判明して更に急遽変更。土曜の朝一で移動して岬を見てから宿に入り、翌日も朝一で鹿児島に戻ることに。そのうえ、朝一のバスだと、乗換なしで宿と港を往復できる。田舎のダイヤって概ね不便なんだけど、一便だけ連絡が良かったり直通だったりすることが多い。まるで、この時間に行動しろと言われてるみたい。ほっといて、と思うけど従わないと面倒なので逆らえないのよね。
今日はえびの高原をドライブ、電車で。
鹿児島中央から、隼人、吉松、都城経由で鹿児島中央まで一周。ん〜、結構フツーに高原の風景でした。(^_^;)
午前中は雨が激しく降っていたのでどうなることかと思いましたが、列車に揺られているうちに雨が上がり雲が切れて陽が差してきました。梅雨の戻りは半日だけね。結構順調ぢゃん。
明日も晴れたり曇ったりと降らないらしいので、佐多岬に行ってきます。天気良くて元気あったら行こうと狙っていたんだけど、天気予報がはっきりしないので躊躇してたの。ようやく晴れの予報が出たので急遽予定を変更。バスだと行くだけで一日がかり、と思っていたんですが、よくよく調べてみると頑張れば日帰りも可能。でも、頑張らない、をモットーにしているのでゆっくり泊まってきます。PHSは無論、ケータイも通じないみたいなので、通信レスな二日間になりそうです。

鹿児島でフリーな一日。いや、ずっとフリーですけど、私は。(^_^;)
とりあえず市電を完乗。こちらも熊本同様2系統しかなくて簡単。ただ、線路のトポロジーは「R」のように一端が閉じてる。とはいえ閉じている部分では乗り入れているわけではないので心配はご無用。
その後はちょっと放浪用品の買い足しをして、鹿児島の銀座天文館界隈をお散歩。かるかん買いましたぁ。これを買いに来た、と言っても過言ではないくらい楽しみにしてたの。外郎の白とならんで、かるかんは私の好きなお菓子。あんこなんか入れちゃダメですよ。あの雪のような白いふわふわにほんのり甘〜い味わいがいいの。混ぜ物も不可。
昼には黒豚わっせぇか丼、夜は鰻釜飯にきびなご刺身。鹿児島が鰻の特産地だとは知りませんでした。鰻と来れば鰻パイの浜松か柳川なんですが。きびなごはきらきら光ってお美しい。あのちょっと喉に引っかかる感じの味と食感がたまりませんわ。
今日は曇り。やや蒸しっと感が高くなったな、と思ったら夜になって降り出してきました。明日の午後には止む予報ですがどうなることやら。
画像は天文館通の天文館跡の石碑。島津藩で独自に暦を編纂していたそうで。その編纂所が明時館、別名天文館だそうです。
鹿児島に到着。九州縦断終了。
鹿児島へは、九州新幹線と引き替えに人身御供に出された肥薩オレンジ鉄道で南下。全線通して乗っても3時間あまり、海あり山ありで眺めのいい路線。休日には「観光列車」を走らせているらしい。でも、観光客っぽい人をあわせても数人しか乗ってないんじゃ先行き危ないですねぇ。トンネルばっかで窓がないに等しい新幹線よりはよほど乗ってて楽しいんだけどな。ま、新幹線の方が早いし楽ですけど。
今日もいいお天気。もやっているのか日差しが柔らかい。空気もさらっと乾いて爽やか。...って昨日とおんなじ。(^_^;)
宿は海を挟んで桜島の真ん前。展望風呂の湯に浸かっていると、錦江湾が湯船になったみたいで桜島と一緒に風呂に入っている気分。
今日もいいお天気。もやっているのか日差しが柔らかい。空気もさらっと乾いて爽やか。
かつては鹿児島本線だったという豊肥線の旅。艦砲射撃を避ける為もあって海岸を避けて内陸に直線的に敷設したのだとか。
球磨川に沿って山を登りその先で峠を越える。特急くまがわ、観光列車いさぶろう、特急はやとの風を乗り継いで途中から日豊本線に入って鹿児島中央に至ります。更に途中、くまがわ鉄道にも寄り道。昨日までの歩きまくり、ではなく乗りまくりの一日でした。
観光列車ってなんじゃい、と思ったら、景色のいいところでは駅でなくても停まり、見どころのある駅では何分か停まって見学する。車掌さんが車内販売も名所の説明もするし、見学中は撮影係まで担当してました。まるっきり観光バスの列車版ね。バスと違ってきまったコースしか走れない列車でよくそんなもんが作れたなぁ。それだけ見どころがあるってことなんでしょうけど。JR九州の列車は結構凝ってる。今回乗った3列車とも内装は木調でやや古風。
球磨川の清流と急流、ループにスイッチバック、日本三大車窓、SL展示館、現存最古の木造駅舎などなど、かなりマニアック。乗る人を選ぶでしょうな。私的には満足度高かったですが。
帰りには九州新幹線に乗って、現行新幹線完乗達成。800系つばめ号の車内は700系と似てました。流用したのかな?2+2シートだったのでゆったりしてて良かったです。
球磨川下りをしなかったのがやや残念。駅からの足があるのかないのか分からなかったのと、人数が少ないと欠航するらしいので敬遠しましたぁ。
島原から熊本まで船とバスで移動。ほぼ最短コースなので、実乗時間は1時間ほど。近い近い。
宿に入るには早すぎたので、かねてから噂の熊本電鉄のあおがえるに再会しに上熊本へ。いたいた。所々改造されているけれど、昔の姿。つり革まで昔のまんま。私が就職して東京に出てきた時に通勤で使っていたのよね。思わず、がらがらの車内で意味もなく吊革につかまってしばし思い出にふけってしまった。
熊本は路面電車の町。宿の前をがたごと音を立てながら走ってます。明日乗ってみようっと。

午前中に雲仙で地獄巡り。
硫黄臭と湯気がもうもうとたちこめてる。島原温泉とは全然違う。小浜、雲仙、島原は一連の温泉なのに温度が違うから泉質も違うらしい。とはお山の情報館情報。
今日も平成新山は雲の中。

雨後曇り、夜中再び雨。
島鉄のトロッコ列車で平成新山と復興の様子を見た後、島原城、武家屋敷街、鯉の泳ぐ町と歩きまくりあげいん。
災害に立ち向かう人達の姿は感動的。肥後は眼前。武家屋敷では我が家を発見。

武雄温泉から島原温泉へ移動。
途中、諫早で城跡を見てきたけど、天気良くてあちぃ。蒸さないのが救い。
島原が案外でかいのに驚き。島原鉄道がのろいのかな?噴火の跡はよくわからんかた。明日リトライだなぁ。

今日もいいお天気。
昨日と反対方向の佐世保経由で松浦鉄道に乗ってました。
佐世保はJRの最西端の駅、松浦鉄道のたびら平戸口は鉄道の最西端の駅だそうで。これで東西南北端の駅を制覇。最南端は下車せずだけど。

今日は晴れ。
肥前山口駅でビッキーくんに会った後、吉野ヶ里歴史公園と佐賀城跡を歩いてきました。歩きまくり。
最後は有明海と玄海灘を喰って〆。
宿では修学旅行の中学生の咆哮と地響きがしてます。
最初は佐賀の武雄温泉。佐賀には出張で鳥栖に何度か来たし、呼子でイカも喰ったんだけど、ゆっくり観光するのは初めて。ビッキー君もいるしね。
来てみたら、何もなくてびっくり。静。PHSも窓際に来ても圏外すれすれ。う~む。温泉街の真ん中に竜宮城まがいの「楼門」が建っていて更にびっくり。宿の仲居さんに聞くと、武雄温泉って千三百年の伝統を誇る由緒ある温泉で、楼門はその発祥の地だとか。楼門の中には共同浴場があって、建物の設計者が東京駅を設計した人と一緒で...(以下略)。
道後温泉本館みたいなもんかな? 宿の温泉も気持ちよかったけど、あっちも心地よさそうね。ここにいる間に行ってみようっと。
今回の旅は易乾燥素材の衣類を集めてきたので、どこまで毎日洗濯生活が簡素化できたかの実験でもあります。ライブカメラ機材も置いてきたので中継はなし。こっちも前回以上の易搬システムを組めないかなぁ。
この時期を逃すと、梅雨、夏休み、秋の行楽シーズンと続くので、また去年と同じ10月になっちゃう、と思って出かけてきたんだけど、今年は梅雨入りが早いみたいね。宿に着いて一休みしてるうちに降り出しました。明日は回復するらしいけど、前途多難っぽい。
| 今日はほぼ快晴の一日でした。でも寒かった。もう冬晴れ? 街では官製年賀はがきを売り出してるし、デパートではクリスマスケーキだのおせち料理だのの予約受付してるし。いつのまに。 |
総移動距離:7,162km 主たる移動:6,724km うちJR :6,076km 総移動距離は、鉄道、船、バスの総合計。船やバスは営業キロなんて公開してないから地図で適当に拾いました。観光の為に同じ所を往復したり、路面電車に乗ったのも含んでます。遊覧船は航路が不明なので入れてないや。友人の車で北海道走り回ったのとか、ちまちま郊外電車に乗ったのも計算外だな。ま、結構ざっぱな数字です。 主たる移動は、おっきな荷物を持ってえっちらおっちら(網棚に置いてたんだけど)移動した距離です。これも船とバスは概数ですわ。 うちJRは総移動距離の中のJR分ね。 画像は移動経路。水色、緑色、紫色がおのおの第一部(京都→釧路)、第二部(釧路→長崎)、第三部(長崎→京都)の経路です。(白地図は株式会社地理情報開発のWebから頂きました。) 30泊31日の旅でしたが、なるべく一カ所に2〜3泊するようにしたので、移動自体はわりと少な目でした。 |
黒いのがカート付きの鞄。出発時点で20kg超ありました。途中でお土産を含んで斬増傾向にあった模様です。コインロッカーの600円コースでないと入らない。 この鞄がネックでした。網棚とか荷台のない乗り物では、実質的に二人分の座席を占拠することになるので、よほどすいてないと乗ってられない。網棚に上げ下ろしするにも腰に来るし、まわりに人がいるとじゃま(お互いに)。せめてこの2/3、コインロッカーの300円コースに収まるくらいにしないとねぇ。移動ライブカメラキットとか入れてるのがいけないのかしら? プリンタは置いていったんですけど...。 |
鞄と並んでネックだったのが洗濯。コインランドリーがあるところまで洗濯物を溜めて一気に洗う予定だったけど、案外コインランドリーがある宿ってないもの。近所を探してまわるのも、長期滞在ならまだしも、2〜3泊しかしない日程ではもったいない。仕方ないので、途中から毎日手洗いするようにしたんだけど、つらかったな〜。寝間着に着替え終わってから洗濯するものだからどうしても夜中になるので眠いし。ついつい夜出歩くのも控えめになっちゃう。翌朝までに乾かない事もあると厄介。 固く絞りすぎて、ハンカチをねじりきってしまったこともありました。(@_@;) ドライヤーとズボンプレッサーも試したんだけど、いまいち。唯一、ドライヤーに靴下を履かせると一気に乾いたっけ。結局、洗濯後バスタオルでくるんで足踏みして脱水するクロマトグラフ方式が一番効果的でした。脱水機にかけた状態くらいまでは乾くのであとは部屋干し。それでも天候によっては乾ききらなかった事もありましたけど。最後は着て乾かす、というのもありますね。きもちわりぃですけど。 洗濯物の絞りすぎで親指の付け根の皮がむけちゃった。洗剤で手荒れはするし。 長旅の最大の敵は洗濯物だな。誰か、超小型の洗濯乾燥機開発してください。一時、一人用の小型ランドリーが売り出されてたと思ったけど。そういうのがユニットバスに仕込まれてホテルの標準装備にならないものかな。 |
3時間ほどのバスの旅を終えて京都に帰り着きました。 最後に通ったのが本四架橋の神戸淡路鳴門ルート。これを渡れば、別府からフェリーで松山入りした分も含めて、瀬戸内海蛇行一筆書きができあがります。もちろん本四架橋三ルート制覇もね。 大鳴門橋は5年ほど前に渡ったんだけど、うちから一番近い明石海峡大橋はまだ渡ったことがなかったの。父の実家が橋のたもと近くだし、何度も姿は見ているんfだけどねぇ。 |
最初に渡るのが大鳴門橋。橋自体は昨日下見(?)してきたとおり。やはり横からのショットは望めず、橋を真正面に見るだけでした。今回の座席は1番A席でポールポジション。前の視界が開けていたのでラッキーでした。 数分もかからず橋を渡った後は、淡路島。しばらく陸路が続きます。 しまなみ海道に似てるけど、スケールが違う。日本一のでかい島ですから。棚田や段々畑、こんもり山岳もあれば渓谷もあります。30分は走ってたかなぁ。島の北側に近づくにつれ、島が細くなり左右交互に海が見えるようになる。そして、対岸に明石から神戸にかけての町が見えてくる。むふふ、いよいよだよん。 |
こちらは渡る前に横顔を見せてくれました。でも、走ってると大きさをあまり実感できないや。画像も大鳴門橋と似てるでしょ。(^_^;) ともかく、これで三ルートとも制覇しましたわ。大都市圏や既存の路線からこんなに近くにある神戸淡路鳴門ルートに鉄道引かないでどうするんでしょうねぇ? |
ま、渦が見えるわけでもなく、明石・神戸の街並みと海が見えるだけです。夜は綺麗なんだろうなぁ。 |
郵便ポストの上で踊る人々(左)。富山では薬売りの行商さんがいたし、ポストの上ってエンタな場所なの? いってらっしゃいバス(右)。前はどうなっているんでしょうね? |
| 久しぶりに帰ってきた京都は寒いや。半袖の綿シャツ来てるせいもあるんでしょうけど。明日一番で長袖を出さなきゃねぇ。(^^ゞ 第四部はいつ始めましょうかねぇ。(^_^;) |
ふと、前回来た時は鳴門の渦潮がよく分からなかったのを思い出し、行ってみることにしました。幸いにも、大した距離ではなく、朝飯をゆっくり喰って出かけても十分遊ぶ時間が取れそう。帰りも足がなくなって途方に暮れる心配もなさそうだし。 |
まずは観潮船に乗って橋の下へ。ん〜、よくわかんない。(^_^;) 船が頻繁に方向転換するのでその航跡で渦が出来ているような気もするし。渦ではなく単に潮がぶつかっているだけのような気もするし。う〜。 でも、潮の速さは実感できます。それと、波が複雑に立って船がゆらゆらではなく、ガツンガツン揺れるの。まるで何かにぶつかってるみたい。こっちも迫力だ。うかうかしてると海に落っこちそうよ。 |
そのアクアエディ号は高速艇とやらでスピードを出すこと出すこと。上部露天甲板に上がったらもう潮かぶりまくりで、眼鏡は斑点。舌なめずりすると顔はしょっぱい。(>_<) |
水が澄んでいるので、渦の中心部で泡が水中深くまで引き込まれている様までよく分かります。迫力には欠けるものの、渦を見るなら上からの方がいいですな。 あ、400万人記念の福引き、大谷焼きの湯飲みが当たりました。ありがとうございました。「渦の道!」とかかいてあるのかと思ったら、渋い色合いのまじめな湯飲みでした。どっかに書いておかないと忘れそうだな。(^_^;) |
くるくるくる〜。 洗濯機を縦回転型に替えてからは家でも渦をあまり見かけなくなっちゃったんだけど、ここにあったか。 |
あと、謎の階段は健在でした(中)。「どこいくのや〜?」「ちょっと底まで」??? 鳴門駅−鳴門公園間のバス路線にあった停留所(右)。「の」。表示が一部しか写ってないわけではないですよ。停留所は乗降客がいなくて猛スピードで通過したので写せませんでしたわ。みなさんは三重県の県庁所在地「つ」と、この「の」、どっちが好きですか? |
松山市駅から高速バスに乗って一路今治へ…、向かうはずがずっと下の道を走ってました。節約かなぁ? でもおかげで海岸線とか漁港のそばを走ったので海を間近に見ることが出来ました。水が澄んでいて綺麗ですね。 なんかあんまり海を渡ったという気がしなかったです。途中の橋には自転車や原付用の脇道がある所もあったので、そこをのんびり渡った方が気持ちよさそう。 とにかくでかい島の多いこと。ホントはこのルートだけで良かったんじゃないの? 鉄道は通しにくかったかも知れないですけど。 しまなみ海道のバスは福山に着くのでそこから山陽本線を上って岡山へ。京都はもう一息なんですけどね。あと30分ほど普通列車に揺られると京都行き特急に乗れるんですが、乗りません。もうちょっと蛇行します。 |
快速マリンライナー号の車両が更新されてるんですね。なんか丸顔というか表情がきつくなってる。この5年間の間につらいことでもあったんでしょうか?世間にもまれたのかな? おまけに先頭車両の中央部分は二階建てになってるし。「香川=岡山 桃太郎ネットワーク」だそうです。 |
まずは、昼のすいた頃を狙って道後温泉本館へ。昭和の終わり頃、友人の車に乗せられて松山に来たことがあります。松山城には登って、上の茶店でところてんを食った記憶はあるんだけど、道後温泉本館は友人の「ここはいいよな」の一言で前を通過するだけで終わった、ような気がする。それ以来、一体どんなところなのだろう、と気になって仕方のなかったところなのです。 松山に寄ったのはそんな忘れ物を取りに来たようなものでもあります。 そういえば、友人と松山に来たのは瀬戸大橋が開通した夏で、私が前の会社(前の前の会社?)を退職した時、次の就職まで一ヶ月間をあけて、旅に出た折でした。鎌倉を出発して、青森へ行き、海底駅の見学をしながら青函トンネルをくぐり抜け、函館で青函博を見て、連絡船で青森に戻り、鎌倉まで帰る、続いて東海道を各駅停車で下り、途中金谷からまだ古い路線だった井川鉄道を登って金谷ダムから静岡に出て、再び各駅停車で西宮に至る。更に友人の車で瀬戸大橋を渡って四国を巡る。今となってはディテールがあやふやなんだけど、そんな旅をしてました。規模も期間も違うけど、今回と似たようなことしてたんだなぁ。今思い出しました。 ところで、ところてんは黒蜜ですか?酢醤油ですか?私は黒蜜だと信じていたんですが、酢醤油で喰う地方もあるようですね。お菓子かおかずかの違いでもあるようです。 |
ところで「湯玉」ってなに? で、道後温泉は白鷺が発見したんだそうで、(発見したことをどうやってヒトに知らせたんだろう?)塀には白鷺のオブジェがいっぱいついてる、湯玉と一緒に。 |
湯上がりにはお茶とおせんべいを食べながら座敷で涼める。お店の(?)人が常に控えているのと整然と座布団が敷いてあるので、寝転がるのは無理がありましたが、縁側から外を眺めながらぼーっとしてると至福の時ですな。 涼んだ後は玉座のある又新殿と坊ちゃんの間を見学して退場。又新殿は傾斜地に建っている本館の山側にあるので2階とは家いえ実質的に半地下になるので薄暗かったです。今は各旅館に温泉が引かれているので、行幸があっても宿で入浴されて本館へのご来臨はないそうな。もったいないですねぇ。でも、こういう間が残っているところが歴史なんでしょう。坊ちゃんの間は3階。個室の中の一室でした。3階個室の方が風が通って涼しかったな〜。今度は個室にしようっと。 |
一回乗車で150円。長崎に負けてます。でも、一日乗車券が300円。二回乗車分の値段で一日乗り放題とは何とも意欲的。フリー切符は松山の勝ち。(^_^;) 車両の種類としては二種類で、旧型の車両と、超低床式の新型車。数は半々に近いんじゃないかなぁ。旧型車の方が多いですが、新型車もかなりな頻度で走ってます。 11月からは非接触式のICカード定期券が導入されるそうで、車内の料金箱にはセンサーが装備されていました。 |
創世記の頃の伊予鉄の列車の復刻版ね。エンジンは蒸気機関ではなくディーゼルになっているそうですが、車両などは出来るだけ当時のものにあわせたそうです。行き先案内を肉声でするのと同時に、簡単な坊ちゃん列車の紹介も車掌さんがしてくれました。 車内は木造で確かにレトロ。「マッチ箱のような」という表現がぴったり来ます。サスが堅いのか、座席が木製だからか路面のごつごつがお尻にもろ響いてくる。これも当時のままなんだろうか? |
客車は2両あるから面倒、かと思ったら、対称に作ってあるから廻す必要はないわけで...。こりゃ一本とられましたな、ははは。でも、機関車と連結する時は車掌が手で押したり引いたりして運んでました。軽いのね。 |
路面電車が普通の(?)電車の踏切を渡る箇所があって、そこがダイヤモンドクロスになってるの。西宮北口で廃止されて以来かも。ここにもあったのねぇ。 ダイヤモンドクロスを渡る時のダダッゴットンダダッという音も懐かしく聞きました。 |
下関経由でもよかったんだけど、新幹線を使いたくなかったのとこの後の経路の都合で海路四国入り。船にも乗ってみたかったしね。 出航前、出港直後、航海半ば、そろそろ港か?を測位してみたんだけど、どうでしょ。 フェリー自体は大分を16時過ぎに出向して松山、今治、神戸と明朝5時半まで走り続ける夜行便。私は20時前に松山で下りましたけど。 サンフラワーかと思ったら、ブルーダイヤモンドでした。船体に描かれているのも旭日ではなくいるか君。サンフラワー号って私が子供の頃就航したんだよな確か。連日のようにTVで宣伝してたのを覚えてます。 |
展望大浴場ってのもあるのね。入ってみたかったけど、荷物が盗難されやすいとひっきりなしに放送してるので怖くて入れませんでした。フリースペースは鉄道の比ではないし、船旅もいいかも。鍵のかかる個室をとってね。 甲板に出てみると何故か煙突が一部シースルーでした。雨交じりのお天気だったので、海の景色は楽しむというほどではなかったです。 熊野灘ほどに揺れることもなくなめらかな航海でした。 |
別府は湯の町、町全体が温泉街なんで、飲み屋は多いんだけど、飯屋が少ない。そんな中、商店街に置いてあったお店ガイドで調べてようやく見つけたまえだとかいう定食屋さんを訪ねました。一昨日行っただんご汁屋でもいいんだけど、海鮮系をまだ食べてないので、今回のテーマは生魚。 お店では、飲み屋ばっかでね〜、ご飯食べさせてくれるところがなかかかなくて、私酒飲まないから...、と愚痴ると、お店の人も、自分も飲まないので..、.と分かってくれた。知らずに行ったんだけど、魚屋さんが経営しているお店だそうで、丁度良かった。関さば+刺身定食で約3k\也。このくらいなら懐も痛くない。(^_^;) 関さばは歯ごたえがしこしこ強く、味も濃いめでした。なる。そもそも、さばのお造りってなかなか口にできないのよね。 今回の旅で海鮮系をこれだけの満足度で喰ったのは初めてかもしれない。海鮮好きよ。 |
多分、家庭ごとに具や味付けが違うんだろうなぁ。お袋の味? |
海地獄、鬼石坊主地獄、山地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、血の池地獄、龍巻地獄の八湯だそうで、各地獄ごとに違った温泉が見られます。大元は同じなはずなのに、噴出する場所によってこうも違うものなのか、不思議な感じ。 噴出場所の局所的な条件で決まる要素は別にして、色などは湯に含まれる成分で決まるようなので、温泉の成分って噴出寸前の地層から溶け込むって事なんだろうか? 海地獄は青かったし、かまど地獄の三丁目は青かったけど時々緑に変わるという、血の池地獄は赤かった。かまど地獄に及んでは、一丁目から六丁目までちょっとしたな所の違いで様態が異なってました。 |
沼だか粘土だかに噴出すると、噴気がねっとりして坊主頭に見える。んで坊主地獄。 空洞がバッファになって、間欠泉になったのが龍巻地獄。 いくつかの地獄では、温水を利用して南方の動物を飼育してました。フラミンゴ、コンドル、象、カバ、ワニ、ヤク、ピラニア、…。いいのか? |
まっすぐいってもいいけれど、博多経由の方が早いと乗換案内が言うのでふらふらっと北回りを選んでしまいました。南回りでえびの高原経由というのもいいなぁ、と思ったのは長崎を離れてから。あらおそかった〜。 長崎から博多までは白くないつばめ号。同じつばめ号でも「白いつばめ号」というのがあって車両がホントに白いようです。白くないつばめ号の内装はヒョウ柄で統一されてる。座席も床もカーテンも。私が乗った車両の座席は橙色のヒョウ柄でしたが隣の車両は紫のヒョウ柄でした。どんなセンスなんでしょ? そうそう、根本的な構造も不思議で、乗車の為のドアが車両の端ではなく真ん中にあるの。で、「A室」と「B室」に分かれてる。北海道の車両でも似たようなのがあったな〜。禁煙席とかグリーン車を設ける時に短い編成だと1両まるまるという設定は難しいので、1両の半分が単位になるようにしているみたい。北越号でもグリーン車を半両にする為に無理矢理隔壁設けていたから、これを組織的にやってるわけね。 でも、お婆さんが自分の指定された席がないと途方に暮れてたりしました。わかりにくいね。 |
ヘッドレストがミッキーマウス型をしていて左右真ん中の部分が色分けされてる。後ろから見ると分子模型みたい。 デッキ部分には巨大窓が。他にも寝転がれるようにベンチシートも設けてあったりするし。諸々何から何まで個性的な九州の車両です。ワンダーランド。 |
斜めながら部屋から海が見えます。今回の旅で唯一の和室。やっぱ畳だよね。でも、布団敷いたり上げたり干渉が多いのが難点。 駅前が猥雑に開けていて便利と言えば便利。すぐ横に山田電気があったし。「成人映画」とか「ストリップ」とか、あまりにもストレートなネオンサインの店もあります。最近見かけなくない? 興和の初代店頭カエル君発見! 片腕がなくなってるの。(T_T) でもけなげに笑顔。ラメが入っていたのは何故? 佐貫にももう一匹いたのよね。 |
| 実は、別府はノンリサーチ。どこを観光すればいいのかな?(^_^;) のんびり海を眺めてるだけでも十分幸せな気分ですけど。 |
なので、路面電車の全線制覇をやってました。全線と言っても5系統しかなく、重複して走っているので、何度も同じ所を往復することになります。 一日フリー切符を買って、一筆書きの要領でひとまわり。途中休憩も含めて2時間あまりだったかなぁ。 |
おつりは出ないので小銭がないと当然両替が必要になります。でも車内に両替機はなく、運転士さんに両替してもらうのですが、500円分が袋詰めになって用意されているの。病院で自家製の粉薬をもらうと、ハトロン紙みたいな紙を圧着して袋を作って封入してあったりする、そういう袋に入ってる。(わかる?) 両替お願いします、と料金箱の横のトレイに500円玉を乗せると、運転士さんが巨大ながま口から袋を取り出してポンと渡してくれる。合理的だ。 |
昭和25年製造らしいです。 灰緑色とベージュのツートン、京都の市電の車両に似てるんですけど...。 お守りは「危難守護」。 架線電圧は600V。 |
シートで蛇踊り(左)。 街灯もドラゴン(中左)。 車庫にひしめくカラフルな電車たち(中右)。チキンラーメン電車もいてました。 最新の超低床車両(右)。残念ながら乗り合わせませんでした。 |
昨日は朝9時前に着いて宿にも入れず観光したのでいささかグロッキー。 長崎にも路面電車が走っているんですね。富山よりは路線も多いし距離も長そう。全制覇するのはしんどいかなっと。 駅の観光案内所でもらった案内冊子がわかりやすい。路面電車で移動する分には。でも、バスは路線が多すぎるのか説明が無くて、五里霧中。空は晴れてましたけどね。 |
修学旅行の時期なんですね。いろんな制服のグループがやってきては去り、やってきては去り、してました。資料館でも何組かみかけたなぁ。 一休みして資料館を見学した後は平和公園へ。 資料館では生々しい被爆直後の映像が放映されていて、悲惨さが良く伝わってきます。モノの展示も多くを語りかけてくるけれど、映像で人が黒こげになっている姿を見せられるとその威力がわかろうというもの。熱や爆風、放射線などの物理的な作用に分けて被害を解説していたのはわかりやすかったな。修学旅行の生徒や、(中には核保有国や米国の人もいただろう)外国人と思しき人たちにいくらかでも伝わっているといいんですけど。 |
浦上天主堂と平和公園の間が窪地になっていて、平和公園のそばには、「浦上天主堂が見える丘」なんてのがあるんですね。どっかで聞いたような名前だ。丘というより、窪地に面した崖の上って感じでしたが。「…見える丘」は公園にはなっておらず、家と階段の間の狭い土地にベンチが置いてあるだけでした。 天主堂の前で見るのと違って、ホントに真正面から眺められるんですね。 眼鏡橋はねぇ、手前の川が改修工事中で、水面が一部無くなってて眼鏡が欠けてました。残念〜。でも、反対側から見るとややいびつながららしい姿にはなってました。 眼鏡橋の前後にも古い石の橋が架かっていて現役で使われてます。こういう現役の史料って生き証人だなぁ。 |
登ったといっても、ロープウエイですけど。もう歩いたりはしませんよ。今回の旅の上り坂は熊野神社で納めですから。 小さな町だ。川の両岸と斜面に集まっていて、河口部でありながら峡谷のような急峻さもあって、とても港町の雰囲気ではないです。港が細長くて川のように見えるせいもあるんでしょうけど。斜面に貼り付いた家々に灯が灯る夜景は綺麗だそうで、一千万ドルだって。六甲山の十倍やんけ。河口から先、海には島々が点在して瀬戸内海のような雰囲気。 |
ちっこいですね。一ブロックに十文字の路地が走ってるだけ。道も狭い。立派な門があるんですけど、道幅がその門の半分くらいしかなかったりします。それでも賑やかさは横浜に負けてないかも。土曜日だったせいもあるのかな。蘇州林で(また)皿うどん喰って、角煮割包と肉まん買って帰ってきました。角煮割包は旨いですねぇ。わざわざ中華街行かなくても駅前でも売ってましたけどね。 そうそう今日はあちこちでお祭りやってました。駅前では福州デイとかいって蛇踊りを、中華街横の公園では子供達の芸能大会(?)やってて、中華街の通りを御神輿が子供達に担がれて練り歩いてました。秋祭りなのかな? さて、明後日からの予定立てなきゃ。 |
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釧路から長崎までは1枚の乗車券で旅してました。一筆書き。途中下車のはんこ、押してくれた駅の方が少なかった。もっとも、新幹線を全く使わなかった代わりに夜行列車に何度も乗ったので距離の割に下車先が少ないんだよな。
何キロになるのかなぁ。途中、私鉄だか三セクだかの区間もあるのでややこしそうです。多分、有効期間が19日だから、3400km〜3600kmの間ですね。
行きの京都から釧路までは約1800kmなので、計5200km〜5400km旅したわけだ。盲腸線区間とかもあるから+αかな。
長崎に骨を埋める気はないので、京都まで戻らなきゃね。
ここから先は経路を決めてないので、これから考えなきゃ。
九州新幹線に乗ってみるか、沖縄か離島まで足を伸ばすか、四島制覇で四国を通って帰るか...。ご要望はありますか? (^_^;)
まっすぐ帰ると815kmなので、少なくとも6000kmの旅にはなるわけだ。毎日往復120km通勤してた時期もあったから、その伝で行くと50日分の移動ですな。
ホントは太地くじら博物館にも寄るはずだったんですが、波が荒く危険だとかで縮退航行となってしまい、単に遊覧で終わってしまいました。あたりは紀の松島といわれるだけあって、奇礁奇岩が散在してます。湾から出ると、昨日洞窟温泉から見た荒波が船を揺さぶり、揺れる〜。これぞ船。(^o^) 断崖絶壁の下の狭い波打ち際に露天風呂があったんだけど、みんねどうやって行ったんでしょ? |
窓が開かないので、バスほどの迫力と爽快さはなかったですけど、広い窓いっぱいに広がる海を眺めながらまどろむのはいいもんだ。(こんなんばっか。) |
ちょっと驚いたのはベッドが電動で上半身が持ち上がって車窓を車窓を眺められるようになってる。実用一点張りでもないようで。 大阪で見た機関車と長崎で見た機関車が変わってました。ままあることね。で、ヘッドマークも変わってるみたい。大阪では通勤電車の合間を縫って発着したのでホームが混んでうまく撮影できませなんだ。 今まで乗った夜行列車の中では一番短いのかも。大阪を出て12時間ほどで長崎に着いちゃいました。 |
よく揺れるのでマウス操作もままならなかったりするし。 |
勝浦は漁業と温泉の町。駅のすぐそばに港があり、回りには海産物屋が軒を並べています。道路には鰹が描かれているし。 もう一つ町に溢れているのが、那智黒。商店街の柱という柱に広告が取り付けてあるし、駅を出て最初に目に飛び込んでくるアーケードにもラメのピンクと空色の地に黒い文字で「那智黒」と書かれた巨大な看板が掲げてあります。ここは那智黒の町。 あ、それとみかん。何故か、「みかん屋」というものが存在してます、何軒も。果物屋でも八百屋でもなく、店のある商品の九割がみかん。紀州はみかんが名産なのは分かるけど、そんなにみんな買っていくのだろうか? |
昼前にバスに乗って潮岬へ。ご存じ、本州の最南端まで約一時間の旅。 行程の半分くらいは海岸線を走ります。窓を開けていると、エンジン音に負けないくらいの波の音と潮の香りが飛び込んでくる。バスは空いてるし、快晴の空からは暑いくらいの日射しが。誘い込まれるような眠気に身を任せながら眺める車窓は最高ですな。 岬自体はなんてことはない、岩場の突端なんですが、手前に広がる芝生がやや幸せ。今日は熱射病になりそうなカンカン照りだったのでやめたけど、寝転がって日向ぼっこしたらいいだろうなぁ。 突端のお店で、本州最南端到達証明書というのを発行してもらって、ちょっと岬よりひっこんだと頃にある連坊タワーに登ったら、入場券が件の証明書でしたわ。二枚あります、証明書。 |
午後は観光バスに乗って熊野那智大社へ。ホントは勝浦での観光は潮岬だけの予定でした。熊野路もおもしろそうだけど、車がないと行けないと思いこんでたんですね。でも、宿に観光バスの案内があるのを見て急遽参加。潮岬行きバスの時刻表のWebにも載ってたんだけど、頭に届いてなかったみたい。(^^ゞ で、バスは熊野古道へ。実際に歩くのではなく、石畳の山道をちょこっと見るだけですけどね。あ〜、階段だぁ。車でもつづら折りになって登る山道をほぼまっすぐ登ってる、こんなのを登ってお参りというか修行したのね。お天子様も数百回行幸されたそうだけど、京都からこんな所を歩いてきたんかいな。 続いて那智の滝を経由して熊野那智大社へ。どっちも階段だらけ。 滝へ行くのに階段を下り(帰りは上り)、滝壺見晴台へは階段を上り、ポテンシャルがもったいない。大社に至っては五百段弱の上り。観光バスだからもっと楽に行けるのかと思ってた。山寺や金比羅さんほどではないけど。足中乳酸だらけだよ。 大社から遠目に見る那智の滝はかわいかったです。滝自体がご神体と言うとおり注連縄が張ってありました。 隣の西国一番札所青岸渡寺の香炉(?)にしがみつく狛犬(?)(たぶん違うんでしょうけど)は落っこちそうで必死にしがみついてました。(これも違うと思うけど) |
| ○竜宮城 宿に戻ってから、お風呂へ。系列なホテル浦島のお風呂も入っていいというので、渡し船に乗って一風呂浴びに行きました。そう、このホテルは細長い岬の斜面に建っているんだけど、陸の孤島に建っていて、対岸から船で通うようになってます。最初はこちらの宿にしようかと思ったんだけど、大荷物持って船はつらそうなのでやめちゃったの。 宿には6つ風呂があって全部温泉。そのうち二つが洞窟風呂。天然にあった洞窟に風呂場を作っちゃったの。ま、壁や天井が洞穴ってのもすごいけど、もっとすごかったのが洞穴の出口部分。風呂にはトンネルづたいに洞穴の奥から入っていって、風呂の一番奥が洞穴の出口、海がある。そこは外洋に面してるので、波が荒いんだ。特に今日は台風の余波が残っていて、大波ざぶんざぶん。湯船にまで波しぶきが入ってくる。五能線の波かぶり以上ですな。思わず、うお〜って叫んじゃう。丁度日暮れすぐだたので、月の出や星を見ながらのんびり暖まってました。 風呂上がりにマッサージをしてもらったら、もうめろめろ。とろけそうでしたわ。では、おやすみなさい。ZZZzzz。 |
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今日の移動は紀伊勝浦まで。実乗時間は3時間ほどかな。
朝、時間をゆっくり取った、というか出発を昼過ぎにしたので、宿を追い出されてから時間が余っちゃった。昼飯も喰わんといかんし、昨日のリベンジでおはらい町へ再来。途中タクシーの運転手さん修学旅行の話とか、実家の漁師の話(私も父の実家が漁師)で盛り上がってました。
まずはすし久で手こね寿司。旨い。昨日のとは全然違う。程良い酸味と甘み、それに旨みが効いてすてき。見直しましたわ。木村さんご指摘ありがとうございます。m(__)m 伊勢うどんはあんなもんだと言うことなので、パス。
あとは、二軒茶屋の餅、おからドーナッツ、ひもの学校、虎屋の外郎。そして、運転手さんが盛んに買って帰れと勧める生姜糖の割れ。伊勢のお土産の中では小学校の修学旅行のお土産で学校が斡旋してたくらいの定番中の定番。今なら赤福なんでしょうけど、こっちは日持ちするからね。私らは生姜板と呼んでますが、地元では生姜糖と呼ぶそうです。
荷物になるから、なるべくお土産は買わない方針だったんだけどなぁ。喰いもんだからいいか。間食って滅多にしないんですけど。
| 今日はお伊勢参り。 小学校の修学旅行以来だから33年ぶりかな。あまりよく覚えていないんだけど、どっかの橋の手前で写真を撮って撮影禁止だぞと同級生だったか、先生だったかに驚かされた事を覚えてる。外宮と内宮、立て続けにお参りしたような気がするんだけど、距離はだいぶ離れてますねぇ。元々はつながっていたのかな。あとから住宅が浸食してきたとか? バスで行き来するのがよいそうで、案内所で聞いてフリー切符買いました。 |
天照大神の食事係、豊受大神をまつった、豊受大神宮だそうです。 JR伊勢市駅から商店街を行くと、数分でアプローチ(?)が見えてくる。橋を渡り、鳥居をくぐって両脇に杉(?)の林が鬱蒼と茂る参道を行くとすぐに神楽殿&売店、いやお札授与所が現れる。と、そのすぐ先にGegu。正確には正宮。お参りするのはその中に設けられた参拝所(?)ですけど。正宮は板塀で囲われていて、門代わりの鳥居の前数mの所についたてがある。中を真正面から見えなくしてるのね。風呂屋みたいだ? え〜っと、二拝二拍手一拝でいいんだっけ? こちらは時々グループが訪れてにぎやかになるものの、ばらばら人が来るくらいで割と静かでした。行ったのが10時頃だったからかな? 授与所では「洋間にも合うやしろ」と看板を出して簡易な神棚を販売(いや、授与)してました。合うのか? |
こちらは天照大神をおまつりしてます。皇大神宮。 御正宮が長い石段の上にあり、石段から上が撮影禁止。ぢゃ、橋の手前で撮影を咎められた33年前の私ってなに? でも、撮影禁止の札の前でTVカメラが撮影してたんですけどね。報道の自由って奴かい? 外宮も内宮も、屋根に苔生してました。見てたのは参拝所(?)だけなんでしょうけど。式年遷宮で20年ごとに御正宮ほか一式を造り直すんだけど、そんな短期間で次々造営していたら土地がいくらあっても足りないだろう、と思っていたら。遷宮先は隣接地で、交代で使っているそうな。な〜んだ。 |
行進の出発点付近で知らずに写真を撮っていたら、「ここは立ち止まれないんです。」と追い立てられ、強面で人を捌く黒コートの警備員。こわいな〜、と 思っていたら、「太鼓の音がしてるからもうすぐ来ますよ。もう今にも出るところです。」とか「急ぐ人は先に行った方がいいですよ。始まったら追い越せない から。」とか妙に親切だったりする。 外宮と違って参拝客は多かった。行列でせき止められたせいかもしらないけど、一時は参拝客が一時は参道いっぱいになってました。その後は、すいてきたけどひっきりなしに人が来る状態が続いてたな。 あ〜。何故かお坊さんも見物しておられました。 |
まずは名物だという、伊勢うどんと手こね寿司のセット。伊勢うどんって、ざるうどんの温かいのに付け汁をかけちゃった、みたいなの。油そばのうどん版? 麺に腰が無くていまいちだったなぁ。手こね寿司はまぁいけたけどちょっと酢が効き過ぎか。合計していまふたつ。入った店が悪かった? デザートは赤福。箱で買って帰っても困るので、店先で食べることに。いつ食べても変わらない味。だけど、思ったより甘かったな。血中あんこ濃度急上昇。塩分で中和せねば。すぐ横でサザエの壺焼きとか売ってるのは戦略なんだろうか? おはらい町だのおかげ横町だの観光客向けのお店がたんと集まっていたので、うろうろきょろきょろしてました。おはらい町でも神嘗祭の御神輿とか獅子舞(?)が出てたんだけど、天気がしとしと雨でやや残念。ちと盛り上がりに欠けたのはやや残念。 帰りのバスに『東海地震に対する「警戒宣言」が発令された場合には、バスの運行は、全線その場で運行中止いたしますので、ご了承下さい。』と書いてあったのは驚き。そうなんだ〜。 |
お伊勢参りをしに伊勢まで来ました。 高山から名古屋まではワイドビューひだ号。運転席の窓が広く、先頭車両は展望車になります。ところが、喫煙車を一番端っこに持ってきてるせいか先頭車両は喫煙車。禁煙の指定席を押さえてあったので、私の席は二両目でした。うへっ。(T_T) |
もっと南へ下るとあたりは田園地帯。田圃が黄金色に輝いていました。稲刈りが始まりかけってとこかな。 岐阜の手前は以前出張で良く来ていたところ。おうおう、懐かしい風景じゃ。 |
座席番号は1列のA,B,C,Dから始まって、車両の最後尾には101列、102列なんでのもありました。400人乗りだっけ? 案の定、ほぼ満席だった車内は一駅でがらがらにすいちゃった。元々二両編成だもんな。ま、ほぼ最前席だったので前方の眺めは良かったです。運転士の肩越しに覗き込む感じ。土地が平らで田園風景が広がる中に工場と住宅地が時々現れる。こちらの田圃は刈り取りが終わり、ひこばえの緑が美しかったです。 |
今日の宿は伊勢市駅から私鉄で一駅戻ったところ。やや不便。なんでここにしたんだっけ?ネットが使えるからだっけか?もう忘れてるよ。(^^ゞ 近鉄鳥羽線の伊勢市駅はJRと改札が共通。 やたら特急が通過するみたいで、二階建て車両もある特急が通過する一方、各駅停車は二両編成のワンマンカーだったりする。JRではありがちなローカル線のパターンだけど、私鉄でもあるんだなぁ。列車表示板に通過列車の通過時刻まで掲示されていたのが新鮮でした。 宿の窓からは夕日が綺麗に見えてました。西日がきついとも言うけど。 やや寂れ気味の地方都市でしたが、徒歩圏内に定食屋とスーパーコンビニがあるのでとりあえず喰って寝るだけなら結構便利なのかも。 |
そんなわけで、宿にも山車が飾ってあります。実物は屋台会館で常設展示されてます。前回見たので今回はパスしましたけど。祇園祭の真似っこなのかと思ったんですがちょっと違うのかな。 今日は一日予備日。高山散策のつもりだけど、何もしなくてもいい。(^_^;) 古い街並み、のあたりは昨日一昨日と見て回ったし、ちょっと疲れが溜まっているので、軽く散歩するだけにしよう、と思いつつ4時間あまりの歩き回ってました。一応のお約束で城跡公園も行ったんだけど、急な坂の連続でへとへと。しかも、本丸跡は公園から更に小山を登ったところにある。雨で足下も危ないのをいいことに、公園で城跡制覇とさせていただきました。これで、高山もOK。 |
何て事はない古い木造家屋なんです。受付で見学料を払って中にはいると玄関で靴を脱ぐ。傘も傘立てに置くか袋に入れて携行する。んだけど、傘袋がちゃんと折り畳み用のまで用意されてるの。「杖等をご使用の方はここでお拭き下さい」と雑巾まで用意されている。準備播但線。こういうところは初めてです。お見事。 |
役人の執務室や、大会議室、御白洲だんかが共存してました。TVドラマで見る時代劇そのもの。大岡越前や銭形平次、縮尻鏡三郎あたりが出てきそうな雰囲気でした。 控え室が役目ごとに違うのはまだしも入り口が身分で分けられていたのは、当時なららさもありなんですが、改めて身分制度の厳しさを認識させられました。 |
終戦後間なしの頃の市役所の執務室風景が当時の什器・備品を使って再現されてる。圧巻は昭和30年代以降の備品がガラスケースに入れて展示されてる。不用品は破棄しちまわないか、フツー。タイガー計算機やオープンリールの録音機、PCやら漢字タイプライタ、電話機も一階に続いて棚にびっしり埋まってました。地図の縮小・拡大期なんてのも。他でも見られないものではないけれど、役所の備品を良く残したものだ&展示する気になったものだ。誰も破棄する判断をしなかっただけか?(^_^;) |
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昼は古い街並み、の中のお店で朴葉味噌定食を食べました。旨い、んだけど、味が濃い。小匙一杯あればご飯一膳喰えちゃうな。経済的だわ。 昨日の夜食に高山ラーメン喰ったし、一応名物はクリアかな? |
朝からいいお天気。快晴ではなくてちょっと秋の雲が出ています。 |
| 特に通行止めとかはなかったようですが、道路も高山本線同様復旧中でした。川沿いでは一車線分路面が崩れてしまって再構築中なんてのが二カ所ほどあり、道路脇の川の中や高台の民家の土台を重機が修理している光景はあちこちで見られました。 途中、御母衣ダムというのがあったんですが、「おもろいダム」かと思ってました。(^_^;) 「みぼろダム」だそうですね。けったいな名前だすな。 運転手さんの制服上着の襟章がサルボボだったんですけど、なんで?社章なのか?(運転手ですけど。) |
高山は二回目なのですが、前回来た時には行きたくて行けなかった白川郷。富山の白えびと並んで念願だったの。 城跡らしい高台まで乗り合いタクシーで登ってまずは集落を一望。うわ、いっぱい。丁度どぶろく祭りをやっていて、御神輿が練り歩いているのが見えました、遠目に。 |
北海道と違って観光客が多かったので観光地然としていましたが、もっとオフな時期だと味わい深いだろうなぁ。 |
そんな中で明善寺の庫裡だけは公開中でした。やけにでっかい4〜5階建て。中二階みたいなのをどう数えるのか、と階段のない屋根裏部屋みたいなフロアをどう数えるか、で階数が変わってくる。(^_^;) 一階にはいろりがあり、居住スペースがあったものの、二階以上は床がすのこ状になってるの。通路部分だけ板が張ってあって、まるでキャットウオークな雰囲気。どうやら、いろりの煙抜きらしいです。いろりから見上げると、上階の床が格子戸みたいになっているので、天井を見通せます。二階と三階のすのこの向きが直角になっていたのは偶然かな? 今日は日射しがあって暑めだったんだけど、歩き回って疲れちゃったのでいろりのそばで一休みしてました。 |
一軒の古民家で各階を見学した後、一階のいろり端で休んでいると、この古民家の人(?)と目があって、何となしに話し込んでました。徒然に聞いたところでは...。 二階以上の床がすのこになっているのは煙抜きで、居住スペースではない。大抵はお蚕さんを飼っていた。寝室や台所に中二階はあるが、ここは物置に使うことが多い。子供の頃は学校から帰ってから水を汲むのが仕事で、夜になって帰ってくる両親の為に風呂を沸かして待っていたものだ。農作物は自家消費が大半で、現金収入は養蚕ぐらいしかなかった。茅葺きの屋根の下地には編んだ「麻ガラ」を使う。麻は蒸して皮から繊維を作って衣類に、芯の部分を麻ガラとして利用した。 ...とか。その方は、台所にある麻を蒸す用の身の丈以上ある蒸し器の横で、染め物をやっているらしく、話の途中からでっかい鍋でお湯を沸かし始めましたとさ。ここの古民家も生きているんですねぇ。 画像は災害時の被災者住宅(左)とトイレ、厩(右)。 |
時間が早かったので、開いているお店が少なく、目に付いた定食屋兼飲み屋みたいなところでさりげなく食べてきました。塩胡椒のさっぱりとした味付けではなく、デミグラ風のじっくり系なソースたっぷりでしたが、肉は軟らかく、ソースも旨みたっぷりでgoodでしたわ。 店の親父さんは、私が京都から来たと知ると、こんな田舎だけど殿様が京都から転勤(?)してきたので、京都の文化が流れ込んできてるんだよ、と愛着たっぷりに町の話をしてくれました。こういうお店もいいもんだな。 |
| 富山を発って高山へ。 先月、旅の計画のラフな立てた時に乗換案内を使いました。それに依れば特急か何かですぐ行ける数だったんですが...。立てた計画を念のために文献に当たって検証してみると、高山本線が不通らしい代行バスというのが走っているらしい。むむむ。 というわけで、電車一本一時間半ほど楽な移動の筈が、今回の旅の中でも多分もっとも難儀な移動になりました。 |
ホームの端を切り欠いて一面に無理矢理三線設けた変則ホームから出発(左)。やはり乗客の半数は老人の観光客風。最初は何でもない田園風景の中を走っていたのですが、地元民と思しき乗客が皆降りてしまった頃、列車は険しい山の中へ入っていきいました。ぐををんぐををんと登った先には緑色の水をたたえた湖が。をを、綺麗。写真でも撮ろうかと思った所で、終点の猪谷。ここまで一時間弱。 ここで代行バスに乗り換えですな。 心配していたとおり、小さい。マイクロバスより大きくて普通の路線バスより小さい、ミリバスって奴かな(右)? 私の荷物はでかいから、こんな小さなバスの網棚には乗らないし、荷物室もない。仕方ないので足音に置くと、1.5人分の場所を取っちゃうのよね。ごめんなさいね。おまけにアベックが二人並んで座りたいらしく、1.5人分しか空いてない私の隣にやってくる。ので、つめつめ。体が斜めになっちゃった。並ばない覚悟なら他の席も空いてるのに。ぶつぶつ。(-_-;) |
通るんですね、歩いても胸突き八丁みたいな坂をぐをんぐをん上ったり、急な下りのヘヤピンカーブ、運転手さんの腕の見せ所満載。 ただ険しいだけじゃなく、正規の道路が土砂崩れで無くなっているところは、くねくねと脇の仮道路に入っていくし、「国土交通省応急組立橋」なる鉄橋は直角に曲がって渡って直角に曲がる。戦場の渡河作戦みたいだな。 臨時の踏切はアスファルトで線路を埋めてある。あ〜、鉄道がホントに死んじゃってるのね。 |
まずは、崩れた崖の中程にぶら〜んと懸垂曲線を描く線路。崖崩れで路盤を失ったんですね。線路と反対側の窓際に座っていたのと、最初は電線か何かでまさか線路だとは気づかなかったので写真が撮れませんでした。でも、阪神大震災直後の阪急電車や上大市の新幹線高架を思い出す光景でした。復旧ったって改めて盛土なんて出来ないだろうし、新しく線路を引き直すしかないだろうなぁ。 それで終わりかと思ったら、今度は河面とほぼ同じ高さを走る線路、...がない(右)。(@_@;) 路盤はあるものの、線路が無くなってる。鉄橋の部分だけ線路が残ってるけど、他の部分はレールがないの。線路脇の柵には木の枝や草がからみついてるし。流されちゃったのかっ>レール?! すげーなー、いろんなパターンがあるなー。と思っていたら、....。最後は鉄橋が流されてました(左)。川の途中まで来た橋桁が、途中ですっぱり切れてるの。一番わかりやすいですけど。 他にもう一カ所線路が宙ぶらりんになってる所がありました。 川床には無数のショベルカーが入って復旧工事してました。けど、治水と道路と鉄道といっぺんにやらないといけないのに、まずは道路がようやく通ったって感じでした。鉄道の完全復旧に3年かかるというのも分かる気がする。一年経っても懸垂中の線路の撤去すら手つかずなんだし。 |
更に30分列車に揺られて飛騨高山に着く頃にはもうへとへとでしたわ。鉄道の偉大さを感じる道のりでもありました。 |
鰻屋の木彫鰻(左)。街角の謎のモニュメント(中左)。火を熾してるのかな? 平湯温泉の温泉熊さん(中右)。代替バスから見た謎のキャラクター(右)。運転中に脇見したりケータイ使うなと呼びかける子供らしいです。 |
上三之町という所は城下町(江戸時代?)の街並みを残してあるそうです。 あちこちに咲いていた朝顔様花は、夕顔? 時刻は14時〜15時頃でした。 |
街を見て回るのと、長旅のあれこれ調整に使いました。何の予備知識もなく訪れた街なので、慌てて情報を仕入れて、と。 駅前には薬売りの銅像がポストの上に立ってました。駅前ビルの前には行商人の群像まで。さすが、期待を裏切らない街だわ。 |
フリー切符でもないかなと、鉄道の富山駅に行って改札の外から見える電車を撮影していると、改札の係員が「乗らないのけ?」とか声をかけてくる。それから、路線の案内や、富山の地理、隣駅に電車基地がある事、電車と路面電車乗り継いでどう廻ればいいかなど教えてもらっちゃいました。 JRの富山港線を廃止して三セクになるので改修工事を始めてる事やら、地鉄と乗り入れ計画があるんだけど、利用客数次第だろうなんて話も。 結局、富山県の観光地図と地鉄の路線案内をもらい、一日フリー切符と硬券入場券を買って先に電車に乗ることに。 |
降車釦もホントに釦って感じ。私が子供の頃に走っていた阪神国道の路面電車もこんなだったんだろうか。あまり記憶にないのですが、タイムスリップしたような気分に浸ってました。一日と言わずもっとゆっくりしたい街だな。黒部への玄関口でもあるようだし。 |
電池は高かったけど、ズボンは安かった。ま、そういうものね。スーパーの回りにはなかなかワンダーなものが...。タンドリーチキン君かわいい。(^_^;) |
あちこちさまよったのだけど、酒の店には不審になってて入らずじまい。結局、駅ビルの定食屋兼居酒屋みたいな店で、定食にお刺身を追加して食べてました。白えびとぶりはこれでOK。大好きな貝類が食べられなかったのが残念だけど、今度は酒飲みを連れてくればいいかなっと。 高芳で買った鱒寿司は明日のお昼のお弁当かな〜。 |
| 新宿を出発して富山へ。 新幹線を使うのが最速で通常なコースらしいですが、北斗星で北海道から下ってきて、一筆書きで富山に抜けるには中央線を使うしかないのよね。東海道回りという手もあるけど、その先の一筆書きを考えると使えない手なので。 |
特急の車内は背広のサラリーマンとお婆さんのグループが大半でした。サラリーマンはこれから客先で行うプレゼンの準備に余念がない様子。何をどう説明するかで議論してました。ま、そういうもんよね、出張って。 白馬はスキーの町(ですか?)なので、階段にもスキーバッグ用のスロープが設けてありました。カート付き鞄で試したら、体と荷物が離れたところを通るので、斜めに進んじゃってコースアウトすること屡々。エスカレータの方が好きです。 |
ここの待ち時間が長い。2時間7分。回りに何もないのね。スタバもなければ、PHSの電波も来てない。コインロッカーすらないんだから。駅の回りを散歩してみたら、すぐ横を清流が流れてました。そうそう、南小谷までの道中、川が付かず離れずまとわりつくように流れていたんだけど、川の水が透明で綺麗でした。その綺麗なままの水が滔々と駅のそばを流れています。 |
今度はディーゼル1両のワンマン列車。なんか古そう。窓の所の棚(?)は木だし、栓抜きは付いてるし、塗装は何度もやり直してるし。灰皿は撤去されてましたけどね。やたらと、生焼けの排ガスのにおいが車内に漂ってました。途中ですれ違った列車も相当古そうでした。私が乗った肌色と朱色のツートンに対して退行列車は朱色一色。 よくまぁ、こんな所に線路を引いたものだと思うような斜面にへばりつくようにして走ってました。川と急斜面に挟まれて、南小谷以前とはえらい違ってます。 |
糸魚川も何があるわけではない町ですが、南小谷と違って駅に売店があり、駅前にも商店が見えて人の気配のする駅でした。 駅前にはフォッサマグナミュージアムの看板があったりして、構造線の町なんですねぇ。 |